弟、愛情たっぷり無差別攻撃魔法を手に入れる
ラフィールが持つリインデルに関する情報はこれで終いのようだ。
だが、間違いなく有益な内容だった。
そして同時に、面倒なことになりそうな予感が去来する。
やはり明日の出立は予定より早めるべきだろう。
「ラフィール、悪いが明日は日の出と共に出立する。朝食の準備だけ頼めるか」
「構わぬ。ユウト様のためならそのくらい、どうということもない」
「ありがとうございます、ラフィールさん。あ、宿泊のお代は今払っちゃった方がいいですか?」
「お代は不要です、ユウト様。今はまだ、満足なおもてなしもできませぬゆえ。代わりに、夕飯の多少足りない食材を提供していただけると助かります」
「……そんなのでいいんですか?」
「十分でございます」
確かに、ジラックとの物流は途絶えて久しく、この周辺で取れる食材しかない状態では、ガントでの豪華な夕食など難しいだろう。
ラフィールのみなら浄魔華さえあれば問題ないだろうが、ユウトを歓待するには足りておらず、代金を取れる状態ではないと彼自身が判断したのだ。
その足りない分を現物で提供すればいいなら、全く問題ない。
一応野営に備えて食材は多めに持ってきているし、調味料セットもある。
「明日の出立が早いのなら、もう夕飯の支度をしてしまった方がよろしいですね。ユウト様はこちらでごゆるりとおくつろぎになっていて下さい」
「はい。ありがとうございます、ラフィールさん」
「食材は俺が持ってる。何を出せば良いんだ?」
「ああ、色々細かくあるのだ。では、キッチンについてきてくれ」
ラフィールは立ち上がると、テラスから建物に入って行った。
少しだけ遅れて、レオも立ち上がる。
「俺もキッチンに行ってくる。ユウト、何かあったらすぐ呼ぶんだぞ」
「ん。大丈夫だよ、エルドワもいるし」
「レオ、エルドワがいれば問題ない。この辺りは花の匂いしかしないし、敵の音もしてない」
「そうか。だがまあ、一応な」
「レオ兄さんは心配性だなあ」
眉尻を下げてくすくすと笑う弟の顔は、からかうというよりはどこか嬉しそうでほっこりする。
この執着をこうして鷹揚に受け止めてもらえる安心感。
それだけで満たされて、レオはユウトの頭をひと撫でしてからキッチンに向かった。
食堂に入ると、すでにキッチンカウンターの向こうに入っていたラフィールが、作業台に調理器具を並べている。
エプロンを着け、長い髪を後ろで縛って、やる気満々だ。
「今晩は何を作る気なんだ?」
「鹿肉と野菜とミルクがあるので具だくさんのシチューと、白パンを。他にも付け合わせやデザートも作るつもりだ。小麦粉やゼラチンはあるか? あと、ここでは塩を調達するのが難儀でな。あるなら多少余分に欲しい」
「ああ、構わん。魚介もあるが、この辺はいいか?」
「ふむ、魚介も良いな。出汁が出るし、明日の朝食に使おう」
長いこと人間界にいるせいか、この男、思ったよりレパートリーが豊富なようだ。
明日の朝食用の献立まで考えながら、必要な食材を揃えていく。
多少の手伝いは必要かと思ったけれど、これなら大丈夫だろう。
レオはラフィールに食材と調味料を預けると、キッチンカウンターを出て再びテラスに戻った。
「……ん?」
すると、さっきまでユウトがいた席が空になっている。エルドワだけが、焼き菓子を食べながら花畑の方を見ていた。
何かあったのか。
レオはすぐにエルドワに弟の所在を確かめた。
「エルドワ、ユウトはどうした」
「あっちの浄魔華の花畑にいる。何か、主精霊を見付けたみたい」
「主精霊だと?」
主精霊は大精霊に次ぐ格の高い精霊で、親精霊と子精霊を統べる存在だ。
すでに二体はユウトと契約をしていたはずだが、残り二体のうちのひとつがここにいたということか。
見ればテラスを下りた先の花畑に弟がしゃがみ込んで、何かと話をしていた。
「お前も一緒に行かないなんて、珍しいな」
「ユウトがひとりで行くって。エルドワが浄魔華の花畑に入ると、注意力や警戒心が抜けちゃうから」
「ああ、通常の浄魔華は人間には無害だが、半魔や魔物の敵愾心を根こそぎ吸い取ってしまうんだな。確かに、今お前の警戒心を抜き取られるのは困る」
「うん」
