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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】チビ、アレオンを恐れる

 ドラゴン肉の保管場所となれば、おそらくそれを使用する場所の近く。

 実験室か術式集中管理室、もしくはそれに付随する部屋の保管棚だろう。


 そうあたりを付けたアレオンは、さっき通り過ぎてきた時に見たそれらしい部屋を探して回った。

 今は、ライネルが研究員たちを外におびき出してくれているのがありがたい。かなり楽に確認作業ができる。


 そうして部屋を見て回ったアレオンは、ようやく儀式的な祭壇のようなものがある妙な部屋で、それが壇上に捧げられているのを見付けた。


「何だ、ここは……?」


 見たことのない魔方陣、アレオンでは判別できない文字で書かれた書物。研究所の中でも特に異質な空間だった。

 一体、何の目的で置かれた部屋だろう。壁にも不思議な図形が描かれている。


 それを不可解に思いながら眺めていると。


「……お兄ちゃん、ここ嫌。早く出ようよ」

「あ、ああ」


 腕の中のチビに促されて、確かにこんなところでぼうっとしてはいられないと祭壇に近付いた。


 チビの魔力が尽きたらすぐにアイテムを使うつもりだったのか、罠のようなものは掛かっていない。

 まあ、侵入者など想定していなかったのだろう。

 アレオンはドラゴン肉を手に取ると、そのまま自分のポーチに突っ込んだ。


 これでまずはひとつ気掛かりが消える。

 チビを連れて部屋を出ると、アレオンは今度こそまっすぐ出口へと向かった。

 後は絶縁体を使って脱出をして、カズサたちと合流するだけ。

 なのだが。


 しかし地下から地上へと続く階段に差し掛かる手前で、アレオンはその近くの一室に入った。

 もうひとつの気掛かりは、ここで解消していかなければいけないからだ。


 どうやら実験機材置き場らしき部屋で、アレオンはチビをテーブルの上に座らせて向かい合った。

 子どもは未だに眉尻を下げて、何か思い詰めた顔をしている。


「……アレオンお兄ちゃん、ここから出ないの……? キツネさんたちが待ってる……」

「その前に……チビ、ここから出て魔法が使えるようになったら、何か妙なことを考えていないだろうな」


 アレオンが問うと、チビは一瞬だけ目を丸くして、それから視線をおろおろと揺らした。

 それはつまり、この指摘が間違っていないということだ。


 魔研にさらわれる直前、『アレオンの中のチビを消す』と言った子どもの言葉を、アレオンは忘れていない。

 しかし今、この場所ならばその力を行使できないだろう。だからこそ、ここを出る前に話を付けておかなくてはいけなかった。


 アレオンはそのまま黙ってチビの目を見つめ、白状するのを待つ。

 するとその視線に耐えかねた子どもが、もごもごと呟いた。


「……ぼくは、お兄ちゃんには自分のために生きて欲しいんだ。……あの約束なんて忘れて……」

「その約束というのが何なのか知らんが、俺は十分自分のために生きてる。自分の意思でだ」

「でも、ぼくのために死んでもいいって言った……」

「それが何だ。何の矛盾もないだろう。俺は自分のためにお前を護るんだ。……語弊があるなら言い直す。『俺が』チビが死ぬのは我慢ならないから、『自分のために』死んでもお前を護るということだ。お前が嫌がってもな」


 そう、チビを護るのは完全に自分のため。

 そこにチビの意思は関係ない。


 それこそ、そうすることによって自分が死んで、残されたチビが苦しむとしても譲る気はないのだ。


「俺に自分のために生きて欲しいなら、おとなしく俺に護られていろ」

「だめ、だめ。お兄ちゃんはぼくのことを忘れなきゃ……。ここから一度出て行っても、ぼくはまた捕まえられる。記憶を消さないと、そのたびにお兄ちゃんが危険な目に遭っちゃう」

