【五年前の回想】国王暗殺
アレオンは引き続き地下で、チビたちを探し回っていた。
そうしてようやく見付けたのは、地下の奥まりにあった岩肌の見える洞窟のような空間、そこにできた術式の檻だった。
完全に閉じられていて中は見えないが、しきりにその周囲を警戒し、遠巻きながら様子を窺う研究員がいる。その状況から、アレオンはそこにチビたちがいるのだろうとあたりを付けた。
かなり厳重で、その中からは何の気配も読み取れないけれど。
(チビたちを無力化する術式……。これも対価の宝箱で出したものか? この地下全体に掛かっている結界と何が違うんだ……?)
地下全体に掛かっている結界は、アンカーを打ち込んで、その範囲をカバーするものだ。ブレスを吐いて暴れるキイとクウを捕まえるためのものだったはずだから、彼らの攻撃を封じる効果があるのは間違いない。
翻ってこの檻は、範囲を区切るアイテムらしき物が見当たらなかった。おそらくは付呪の巻物による一時的な捕縛術式なのだろう。
もしかするとチビたちの魔性を奪うため、魔力を吸い取るものかもしれない。
吸魔自体は割とポピュラーな罠だし、だとすれば魔研の人間も近付けずに様子を窺っているだけなのも頷ける。
もちろんこの檻は、その辺の罠とは遙かに威力が違うけれど。
(チビたちから奪った魔力を使って檻自体が強化されているとすると、こじ開けるのは魔研の奴らでもほぼ不可能……。やがてチビたちの魔力が吸い尽くされて、気を失って檻が消えた時に連れ出すつもりか)
ジアレイスはチビたちを『使う』と言っていた。
それがどういう意味なのか分からないが、アレオンにとって最悪な事態になることは想像に難くない。
どうにか、あの檻からチビたちを助け出さねばならなかった。
(さっきは覚醒していないような話をしていたが、今のチビは意識があるんだろうか……。おそらくキイとクウがチビを救い出したところで、この中に一緒に閉じ込められてしまったのだろうが……)
羽を取り戻したようだが、背中の痛みは消えたのだろうか。
じわじわと魔力を吸い取られて、恐ろしい思いをしているに違いない。
チビの魔力量を考えればすぐに魔力が切れることはないだろうけれど、どちらにしろガス欠は時間の問題だ。
早く、どうにかして彼らを救い出さなくては。
急いた気持ちでアレオンは暗がりを伝い、できるだけ檻の近くへと移動した。
見張りの研究員は二人。
それを倒すのは簡単だ。
しかしその後に檻を消す算段が付いていなければ、いたずらに侵入した自分の存在を奴らに知らせるだけになる。
アレオンは歯痒く思いながら、何か打開策はないかと檻の様子を窺った。
(このままでは、狐が来て地下の結界を崩したところで意味がない……。チビたちが気を失って檻が消えた時に奪い返してもいいが、万が一俺が捕縛されたらもう終わりだ。せめてチビたちが自力で逃げ出せるだけの力は残しておかないと……)
そう考えるものの、アレオンは術式に関しては多少勉強した程度の門外漢だ。
魔研の連中が檻に近付かないところを見ると、不用意に触れれば魔力を吸い取られて気を失ってしまうのかもしれないし、どうすればいいかなんて想像も付かない。
アイテムを使った結界と違って、術式のキーとなる物が目に見えてあるわけではないのだ。
この難問にアレオンがしばし考え込んでいると、不意にこの空間の入り口の方から男が現れた。
……ジアレイスだ。
男は檻を一瞥すると、それを見張る研究員に横柄に声を掛けた。
「様子はどうだ」
「中の様子は分かりませんが、まだまだ魔力量は残っているようです。全ての魔力を吸い上げるにはかなり時間が掛かるかと」
「ふん……まあ仕方あるまい。それくらいの依り代でないと耐えきれんからな。引き続き監視をして、術式が解けたらすぐに報告しろ」
「かしこまりました」
やはり、あの檻は魔力を吸い上げるもののようだ。
だがそれよりも、妙な単語にアレオンは眉を顰めた。
(依り代……?)
