弟、ラフィールにお返しをしたい
宿に戻ると、レオたちはラフィールの用意してくれた夕飯を食べ始めた。
ラフィール自身はピクルスを軽く摘まむ程度で、グラスに集めた浄魔華の花の蜜を飲んでいる。
みな一様に口数は少なめだ。
まあ、降魔術式のせいでかなり精神的にぴりついているから仕方がない。
それでも、美味い飯を食って腹がふくれると、四人はだいぶ落ち着いた。食は偉大だ。
「ラフィールさん、とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ユウト様のお口に合ったのなら幸いでございました。先ほどレオ殿にコーヒー豆もいただきましたので、食後のコーヒーもお持ちしましょう」
「ありがとうございます」
丁寧なお礼を言うユウトに微笑んで、ラフィールはキッチンに向かう。
すでにレオとユウトは食事を終え、エルドワだけがまだ、レオが残したデザートをもらって食べていた。その鼻の頭にクリームが付いているのをユウトが拭って、安堵に似た息を吐く。
「……みんなでこうして夕飯を食べられて、良かったね」
「そうだな。誰かが降魔術式に呑まれていたら食事どころじゃなかった」
降魔術式、という言葉に、途端に弟が不安げに眉尻を下げた。
「ウィルさんが……敵に、協力してるのかな?」
「降魔術式の詠唱に加わっていたのはまず間違いないだろうな。……何か思惑があってのことだとは思うが」
「でも、降魔術式って発動に生け贄が必要だったよね……? 誰かが犠牲になってたら……」
「魔物を魔界から引っ張って来るようなものと違って、エルダール内を探知する程度なら命を取られるほどではなかったはずだ。それを勘案して加わっていた可能性はある」
もちろんウィルが操られているかもしれないという懸念もあるが、あの食えない男が容易くジアレイスの術中に陥るとは思えない。
それに、もしも瘴気中毒で奴らにいいように使われているなら、すでにレオとユウトの話をバラしているはず。
ピンポイントでそれを狙ってこないということは、レオたちのことはまだ魔研には知られていないということだ。
今回のウィルの協力は、何か考えがあってのことに違いない。
「何にせよ、リインデルの件が終わったらウィルの救出も計画を立てないとな」
「うん」
ユウトが頷いたところで、キッチンからラフィールが戻ってきた。
カップは三つ。ハーフエルフはコーヒーも飲まないようだ。
「レオ殿はブラック、ユウト様はカフェオレで……エルドワはホットミルクで良かったか?」
「うん、コーヒーは眠れなくなるからいらない」
「そうか。熱いから気を付けるのだぞ」
テーブルの上にそれぞれのカップを置くと、ラフィールも椅子に座った。
「ユウト様、この後はもう部屋に行かれますか? シャワーを使われるのならお湯の準備もしておきますが」
「あ、何から何まですみません。お願いします」
特に先ほどの降魔術式のことを話題にすることもなく、ラフィールはユウトに微笑みかけている。
誰が何のために仕掛けてきた術式なのか気にならないわけはないと思うのだが、ユウトのいる場所でする話ではないと思っているのかもしれない。
「ラフィールさんはお家に帰って休まなくていいんですか?」
「私のことはお気になさらず。明日も早い事ですし、今日はこの宿の管理室に泊まります。何かあったらお気軽にお申し付け下さいませ」
「えええ、そんな……宿代も払ってないのに……」
至れり尽くせりの待遇にユウトは恐縮しているが、ラフィールに恩着せがましい様子はない。
いつも一人でいる彼にとっては、来客を接待すること自体がそれなりに楽しくもあるのだろう。その相手がユウトなら尚更だ。
「ユウト様のお役に立てることが私の至福……。先ほども言いましたが宿代など不要です! その笑顔でおつりが来ます!」
「うん、確かにな。ユウト、こいつは好きでやってんだから金のことなんて気にするな」
「レオ兄さん、それってこっち側が言う科白じゃないよ……」
ジト目で睨まれた。
だがそんな顔も可愛いので問題ない。多分斜向かいのラフィールも同じことを思っている。
「どうせ金を払ったところで、この村から出ないラフィールには使い道がないんだろ。それよりユウトがにこにこしてくれてる方が嬉しいってことだ。……それでも足りないなら、何か役に立ちそうなアイテムでも置いていってやれ」
