弟、ランクSSS偽名ギルドカードを手に入れる
「……今度ネイさんに会った時に、どういう顔すればいいのか困るんだけど……」
「思い切り蔑んだ目で見てやれ。喜ぶかもしれんぞ」
「いや、無理」
別にユウトに対して変態的な態度を取ったことはないネイを、邪険にする理由はない。
……とりあえず聞かなかったことにして、今まで通り接しよう。
「まあ、いいや。兄さんだけでも強いのに、ネイさんが入ってもっと強くなるってことだもんね。頼もしいな。僕なんかいらないくらい」
これは本当の気持ちだ。物理的にはほぼ役に立てないユウトとしては、彼ら2人だけですでに無敵としか思えない。
「いや、俺たちだけでは難儀だ」
しかし向かいに座るレオは、軽く首を振った。
「物理特化ではどうしても後手に回ってしまう敵もいる。回復なんかもアイテムに頼らざるを得ない。ただ一匹の魔物を倒すだけの仕事ならそれでも問題ないが、今後高ランクゲートに入ることになると、絶対にお前の存在が不可欠になる」
「そうなの? でも、レオ兄さんって昔はひとりで高ランクのゲートを潰してたんじゃなかった? そんな話を聞いた気がするけど」
「親父から軍は与えられていなかったが、一緒にゲートに潜る相手は……一応いた。強力な魔法の使い手がひとりな。途中から、ネイが勝手に加わってきて3人になったが」
ということは、当時も剣士と暗殺者、魔導師のパーティだったということか。
「その時の魔法使いって、今はどうしてるの?」
「……それを聞いてどうする。パーティ編成としてはこれでちょうど良く収まっているんだ。必要のない情報だろう」
レオが一緒にいた魔導師というのが少し気になって訊ねると、何故か兄はその答えをはぐらかした。
それに気付かない弟ではないが、つまりレオが答えたくないのだと理解すれば、それ以上の追求はしないのもまたユウトだ。
まあその魔導師が今もいるとしても、その人物を入れて自分がパーティから外れる、なんて気はないのだ。確かに言われれば必要のない情報といえた。
聞き分けの良いユウトが質問をあきらめて黙る。
するとレオは僅かにばつの悪そうな顔をして、間を取り繕うようにテーブルの上に封蝋の付いた書簡を置いた。封筒には上品な模様と金の箔が押してある。いかにも重要そうだ。
「……そういえば、これが届いた」
「これは?」
「ランクSSSのギルドカードだ」
「ギルドカード……!? ランクSSSっていうと、ゴールドのカードだよね! 開けて良い?」
「ああ」
封筒の中身を聞いて、ついテンションが上がる。未だランクDの兄弟が持つギルドカードは茶色だったから、ゴールドは憧れの高ランク色なのだ。
ユウトはペーパーナイフを持ってきて、丁寧に封を破いた。
中を覗くとライネルからの手紙と、さらに紙にくるまれた包みが出てくる。おそらくこれがカードだろう。
とりあえずユウトは長兄からの手紙を開いた。
「……兄貴は何て?」
「この間のワイバーン討伐を褒めてくれてる。降魔術式による魔物発生が確認できたのがとっても助かったって」
「ああ、それか」
「あと、今後の依頼とか報酬とかの流れ。クエストの依頼はネイさん経由でするみたい」
「あいつは緊急通知ケースを個人で持ってるからな……。今も王宮と情報交換をしているんだろう。まあ、クエストがそこ経由になるのは仕方ないか」
「それから、報酬の受け取りはカードに振り込みになるって。……この世界でも振り込みってシステムあるんだね」
「そうだな、ほぼ銀行のキャッシュカードと同じようなものだ。カードからカードへの振り替えもできるし、毎月定額の引き落としなんかもできる。本来は金融ギルドで手続きが必要なんだが、その辺は兄貴がやってくれたんだろ」
「あ、でもカードの指紋認証登録は、どこか信用できるところのカード運用端末でやれって書いてある」