一体何の話だ、と思ったその時。
「所長、ジアレイス所長!」
慌てた様子で研究員の一人が駆け込んできた。
「何だ、騒々しい。……もしや、さっきの冒険者がまた現れたか」
「いいえ、違います! 王都から、ライネル殿下が率いる部隊が来られまして……」
「ライネル殿下が……? 陛下を連れ戻しに来たのか?」
「それが、剣を抜いて陛下のいる居住棟に攻め入ったようなんです」
「何だと!?」
(ようやく来たか)
どうやら、ライネルたちが騎馬を飛ばして駆けつけたようだ。
これはアレオンにとってはありがたいタイミング。
対して、その報告にジアレイスは泡を食った。
「どういうことだ!? アレオン殿下ならまだしも、ライネル殿下はこのまま行けば何もしなくても数年後には王位に就く身……。その立場を確立するために、公に後継の宣言をしてアレオン殿下を消したというのに」
ライネルに王位を約束すれば逆らわないはずだと、父王とジアレイスは考えていたのだろう。
しかしそれは、地位や利権だけに固執する奴らの考えだ。
ライネルはそれよりも大事なことを知っていて、それをないがしろにしている父とその取り巻きを許せなかっただけのこと。
彼は王位が欲しいわけではなく、エルダールを、引いてはその国民を守りたかったのだ。
そして今、その時が来た。
「とりあえず陛下の側には騎士団長と親衛隊がおられるから、下級の者にやられることはないだろうが……。お前たちは半魔どもを引き連れて、その援護に向かえ」
「はっ。しかし、この場の監視は……」
「仕方あるまい、このままにしておけ。どうせしばらくは変化がないだろう。今はライネル殿下への対処が先決だ」
対価の宝箱に汚染されて来ているものの、ジアレイスは未だに父王を護る意思があるようだ。これに乗じて国王を亡きものにしようという思惑も感じられなかった。
父王は利用しやすく、いつでもその地位を担保してくれる者だからかもしれない。
しかし次に飛び込んできた研究員の報告で、男の様子はがらりと変わった。
「報告します! ジアレイス所長、陛下がライネル殿下の側近であるルウドルトによって討ち取られました!」
「なっ、何だと!? 騎士団長たちはどうした!? こんなにあっけなく部下に敗れたというのか……!?」
「親衛隊以下、陛下の部隊は全滅しました! あちらには魔法研究機関の魔導師どもが同行しており、すでに周囲に転移無効の結界が張られています!」
「転移による逃げ道も塞いだ……。これは、もしや最初から計画された国王暗殺か……!」
「現在、陛下を討ったライネル殿下が、魔研の外でジアレイス所長を呼んでおりますが……いかが致しましょう」
防衛術式が掛かっていると思い込んで、父王の側近たちは油断していたに違いない。まあどちらにしろ実力差でもルウドルトたちの方が上。アレオンはこの早期の決着に驚きはしない。
地位や爵位だけで優劣を考えるジアレイスには思いも寄らないことだったのかもしれないが。
「私の地位が……」
ライネルから直々に呼び出しを食らった男は、しばし俯いて黙り込む。
しかしすぐに吹っ切ったように中空を仰いで、目を見開き、独り言のように呟いた。
「そうか……。陛下が討たれたのなら、いよいよやるしかない……。父殺しの罪でライネルを退け、私が国を……」
その口端が、邪な形につり上がる。
男は歪んだ笑みを浮かべたまま、周囲の人間に指示を出した。
「お前たち、半魔を全て引き連れて来い。逆賊ライネルを討ち、陛下の無念を晴らすぞ」
「はっ」
まるで足枷が外れたよう。
先ほどまでよりもどこか悠々とした足取りで、ジアレイスが研究員を伴って出て行った。
おかげでようやく見張りがいなくなる。
(……行ったな)
その足音が遠ざかるのを確認して、アレオンは暗がりから姿を現した。
表がどうなっているのか気になるが、それよりもまずはチビたちの救出が先だ。
アレオンはジアレイスたちが戻る前にと檻に近付いた。




