弟、ルアンとネイを引き合わせる
新たなギルドカードをもらった次の日、ユウトがひとりで冒険者ギルドに行くと、扉の前でルアンと鉢合わせた。
「……よう、ユウト」
「あ、おはよう、ルアンくん」
先日の降魔術式生け贄事件以来、彼女は少しへこみ気味だ。
今日も浮かない顔をしている。
「ギルドの掲示板見たか? 国王陛下直々のスカウトで、ランクSSS冒険者が登録されたらしい」
「え、あ、そうなの? はは、どんな人だろうね~……」
珍しく依頼ボードだけでなく掲示板の前にも人が溜まっていると思ったら、そのせいか。ユウトはごまかすように笑った。
ルアンは特にそれに突っ込みもせず、言葉を続ける。
「どうやらこの間親父たちを助けてくれた『スーツ眼鏡』と『魔女っ子』の2人組らしいんだ。実績の中にワイバーン討伐が入ってたし」
「……あ、そこまでは分かっちゃってるんだ……」
ワイバーンとの戦いは、あの場に倒れていた数人に見られていたらしく、色々噂されていた。国の秘密機関の人間だとか、他国の旅人かもとか、仮装イベントに行くプレイヤーじゃないかとか。
それが、王国直属のランクSSS冒険者だったということで、俄にザインは沸き立っているのだ。
「ランクSSSかあ。ザインにいるならどんなパーティなのか会ってみたいな。スキルを磨く秘訣とか教えて欲しい。……もっと強くなりたい」
ルアンはうつむき気味にため息を吐く。
最近はこうして自分の非力を嘆くことが多かった。
原因はもちろん、父親を含む仲間たちを自力で助けることができなかった無力感だろう。
本来はルアンがランクCだったおかげで術式から弾かれ、すぐに街に助けを求めて来たからダグラスたちも早期に助けることができたのだ。しかし彼女としては、もっと力があれば自分が助けられたと考えている。
「ルアンくんはちゃんと強くなってると思うけど」
「全然だよ。まあ、剣の腕とか素早さとかは親父に教えられてある程度は鍛えることができるんだけどさ、周りに盗賊としてのスキルを教えてくれるようなランクの高い人もいないし、頭打ちなんだよね」
「……盗賊のスキルって、普通はどうやって鍛えるものなの?」
考えてみたら、盗賊業なんて教えてくれる学校もないだろうし、どうするんだろう。
「高ランクの師匠につくってのが一番いい。でも、そもそもランクが高い盗賊ってほとんどいないんだよね」
「そうなの? ギルドでは盗賊っていっぱい見かける気がするけど」
「あれはほぼ全員低ランク。盗賊って、最初のハードルが低いから自分の適性から自称で始める奴が多いんだ。腕力や体力に自信はないけど、素早さや集中力は少しマシとか。あと、元々盗みが得意だって理由とか。……でも、それが通用するのはランクCまでなんだよ」
ルアンはそう言って視線を逸らし、頭を掻いた。
「盗賊の役どころに『罠の解除』とか『宝箱の開錠』とかあるんだけど、ランクBあたりからは魔導師の魔法なんかで解決できちゃうんだ。盗賊自体がお役御免になっちゃう。だから、ランクの高い盗賊ってほとんどいないんだよ」
「……そうなんだ。でも、盗賊のスキルってそれだけじゃないよね? ルアンくんはその上を目指してるんでしょ? もっと強い盗賊を」
ユウトが首を傾げると、ルアンはぱっとこちらに視線を戻して、表情を明るくした。
「そう! そうなんだよ! 盗賊の能力ってそれだけじゃないんだ! 先制攻撃による味方のリスク回避とか、必殺率の上昇、敵からのアイテムドロップ狙い……鍛えればもっと強くなれる! ……でも、みんな盗賊はそろそろ潮時だって言うんだ。俺一応、体術と簡単な治癒もできるから、僧侶系に転職して完全に後衛に回れって」
言葉を進めるにつれ、また彼女は萎れていく。
「僧侶系が嫌なの?」
「違うよ、盗賊が好きなの。力がなくても誰よりも先んじて優位を取れるだろ。……昔、身体の小さな男の子が大盗賊になるって絵本読んでさ、それ以来ずっと憧れてたんだよな。大盗賊」
「だったら、そのまま盗賊で上を目指したらいいじゃない」
