【五年前の回想】アレオン、魔研へ攻撃する
魔研にある程度近付くと、二人は張り巡らされた術式によって敷地内への侵入者として感知され、サイレンが鳴らされた。
その途端に警戒はされたけれど、強力な防衛術式で護られている魔研の中の人間が、すぐに直接動くようなことはない。それだけ守りに自信があるからだ。
その代わりにまず襲ってくるのは、防衛術式でプログラミングされた魔法の罠だった。
踏むと火柱が上がるもの、通りかかると魔弾を発砲するもの、遠くから狙撃してくるものなどなど。
次から次へとひっきりなしだ。
アレオンとカズサはそれらをすり抜けながら、魔研の建物へと急いだ。
「うわ~、すごいな。コレコレくんがいたら大喜びしそうな罠オンパレードだわ。王都の防衛術式とは方向性がまるで違う」
「感心してる場合か。そろそろやるぞ。……死にたくなかったら、俺の半径二メートル以内にいろ。生身で巻き込まれたら確実に死ぬからな」
「確かにおチビちゃんの闇魔法食らったら、魔防の高い俺でも一撃でやられちゃいますね」
どこかから監視されている視線は感じる。
しかし、中の人間たちはアレオンに建物に近付かれても、未だ動く様子はない。
その度肝を抜いてやろう。
居住棟と研究棟をつなぐ渡り廊下、その下まで辿り着いたアレオンは、カズサのことを気にせず手中の上魔石から魔法を発動させた。
途端にアレオンを中心に、発動者を護るための結界が張られる。
カズサがぎりぎりでそこに滑り込んだところで、一気に周囲が炎に覆われ、とぐろを巻いた。
「あっぶな、いきなり無言で発動しないでくださいよ!」
「声を出すなと言ったのはお前だろう」
「それは魔研の奴らとの会話の話でしょうが、もう。……うわあ、すご、何この魔法」
魔法に巻き込まれ掛けたカズサが、文句の途中で魔法の方に気を取られ、首を巡らしている。
自分たちを中心に炎が爆発的な勢いで膨れあがったからだ。
魔研の建物全体を飲み込むほどに広がった炎は、周囲を赤く染めながらあちこちで渦を巻く。中心にいると分からないが、炎の中では暴風が吹き荒れ、魔研の窓ガラスや扉を激しく叩き付けていた。
やはりすごい威力だ。
その炎は居住棟も包んでいる。
これで小心者の父王が閉じこもって自身の守りを固めてくれれば、その配下を魔研の援軍に寄越すこともないだろう。
「この威力なら、防衛術式にだいぶ負荷を掛けることができていそうですね」
「まあ、この一発で穴を開けることはできないだろうがな。それでも奴らに危機感を与えるには十分だ」
魔力の継ぎ目を狙ったことで、渡り廊下周辺だけ壁にヒビが入っている。
小さな変化だが、万全の防衛態勢に傷を付けられたのだ。奴らもこのまま閉じこもってはおれまい。
やがて上魔石の魔力を使い果たして炎が治まってくると、そのヒビの入った壁を確認しに何人かが渡り廊下に集まったようだった。
さて、どうくるか。
そのまま少しだけそこで様子を窺う。
するとやがて渡り廊下の窓が開いて、一人の男が顔を出した。
「……貴様らは何者だ!?」
そこから見下ろして声を掛けてきたのは、父王について魔研に来ていた騎士団長だった。
おそらくは父王に様子を見てくるように言われたのだろう。
それを見たカズサが、好都合だとばかりに口端を上げたのが分かった。
彼はアレオンの前に進み出て騎士団長を見上げる。
そして、答えるように声を張り上げた。
「俺たちはムカつく国王をぶっ飛ばしに来た、ただの冒険者だよ」
「……っ、国王様に暴力を振るおうだと……!? 何と不敬な……!」
「不敬もなにも、敬われるようなこと何一つしてねえだろ。今も俺たちが苦しい生活してんのに、ここで悠々自適に暮らしてるらしいじゃん。あームカつくわー、ぶっ飛ばしてえー」
カズサの頭の悪そうなちんぴらっぽい口調が、なかなか堂に入っている。
とても感情的で浅はかに見えるけれど、それでいい。
結局色々ご託を並べるよりも、国民の総意を述べるならこの方が網羅的で真実味があるからだ。
そして、どんな反論も受け付けない万能の行動理由でもある。
「エルダールで平和な生活を送れるのは、国王様あってこそなのだぞ!」
「えーでも国王が俺たちの税金で優雅な生活してんのムカつくし」
