【五年前の回想】ジアレイスを追う
アレオンに仕掛けられた罠は、魔道具による束縛だった。
薄く目を開けた視界の端で、研究員たちが罠感知用に仕掛けられた魔導照明を取り外そうとしている。おそらくあの照明が照らす光のエリアに入ると捕縛されるようになっていたのだ。
それでも肩から上が動いたのは、ただ単に照明が当たらなかったからだろう。
アレオンでもさすがにこれには気付けない。
チビが動けたことを考えると、最初にエリアに入った一人にしか効かないようだが。
「所長、この罠を解除するには魔導回路を破壊しなくてはなりませんが……よろしいでしょうか?」
「……取り外してアイテムの使い回しが利かないようになっているのか。全く、抜け目のない……。仕方ない、破壊しなさい」
さすが、対価の宝箱から出たアイテム。対価以上の働きはできないようになっている。
これなら一度解放されれば、再び同じ罠で捕縛される心配はない。
(身体が自由になったら、ここにいる全員切り捨ててやる)
今、アレオンの周囲に控えているのは六人。罠を外しているのが三人。そして少し離れたところにいるジアレイス。
武器を手にしているのは、魔導銃を持つジアレイスだけだ。
魔導銃の命中精度は厄介だが、撃たれる前に殺せば問題ない。
アレオンを死んだと思い込んで、剣を取り上げなかったことがこいつらの命取りだ。
内心でやきもきしながらも、捕縛の罠が解除されるまでアレオンはじっと待った。
やがて罠を外している研究員たちが魔導回路を切る。
するとアレオンを照らしていた照明が消え、束縛という支えを失った身体が薄闇の中、前に傾いだ。
そこにいた男たちは皆、そのシルエットがそのまま重力に任せて地面に倒れ込むと思っただろう。
しかし次の瞬間、アレオンは一歩足を踏み出して身体を支え、姿勢を低くしたまま素早く抜剣した。
「なっ……動いた!?」
「馬鹿な、まさか、生きて……!?」
驚きの声を上げたのは、通路の対面で罠を外していた研究員たちだ。
アレオンの周囲にいた六人は、その事態にすら気付かない間に一閃でなぎ払われていた。
「アレオン……!? 貴様、さっき間違いなく心臓を魔法で貫かれたはず……!」
「俺は死体になろうが、てめえみたいな三下に操られねえと言っただろ!」
そもそも死体になっていないけれど、まあそれは些末ごと。
アレオンは瞬く間に距離を詰めて、銃を構える隙も与えずにジアレイスに飛び掛かった。
「死ね!」
渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
それはまっすぐに男の頭部をかち割りに行った。
……けれど、あと数センチで切っ先が到達するところで、アレオンの攻撃は強い力で跳ね返されてしまった。
「くっ……物理反射か!」
「お、お前たち! この男を足止めしろ!」
自分の力をまるっと戻されて、その反動でたたらを踏む。
ジアレイスはその一瞬で離脱すると、残っている研究員に指示をして廊下の向こうへ走って行った。
あの先は、チビのいる例の部屋がある。
魔導銃を撃たなかったところを見ると、さっきのアレオンへの一撃で魔力が空っぽになっているのかもしれない。……ということは、チビにその魔力の充填をさせる気だろう。
(チビはすでに魔力をかなり失っている……。それをさらに搾り取られたら、昏倒してしまう)
一応だいぶ前に、魔力を使い切ってもほんの少しだけ魔力が復活するアイテムをチビに渡していたはず。それでも、こんな場面で子どもの魔力を使い切るような、危うい状況に置きたくはないのだ。
アレオンは体勢を立て直すと、すぐにジアレイスを追おうとした。
「行かせん!」
しかし、指示を受けた研究員が投擲型のアイテムで邪魔をする。
それはアレオンから少し離れたところに落下して、術式を展開した。進行妨害の罠だ。
目的の部屋へ続く通路に火柱を立てられてしまったアレオンは、大きく舌打ちをした。
「邪魔をするな!」
次のアイテムを使われる前に、そこに残っていた研究員を切り捨てる。
正直攻撃アイテムよりも、こういう初歩的な妨害アイテムの方が面倒なのだ。
無理して突破しようとして燃え移ると、継続ダメージが来て集中力が切れ、隙ができやすくなる。
一方で一分ほど待てば炎は消えて通れるようになるのだが、今はその僅かな時間が問題だった。
(チビが魔導銃に魔力充填するのを、わざと遅らせていればいいが……)
チビがジアレイスの使役を受けていないなら、どうにかして時間稼ぎをしていて欲しい。そう願いながら火柱が消えるのを待っていたアレオンは、通路が通れるようになったと同時に走り出した。
部屋がもう分かっているのだけは救いか。
すぐに先ほどの祭壇のようなものがあった部屋に辿り着くと、アレオンはその扉を蹴り開けた。