「だからさあ、そうしたいけどここから上のスキルを教えてくれる人がいないんだって。上のランクの数少ない盗賊には大体頼んでみたけど、みんな自分のクエストが忙しいから駄目だって言うんだ」
「んー、盗賊としては伸びようがないってことか……」
つまり、これ以上成長が見込めない。だから盗賊よりも僧侶系になれ、と言われているということだ。
おそらく先日の降魔生け贄事件もいくらか関係しているんだろう。今回はたまたまルアンは逃れたけれど、盗賊として前衛にいるとやはり危険が伴う。
彼女は仲間みんなに娘みたいに可愛がられていて、だからこそこれを機に、いくらか安全な後衛に回って欲しいと思われているのだ。
その気持ちは分かる。
だが、それがルアンの意思を無視したものなら、違うと思う。
「……ルアンくんは盗賊を続けたいんだよね?」
「もちろん」
「そのためには、師匠になれる人間が必要……」
ユウトにはひとりだけ心当たりがある。盗賊の上位職で、冒険者ランクならSS相当。現在は無職。そう、ネイだ。
もちろん勝手には決められない。彼の都合もあるし、ルアンとの相性の問題もある。しかし、話くらいは通してみてもいいだろう。
「もしかするとルアンくんの力になれるかも」
「……え? どういうこと?」
「師匠になってくれるかは分かんないけど、会うくらいはしてくれるんじゃないかな。待ってて、ちょっと捜してくる」
「誰を? ザインにいるランクABの盗賊にはもう粗方声かけちゃったぞ」
「うん、分かってる」
今日は特に目当てのクエストがあるわけでもない。
ユウトは依頼を受けることなくルアンと別れ、ネイを捜しに冒険者ギルドを出た。
レオの話の通りなら、ネイは王都に帰らずザインに残っているはずだ。高ランク依頼が来た時はユウトの護衛をしてくれるという話だが、それ以外の時は何をしているんだろう。
ユウトは周囲をきょろきょろと見回した。
いつもは大体、ユウトがひとりでいるとどこからともなく現れて……。
「おはよう、ユウトくん」
そんなことを考えていると、ひょこりとネイが人懐こい笑顔を浮かべて目の前に現れた。
そのタイミングの良さにユウトは目を丸くする。
偶然? いや、それにしては出来過ぎだ。まるで、近くでこちらの様子を覗っていたような……。
そこではたとユウトは思い至った。
「ネイさん、もしかしてレオ兄さんに言われて、今も僕の護衛してました?」
今だけじゃない。彼の現れるタイミングは、いつも狙い澄ましたようだった。一体レオとネイは、いつから申し合わせていたのか。
ユウトの質問に、ネイは軽く肩を竦めた。
「何だ、ザインにいることに驚いてくれるかと思ったのに。……レオさんにもう色々聞いちゃったんだね」
うん、色々聞きました。ネイさんがドSでドMの変態さんだとか。
一応忘れたふりしますけど。
「王宮からのクエストが来た時に、僕の護衛をしてくれるって聞きました。でもまさか、街の中でも護衛してくれてるとは思わなかったです」
「ユウトくんがひとりでいるときだけはね。……ところで、人を捜してる様子だったけど、相手は誰だい? 捜すの手伝うよ」
やっぱりネイはユウトには優しい。変態っぽさは微塵もない。
それに安堵して、ユウトはネイに向き直った。
「僕が捜してたのはネイさんです。ちょっとお話が」
「え? 俺?」
珍しくネイが狐目を見開く。しかしすぐにいつもの笑顔に戻った。
「もしかして、あの子と関係あることかな?」
「あの子?」
「そこの角のところに隠れてる」
そう指摘されて振り返るが、誰もいない。
不思議に思いつつ首を傾げたユウトの頭を笑って撫でたネイは、その角へ向かって呼びかけた。
「ユウトくんのお友達だろ。出ておいで」
「……ええ~……見つかるなんて……」
「あれ、ルアンくん!? ついてきてたの?」
現れたのは、冒険者ギルドで別れてきたつもりだったルアンだった。どうやら後を付けてきたらしい。
「だってあんな去り方されたら気になるじゃん。誰に会いに行ったのかと思ってさ。……えと、初めまして。ルアンと言います」
「どうもご丁寧に。俺はネイです」
ルアンの挨拶に、ネイは笑顔で返す。ルアンは少し緊張気味だ。
まあでも、大丈夫そう、かな?