「王家に弓引くというのなら、我々も黙っていない!」
「そうやってあんたや魔研みたいに、国王の側で甘い汁吸ってる奴らもムカつく。ぶっ飛ばしてえ」
そう、『ムカつく』はどんなに対抗意見を出されようが、単純で強い嫌悪と不満の感情から来ているため、簡単に覆せる言葉ではないのだ。
それが理屈の通らない脳筋相手だとなおさら。
今のカズサは、『ムカつく』の特性を十分に利用していた。
そして、その矛先を次第に魔研に移していく。
「魔研の所長なんて、国王の腰巾着だろ? 役にも立たない魔物の研究だけして大金がもらえるなんて、良いご身分だよな。所長も研究員も、魔法学校出ても王宮の仕事に就けなかったような、貴族のぼんくら息子ばかりらしいじゃん」
「なんだと! 下民風情が、ふざけたことを!」
騎士団長の後ろから、研究員らしき男が喚いた。どうやらこの場にジアレイスはいないようだ。
一際プライドの高いあの男が、こんなことを言われて後ろで黙っているはずがないから。
ならばもう一押し、ジアレイスまで話を持って行ってもらわなくてはなるまい。
「だって魔研自体が、職のない親友のために国王が作った研究施設だろ? ほんと、ムカつく。……金を掛けた良い術式で護られてるみたいだけど、さっきの魔法あと何発くらい耐えられるかな~。防衛術式が消えたら、あんたら丸ごと蒸し焼きになっちゃうね」
次に打つ魔法なんてありはしないけれど、カズサは平然とはったりをかました。
普通に考えればあんな魔法はほいほい打てるものではない。しかしカズサの後ろでマントを目深に被ったまま沈黙しているアレオンが、奴らにとって異様に見えているのだろう。
そのにじみ出る威圧感も相俟って、あたかも次の魔法が本当に放たれるのではないかと、騎士団長たちは半分信じ込んだようだった。
狼狽えた騎士団長が、後ろの研究員を振り返る。
「おい、貴様ら! ここの防衛術式は鉄壁なんじゃないのか!?」
「か、完全無欠というわけではありません。相応の負荷が何度も掛かれば、破綻する可能性も多少は……」
「だったら、その前にあいつらをどうにかしろ!」
「いや、奴らを追い払うならばそちらの王宮部隊の方が適任かと思いますが」
「我々は国王陛下を側で直々にお守りするのが役目だ! この建物を守るのは貴様らの役目だろう! 研究所には戦闘用の魔物もいるのだから、我々の手を煩わせずにこんな時はそいつらを出せ! 全く、気の利かん奴らだ」
貴族としての力関係では、やはり国王周りの者の方が力が強い。
立場上、研究員たちが反論できないのを良いことに、騎士団長はアレオンたちへの対応を魔研に丸投げした。
そもそもこの騎士団長も権力におもねり、自分は動かず部下だけ働かせる人間で、団長補佐のルウドルトとすこぶる相性が悪いのだ。
おそらくライネルの粛正対象にも入っているはずだった。
「先ほどの魔法で陛下は酷く不快な思いをなさっている。もう同じ魔法をあいつらに発動させるな。その前にとっとと始末してこい」
「は……はい。おい、誰か所長に報告を……」
騎士団長はもう役目は終わったとばかりに踵を返し、さっさと消えてしまう。
この分ならアレオンたちがこちらで魔研とどれだけやり合おうが、首を突っ込んで来ることはないだろう。
このままライネルたちの部隊が到着するまで放置しても構うまい。
カズサも去って行った騎士団長のことは気にする事もなく、残った研究員たちに向かって声を張り上げた。
「あんたらが俺たちをどうにかできると思ってんのか? 俺の連れの魔力が回復したら、すぐに二発目をお見舞いしてやるからな! せいぜい守りを固めているといい!」
アレオンを指差してかますカズサのはったりは、上手くはまったようだ。
渡り廊下にいた男たちは全員、慌てて研究棟へと戻って行った。
おそらくジアレイスのところに向かったのだろう。
「……これでとりあえず、なにがしかの動きがあるでしょう」
「そうだな」
『魔力が回復したら』と若干の猶予を与えることで、こちらが魔法を放たない口実にもなるし、ジアレイスに行動を促すこともできる。
あとは待つだけだ。
できればチビが来ることだけは避けて欲しいと願いつつ、アレオンはマントフードをさらに深く被った。




