弟、ラフィールにデレデレされる
小さなテラスの目の前の花畑には、浄魔華をはじめとしたとりどりの花が咲いていた。
レオとしてはそんな景色に特に心動かされたりはしないのだが、ユウトがそれを見て瞳をキラキラさせているだけで気分が良い。
三人はラフィールが用意してくれたハーブティを飲みながら、木の実でできた焼き菓子を摘まんだ。
「香ばしくて美味しい! これ、ラフィールさんが作ったお菓子ですか?」
「もちろんでございます。私は花の蜜が主食ですが、人と共に暮らす中でこういうものを食す機会も多かったので、作り方を覚えてしまいました。ユウト様のお口に合ったのでしたら、何よりです」
花の蜜はあくまで食事で、材料さえあれば彼は嗜好品的に他のものも食べるらしい。
だいぶ長くエルダールで生活しているようだし、村の者に料理を教わる機会も多くあったのだろう。
「ユウト様のおかげで周囲の瘴気が薄まったので、木の実を採ったり狩りに行ったりできるようになりました。夕食の材料も十分にございますので、ご安心下さい」
「わあ、ラフィールさんの作るご飯、楽しみです」
ユウトはにこにこしながらハーブティを啜り、もうひとつ焼き菓子に手を伸ばす。
それを見つめるラフィールはデレデレだ。顔が別格に整っているから見ていられるが、タイチあたりだったらユウトが引くレベルだ。
当初から弟に傾倒している様子ではあったけれど、この萌えっぷりはやはり闇属性も混じり始めたというユウトの魔力の匂いのせいなのか。
ラフィール自体、自分のユウトに対するそんな変化に気付いていないのだろうか。
「ところで、今回は私に話を聞きたいとおっしゃられていましたね。どのようなことでしょうか?」
不意に話を本題に持って行かれて、レオは『今自分がどんな顔してるか分かってんのか?』と訊いてみたくなっていたところを、すんでで飲み込む。
今はこの男をつついている場合ではないのだ。
「あ、はい。えっと……」
「リインデルのことについて訊きたい」
ユウトしか見えていないラフィールの視界の外からレオが割り込むと、途端に彼はスンッと平時の表情に戻る。大瀑布を上から下に落ちたようなすごい落差だ。
「リインデルのことならクリスに訊くのが早いだろう。彼はどうしたのだ?」
「先にリインデルに転移して行ってる。だが俺たちが知りたいのは、クリスが去った後のリインデルのことだ。隣村から見て、あそこで何か変わったことや気付いたことはないか?」
「変わったことか」
クリスが村を去ってから三十年近く。長いように思えるが、ラフィールにとっては大した時間ではないはず。何かがあればまだ記憶に残っているに違いなかった。
こちらの質問にラフィールは視線を中空に飛ばし、あごに手を当てて記憶を探っているようだ。
そこで何かを探し当ててくれるのを、レオたちは静かに待った。
「……これだけ距離が離れているし、リインデルが瘴気に覆われてからは村人も一切近寄れなかった。それでも、私は何度かあそこに行ったことがある」
「あんたがリインデルに行ったって!?」
考えてみれば、ハーフエルフであるラフィールならば瘴気の中でも活動できる。精霊の祠が閉じて以降の濃い瘴気には多少影響を受けてしまうようだが、視察に行く程度なら十分可能だ。
レオは身を乗り出した。
「それは、クリスには?」
「当然言ってある。リインデルが滅びた当初は浄魔華を植えようと思って密かに通っていたのでな。……だが、十五年前に彼がベラールに居を構えて以降はここを訪れることもなくなったから、それ以後のことは伝えておらぬ」
「ラフィールさんはそれ以降にもリインデルに行った事があるんですか?」
「はい、ユウト様。数年前、まだ周囲の瘴気が濃くなり始めたばかりのころに。村人を早めに別の村に退避させて、私はその原因を探りにこの辺り一帯を歩き回っておりましたから」
「ええ、もしかして一人で? 大丈夫だったんですか?」
「問題ございません。私の心配をして下さるなんて、ユウト様はなんてお優しい……!」
村に残った後、まだ浄魔華が黒く変色する前に、ラフィールはこの周辺を一人で移動して回っていたらしい。
ユウトは心配しているが、総じて凶暴になった魔物の中に平気で自分から飛び込んでいる時点で、やはり彼はこの風貌とは似つかわしくない攻撃力を持っているのだ。気遣ってやるだけ無駄だろう。
「それで、久しぶりに見たリインデルには何か変化があったのか?」
「それなのだが」
ラフィールはレオに視線を向けた途端に、再びスンッと真顔になる。
「昔とまるで変化がなかったのだ」
「なんだ、結局以前と変わりなしってことか」
「そうだ。……変わっていなかった、何もかも。不自然なほどに」
「……何?」
有益な情報は無しかと一瞬落胆しかけたが、続くラフィールの言葉に含まれた意味に、レオは目を瞬いた。
それって、つまり。
「誰かに仕組まれたように……ってことか?」
「今改めて考えてみれば、だが。当時はその後すぐに、瘴気の濃度が上がった原因が竜穴の祠を封じられたことだと判明したのでな。正直リインデルの方には気が回っていなかったのだ」
確かに、リインデルの多少の違和感など、精霊の祠を封じられたことに比べれば気に掛けるほどでもない。
それでも今レオたちに問われて、その不自然さを思い出したのだろう。ラフィールは当時の違和感を口に上せた。
「それなりの年月が経っているというのに、焼け落ちた建物の残骸が朽ちてもいなかった。砂埃も被っていないし、倒れた店の看板の色味が陽に焼けて薄れてもいない。……まだ襲われて数日しか経っていないような景色だった」
「ということは、作られた景色なのか……?」
「もしかすると、村全体に視覚誤認の術式が掛かっているのかもしれぬ」
視覚誤認。つまり、術式によって実際と別の視覚情報を見せられているということ。
事前に空間転移の予想を付けていたレオたちは、その言葉に眼を丸くした。
「待て、そうなると、実際の村は襲撃に遭っていなくて、もしかして健在だとか……?」
「いや、それはないだろう。当時の襲撃の日は、ガントにまでススが飛んできたほどだった。それにそもそもリインデルは、浄魔華がない状態で人間が長時間いられる場所ではないのだ。花を管理する私の来訪を拒むような真似をするわけがない。……考えられるのは当時の焼けた村の姿を写し取り、それを術式で投影しているということ。そして現在村の中にいるのは、人間ではないということだ」
まさか、書庫だけでなく村まるまるすり替えがなされているとは。
もちろんこれはラフィールの推論で、確実ではないのだけれど。
「……ラフィール、あんたリインデルで悪魔の水晶を見たことは?」
「悪魔の水晶か? 見ておらぬ。……まあ、それを視覚誤認で上書きされていたら感知は不可能なのでな。もしかするとあるかもしれぬが」
「視覚誤認はあんたくらいの魔力の持ち主でも察知できないのか」
「この手の術式は認知を阻害することが目的なのだ。容易に気付かれるような作りにはなっていない。ただ、僅かでも違和感に気付けば、術に掛かっている自覚くらいはできる」
「術が解けるわけじゃないんですね。難しいな」
それを聞いたユウトは、困ったように眉尻を下げた。