いきなり2人が顔を合わせることになるとは思っていなかったけれど、ユウトはこのまま話を進めてしまうことにした。
「ネイさん、あのね。ルアンくんが盗賊職の師匠になってくれる人を捜してるんだ」
「へえ。でもザインの盗賊には弟子を育てる技量はないから、やめた方がいいよ」
「……やめる以前に、すでに相手方から断られてます」
「はは、そうかい。変なのに引っかからなくて良かったね」
ここでネイに向かっていきなり『ルアンの師匠になれないか』と問うのは早計だ。
彼が暗殺者であることを勝手にバラしていいわけがないし、成り行きに任せるしかない。
それに、おそらくユウトの思惑をくみ取っているだろうネイは、ルアンの反応を見ているようだった。
「王都にならそれなりに実力のある盗賊がいるよ」
「そう、なんですか……」
何だろう。ネイの言葉に、ルアンは何故か気もそぞろだ。落ち着きなく手を動かし、時折腰に差してある短剣に触れる。
「王都まで行く気があるなら、紹介してあげてもいいけど?」
「……俺、王都まで行く必要がありますか?」
「ふふ、どうだろう」
「……駄目ですかね?」
「ルアンくん?」
何だかルアンの様子がおかしい。ユウトが話しかけてもこちらに気を回す余裕がないようだった。
ネイを見ると、どこか面白そうに微笑んでいるが、その手が短剣に掛けられている。どうも、ユウトのあずかり知らぬやりとりが、2人の間で交わされているようだ。
「避けてごらん」
そう言って、不意にネイが短剣を鞘ごと引き抜いてルアンに襲いかかった。
とっさに反応したルアンが、間一髪で自身の短剣でそれを止める。
突然のことに目を丸くするしかないユウトの隣で、その攻防は一瞬で終わった。
「はい、おしまい」
ネイが涼しい顔で短剣を腰のベルトに戻す。
その向かいでは額に脂汗をかいたルアンがその場にへたり込んだ。
「えっ、何? どうなったの?」
「まあ、こうなるよね」
ユウトの問いにネイが笑う。その眼前ですぐに姿勢を正したルアンが、膝をついたまま彼を見上げた。
「ネイさん、弟子にして下さい!」
「あれ、ネイさん、ルアンくんに職業言ってないですよね……?」
「んなの、聞かなくても分かるよ! この人がすごい盗賊スキル持ってるって! つか、ユウト、気配とか殺気とか全然分かんないの? それはそれでやばいな……」
「ユウトくんはいいんだよ。俺とレオさんが護るし」
ネイは楽しそうに笑う。そして胸の前で腕を組んだ。
「気配のずらしへの対応、殺気への反応、視線誘導への対抗……まあ、ランクCでこれなら十分かな。……君、以前ユウトくんと菓子店の雑務クエスト受けた時、俺のユウトくんガードに気付いてたろ。目もいいようだ」
「あ、あれってネイさんだったんですか。ユウト、あの時やっぱり護られてたんだ」
「うそ、知らなかった。ありがとう、ネイさん。……ん? もしかしてあの時、インスタントカメラで僕の写真撮ってレオ兄さんに渡したのって……」
疑いのまなざしをネイに送ったが、スルーされた。
「ルアン、君の師匠になってもいいよ。ただし、秘密は厳守。俺の仕事も手伝ってもらう。……ちょうど、役に立ちそうな部下が欲しいと思っていたんだ。それで良ければ」
「もちろん、それでいいです! よろしくお願いします、師匠!」
ルアンがきらきらと瞳を輝かせている。
「良かったね、ルアンくん」
「うん、ありがと。ユウトのおかげだよ」
「じゃあルアン、とりあえず大通りのベーカリーからパン買ってきて」
「了解です!」
「最初からパシリですか!」
「これも修行だよ。店に着くまで走る持久力をつけ、混み合う店内で人をかわしつつ素早さを磨き、戻ってくるまで手を付けない忍耐力を養う。あ、とりあえずカレーパンは必ず入れてね」
「分かりました! 行ってきます!」
……何だかこの先、こき使われそうだ。まあ、ルアンが嬉しそうだからいいか……。
ルアンの後ろ姿を見送りながら、ユウトはちょっと彼女の行く末を案じるのだった。