「あ、そっか……。ラフィールさん一人じゃ商店で買い物とかないですもんね……」
「そうですね、確かに先ほどの食材のように、物資の方がありがたいです」
「じゃあ、何か欲しいものありますか? ラフィールさん」
弟は、この歓待に対してどうしても何かお返しをしなくては気が済まないようだ。それを察したラフィールは、目尻を下げて応じた。
「では、骨粉をお持ちでしたら分けていただきたいです」
「骨粉って、スケルトン系のドロップ素材の……?」
「そうです。あれはリン酸が多く含まれていて、野菜や果物の良い肥料になるのですが、ゲートに入らないと中々手に入らないものなので」
なるほど、これは良いチョイスだ。
市場価値は大したことはないが、村に留まるラフィールが植物を育てるために必要としているもの。こちらに負担が掛からないどころか、レオたちにとっては使いどころのないものを引き取ってもらえる。
「骨粉ってたしかいっぱいあったよね、レオ兄さん!」
「ああ、あるな。いつだかのゲートで、エルドワがスケルトンをゴリゴリ食っ……倒して、だいぶドロップしていた」
ロバートに売るほどのものでもなかったからそのまま持っていたが、必要とする者がいるなら丁度良い。レオはポーチに手を突っ込んだ。
「どのくらい渡す?」
「全部でいいじゃない」
「かなりあるぞ」
レオは手探りでそれを引っ張り出すと、テーブルの上に置いた。
十リットルほど入るガラス瓶に、数十体分のドロップ骨粉が入っているものだ。
それを見たラフィールが、立ち上がって蓋を開けた。
「これは……だいぶ高位ランクのドロップ品ですね。ものすごく質が良い……。こんなに、よろしいのですか?」
「あと二瓶あるぞ」
「あと二瓶!?」
「これだけあれば足りますか? ラフィールさん」
おそらくラフィールが予想していたよりも遙かに量があったのだろう。少々困惑したような笑みを浮かべている。
「いや、十分すぎると言いましょうか、ありすぎと言いましょうか……」
「ユウトがやるっつってんだ、もらっとけ。……そのうち村人が戻って来たら、分けてやれば良い」
正直、持っていても邪魔だからここに置いていきたい。
そう思いながら言うと、レオの思惑も察したラフィールが今度は苦笑した。
「……そうですね。どうせゆくゆくは使ってなくなってしまうものですし。ありがたくいただきます。ありがとうございます、ユウト様。次にガントにいらして下さった時には、もっと美味しい野菜を育てておきます」
「ラフィールさんの美味しいお野菜、楽しみにしてます」
「はいユウト様! 是非とも食べに来て下さいませ!」
ユウトが応じて微笑むと、途端にラフィールはめろめろになる。
まあ、俺の弟は可愛すぎるから仕方がないか。
「カフェオレも、ごちそうさまでした。ラフィールさん」
「ラフィール、エルドワもごちそうさま!」
「はい、お粗末様でした。ではこれからシャワーの準備をしますので、それまでお部屋の方で少しくつろいでいて下さいませ」
ユウトがカップを片付けようと立ち上がったのを制したラフィールは、手早くそれをトレイに乗せて、キッチンカウンターの奥の流しに入って行く。
本当に至れり尽くせりだ。
確か彼は村長だったはずだが、もはや宿屋の主人にしか見えない。
(超美形の主人がいる宿屋なんて、エルダールの女性の間で流行りそうだ。……まあ、あの愛想の良さとかいがいしさは、ユウト限定かもしれんが)
そんなことを考えながら、レオはユウトとエルドワを引き連れて部屋へと向かった。
ユウトとエルドワを先にシャワーに入らせて、レオは最後に湯を浴びた。
温度は少し温め。これもユウトに合わせたのかもしれない。
もちろんそれは何の問題でもなく、ゆっくりとシャワーを済ませると、レオは部屋着を着てシャワー室を出た。
「レオ殿」
そこで、不意に声を掛けられる。
当然ラフィールだ。ユウトとエルドワは、レオがシャワーに行く時点ですでにベッドの上でうとうとしていた。
「少し話をしたいのだが、よいか?」
「……まあ、構わん」
ユウトを前にしている時とは、言葉遣いも表情も違う。
どこか厳しい顔は、おそらくこれからする会話の内容を表しているのだろう。
「あんたが今夜ここに留まると言っていたから、こうなるとは思ってた」
「察しが良くて助かる。……では、こちらに」
ラフィールに促されて、レオは再びさっきと同じ食堂の席に着いた。