「俺からチビの記憶を消す……?」


 明確にそう言葉にされて、アレオンは背筋がぞっとした。

 どんな危険があろうとも臆することはないアレオンだが、これはまさしく死刑宣告でもされたような、首筋に刃物をあてがわれたような恐怖だった。


 思わずふざけるなと大声を出すところだったけれど、ここは敵陣故にどうにか思い止まる。

 代わりに小さな子どもの胸ぐらを少々乱暴に掴み上げた。


「……ふざけたことを言うなよ、チビ。お前の記憶を消すことが、俺のためになるとでも思ってんのか? 再びあの生きる価値のない鬱屈とした日々に戻れと?」


 それはどんな仕打ちよりも残酷なこと。

 さらに自分はそれに気付きもせずに、ただ死ぬためだけに毎日を生きることになるのだ。

 だったらチビのために今日死ぬ方が何万倍もいい。


 それにチビはまるで自分をアレオンに課された呪いか何かのように言うけれど、おそらく解釈が違う。

 言うなればチビはアレオンにとって、人生を照らす天からの贈り物(ギフト)なのだ。


「俺からお前を取り上げるのは、たとえお前だって許さない」


 普段チビに聞かせることはない怒りの滲んだ低い声音に、子どもは怯えたようだったが構ってはいられない。

 掴んだ胸ぐらを引き寄せると、アレオンは間近でその怯えた瞳を見つめ返した。


「命令だ。何があっても俺の記憶を奪うようなことは絶対にするな。いいな?」


 今まで極力チビに命令をせずに来たけれど、これは確実に禁じておかなくてはいけない。

 隷属術式には拒否権はなく、ゆえにチビは泣きそうな顔で素直に頷いた。


「……はい、アレオンお兄ちゃん……」


 アレオンから意に添わない命令を強要されたことがなかったチビは、酷く萎縮する。

 まるで市中で会う見知らぬ子どもがするように怯えられて、アレオンは小さく舌打ちをした。それに対しても、チビはビクリと肩を震わす。


 その反応に、少なからずアレオンもショックを受けた。

 恐れて欲しいわけじゃない。ただ護って大事にして、甘えて欲しいだけなのに。

 目の前の子どもは、どうしてそれを分かってくれないのか。


 こちらがそうしてイライラすると、さらにチビは怯えてしまう、この悪循環。

 コミュ障のアレオンはこういう時に空気を立て直す方法が分からない。


 とりあえずチビの胸ぐらを掴んでいた手を放して、アレオンは小さく唸って頭を掻いた。


 本当は、この場で胸ポケットに入っているチューリップも渡してしまいたかったのだが、おそらくそうしたらこの子どもは泣き出してしまう。

 そうなったら正直、アレオンは周囲に気を配る余裕などなくなってしまう。


 それに、この隷属術式の効力がなくなるということは、今命令した禁止事項も無効になるということ。

 そうなるとこのまま外に連れ出せば、チビはアレオンの記憶を消そうとする可能性が高い。


 自分の身代わりになんてしたくないから隷属術式を預けたい、だがそうすると命令が失効する。

 何というジレンマ。


 だからといってこんな敵陣で膠着しているわけにも行かなくて、とうとうアレオンは考えることを放棄した。


「……チビ、口を開けろ」

「えっ……」


 ポーチを探りながら言うアレオンに、チビは明らかに警戒したようだった。それにまた苛立ち、口調が強くなる。


「口を開けろ。命令だ」


 こうなればもう逆らうことはできない。

 子どもは眉尻を下げたまま、雛鳥のように口を開けた。

 その口内に、取りだした薬品を一滴だけ含ませる。


 この薬がなんなのか、おそらくチビには知られているが、もはやどうでもいい。どうせすぐに忘れてしまうのだから。


 アレオンに薬を飲まされた途端に子どもが意識を手放して、小さな身体が傾いだ。

 すぐにその背中に手を回し、腕の中に抱き留める。

 くったりとした子どもを抱いたまま、アレオンは自嘲気味にその薬の瓶を持ち上げ、目の前で揺らした。


(直近一時間の記憶を失う薬……。まさかこんなところで使うことになるとはな)


 悪手であることは自覚しているが、それでもチビが自分を恐れ、心が乖離している状況を放って進むことはできなかった。

 それにとりあえず記憶は失っても術式は作用する。さっきの命令は有効なはずだ。

 今後チビが目を覚ましても、もうアレオンの記憶を奪うことはできない。


(……だがそれも、隷属術式を俺が持っているという前提での話だが……)


 普通に考えれば、アレオンがジアレイスたちと戦って負ける要素は何もない。あのチューリップのお守りを持っていたところで、どうということはないだろう。


 しかし、奴は対価の宝箱を持っている。

 アイテムの巡り合わせ次第では、アレオンが窮地に陥る可能性があるのだ。


(チビを身代わりにして生き延びるなんて絶対に嫌だ)


 そう考えれば、隷属術式をチビに差し戻すしかない。


 たとえば今のうちに、こっそり子どものポケットにこのチューリップを潜ませることは容易いだろう。

 しかしさっきのやりとりをまるっと忘れたチビは、間違いなくアレオンの記憶を奪いに来る。となれば結局リスクはそのままで、さっきと同じジレンマに陥るのだ。

 アレオンは悩み、片手で額を押さえた。


 部屋の外では、研究員たちが数名、地下に戻ってきた気配がする。

 もうここに長居はできない。


(俺は、どうすればいい……?)


 チビを腕に抱えながら自問する。

 すると途端に、狙ったようなあの誘惑が、アレオンの思考に侵入してきた。


(そうだ、対価の宝箱……!)


 何でも願いを叶えるアイテムを出す宝箱。

 今のアレオンは、その誘惑に抗えなかった。


 自分が引っ張ったのか、宝箱に引っ張られたのか、そんなことはもうどうでもいい。

 もはや縋るように、アレオンは対価の宝箱を目の前に呼び出していた。


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