頷いて黙ってしまったエルドワが、先ほどよりもぴりぴりと周囲を警戒しているのが分かる。ユウトと少し離れてしまった分、外に一層の注意を向けているのだ。
そんな子犬の頭をぽんぽんと撫でて、レオもテラスから花畑に下りていく。
人間である自分なら浄魔華の影響は受けない。エルドワもレオがユウトの側にいれば、ある程度警戒を緩められるだろう。
レオは花を踏まないように気を付けながら、弟の元に近付いた。
「ユウト」
「あ、レオ兄さん」
ユウトも半魔ではあるが、元々闘争心のようなものを持ち合わせていないから、浄魔華の中にいてもいたって普通だ。
しゃがんだ状態で首だけ振り返り、それから再び前を向いた。
レオには全く見えないが、おそらくそこに主精霊がいるのだろう。
ユウトがふんふん、と軽く頷きながら話を聞いているようなそぶりをしている。
「はい。……はい、そうです。この人がレオ兄さんです。ああ、そうなんですか」
何だかよく分からないが、レオの話も出ているようだ。
一体、主精霊と何の話をしているんだろう。
「え? えー……ああ、そういう……。あはは……。分かりました。よろしくお願いします」
ユウトはひとつお辞儀をすると、ポーチから世界樹の木片を取り出した。すでに二つの刻印がある、精霊術契約用のものだ。
どうやら今回も何の問題もなく契約できるらしい。
精霊術はほんの一握りの選ばれた者が、主精霊の厳しい条件をくぐり抜けて手に入れるもののはずなのだけれど。
……この特別扱いに、どんな意味があるのか。レオは未だに知るのが怖い。
(ユウトが大精霊と魔王の子どもだからか? ただそれだけの理由ならいいのだが……)
そんなことを考えている間に、ユウトのかざした木片に三つ目の刻印が押された。主精霊との契約が完了したのだ。
「ありがとうございます、ルナさん。何かあったら頼らせていただきますね」
どうやら主精霊の名前はルナと言うらしい。
今度はどんな精霊魔法が発動できるようになったのか。名前だけではレオには皆目見当がつかなかった。
ユウトが軽く手を振って、木片をポーチにしまって立ち上がる。
主精霊は契約を終えてすぐに去って行ってしまったようだ。
くるりとこちらを振り向いた弟に、兄は間髪入れずに訊ねた。
「……俺の話をしてた?」
「ああ、うん。魔法の源の話になって」
「魔法の源?」
レオが首を傾げると、ユウトは少しはにかむように微笑む。
しかし答えを渋ることはなく、優しく口を開いた。
「今の主精霊はルナさんって言うんだけど、愛情を司る猫の姿をした精霊だったんだ」
「愛情を司る精霊か。どんな精霊魔法を使えるんだ? やはり回復か?」
「敵味方関係無しの、範囲攻撃魔法だって」
「はあ!? 敵味方関係無しの攻撃魔法、それも範囲攻撃って……愛情が微塵も感じられないんだが!?」
そんな物騒な魔法、おいそれと放つことはできまい。
ユウトが一人きりで敵に囲まれて……という状況でもない限り、使う場面がない。
もちろんそんな場面を作る気などさらさらないレオは、『何かあったら頼らせてもらう』と言った弟の言葉を思い出して眉を顰めた。
「そんなもの、不要な魔法だ。使うことなんて絶対ないぞ」
「でもね、この魔法って魔力じゃなくて、僕に向く愛情の量で威力が決まるんだ。その威力の最低値を下支えをしてくれてるのが、レオ兄さんの愛情なんだって。最低値でもかなりの威力らしいよ」
おいおい、主精霊は司ってる愛情をそんなとこに使うのか。俺の可愛い弟を、愛情たっぷり無差別撲殺天使にするつもりか。
思わず突っ込みたくなったけれど、ユウトがにこにこと嬉しそうなので言葉を飲み込む。
まあ弟としては、単純に兄の愛情が規格外にでかいことを再確認して、機嫌がいいということなのだろう。
「……俺の愛情で威力が上がる魔法なら、そりゃ最強の魔法になるだろ。だが、使いどころはない」
「そんなことないよ。この魔法って愛情が燃料だから、自分に愛情を向けてくれてる人には効かないんだって。逆に、悪意を向けてくる人にはダメージが倍加するみたい」
「……何?」
そういうことなら話は違う。
ただの物騒な無差別魔法かと思ったのに、どうやら思わぬ効果があるようだ。
ユウトの説明を聞いて、レオはこの段になって、ようやくその有用性を認識した。