「カード運用端末……だったらロバートのところしかないな。近いうちに2人で行くか」
ライネルはほとんどのカード手続きを終わらせてくれているらしい。指紋の登録をしたら、カードは即使えるようだ。
「ええと、それから……カードの名義について」
「名義? ……ああそうか、このままの名前で登録するわけには行かないか。何か適当な名前を付けないと」
「や、待って。ライネル兄様がカード作る時にもう偽名付けて登録してるみたい。手間を省いておいたって」
「兄貴がすでに俺たちの偽名を付けてる……?」
「明日には各街の冒険者ギルドにランクSSS登録パーティとして名前を知らせる予定だから、変更は不可みたい」
「変な名前を付けてないだろうな……。まあ、おそらくルウドルトの検閲が入ってるだろうから大丈夫だと思うが」
ライネルの手紙には、2人をどんな名前にしたかまでは書いていなかった。
後は『可愛い弟たちへ』と挨拶で締めてあるのみ。
ユウトは便せんをたたんで横に置くと、カードの入っている包みを手にした。
「……見た途端にカード叩き割りたくなるような名前じゃないよね?」
「平気だ。兄貴の悪のりは大体ルウドルトが抑えてくれる」
レオはあまり心配していないようだ。
ユウトも兄の言葉を信じて、カードをくるむ紙を外した。
最初に出てきたのはレオのギルドカードだ。金色に輝いてるのがめちゃカッコイイ。そこにランクSSSの刻印。
その上部に、ライネルが付けた名前が入っている。
「レオ兄さんの名前、『ソード』だって」
「……『剣』聖だからか。まあ、安易だが特に問題ない」
「そうだね。ちょっと安心」
ユウトは『ソード』名義のカードをレオに渡した。その下から現れたのは、同じく金色の、刻印入りのカード。その名義は。
「『もゆる』……?」
「ああ『萌ゆる』ってことか。ユウトそのままだな。特に問題ない」
「え? 何で? 待って、この名前ちょっと問題ありでしょ? 兄さんが『ソード』なら僕はもう『ロッド』とか『リング』でいいでしょ?」
「可愛くないだろう、そんなの。『もゆる』って響き、なかなか可愛いぞ。それにユウト相手ならとても言いやすい。もゆる」
何故だかレオは気に入った様子だ。しかしユウトとしてはそう簡単に許容できない。
「すごい悪のりじゃん! ルウドルトさん、何でこれ阻止してくれなかったの!?」
「おそらくルウドルトは『萌え』とか知らん。単語の意味自体が分からないから、特に問題視しなかったんだろう」
「逆に何でライネル兄様が『萌え』とか知ってんの……?」
「まあ、『もえす』にならなくて良かったじゃないか。『もゆる』可愛い」
「……『もえす』だったらランクSSS一旦返上するところだよ……」
とりあえず正体を明かさない活動だから、その名前を呼ばれることなんてほぼないだろうけれど。
それでも恥ずかしい。
「あきらめろ。どうせ変更不可なんだろう? この萌え系装備と同じで、すぐに慣れる」
「もう、兄さんは他人事だと思って……」
「他人事と言うか、純粋に可愛い名前だと思っている。お前相手ならするっと出てくる言葉だし。ユウトもゆる」
駄目だ、レオはマジでこの名前を気に入っている。
……おかしいな、もしかしてこの名前、ユウトが気にするほど変ではないんだろうか。自分が意識しすぎ?
「この名前はどうせ魔女っ子姿で戦闘する時しか使わない。それほど気にしなくて良いと思うぞ」
「うーん、そうなんだけど……いいのかな、それで」
「大丈夫だ」
兄に大丈夫と言われてしまうと、途端に弟の反骨精神は引っ込んでしまう。
「……分かった。もうどうしようもないし、『もゆる』になる」
「もゆる可愛い」
翌日、冒険者ギルドでは『ソード』と『もゆる』という2人のランクSSS冒険者の出現に、皆が沸き立つのだった。