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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】チビの消失

「やはり陛下は即日、魔研に移動したそうです」


 二日後、再び王都に情報を受け取りに行ったカズサは、戻ってくるなりそう報告した。


「まあ、そうだろうな。連れて行った部隊は?」

「親衛隊と騎士団長率いる第一部隊ですね。魔研の建物にそれほど人数は詰め込めませんし、予想通りです」

「ならルウドルトたちで十分か。王都の貴族粛正の方は、イレーナが統括するのか?」

「はい。すでに憲兵の割り当てや罪状の準備はできているようです」


 準備は問題なく進んでいるようだ。


「そういや、兄貴はどうするんだ? ルウドルトも隠密たちも駆り出されたら、兄貴の護衛がいなくなるだろ」

「ライネル殿下はルウドルトと一緒に魔研討伐部隊に同行するそうですよ」

「部隊に同行!? ……ああ、でもひとりで王宮に置いとくよりはマシか。兄貴は剣術からっきしだから、襲われたらひとたまりもないし」


 ルウドルトとしても、多少の危険はあっても自分が直接護る方が安心なのだろう。

 それに、何より国王の討伐の場に、次代の王たるライネルがいないというのも国民に示しがつかない。


「それで、次の決行日は決まったのか?」

「はい。とりあえず二日後の早朝です」

「二日後か……」


 それまでチビが痛みに苦しむのを見なくてはいけないのが心苦しいが、仕方がない。これでも想定よりだいぶ早いのだ。


「……おとなしく待つしかないな。今魔研の方がどうなってるかは、誰かが見張っているのか?」

「今はチャラ男が行ってます。魔法や術式の感知に長けた男ですからね」


 確かに、魔研の監視ならチャラ男が適任だ。

 ライネルの隠密の中で唯一の魔法の使い手で、触れるだけで呪われるような禁書や危険術式の取り扱いもできる。

 怪しげな術式の知識も豊富だった。


 もちろん普通の偵察もお手の物。ならば何か情報があっただろうかとアレオンはカズサに訊ねた。


「……ジアレイスと親父は問題なく共存しているのか?」

「そりゃ、一応親友という立場ですし、平気でしょ。……あ、もしかしてジアレイスが対価の宝箱にそそのかされて、自分の国を作るために陛下を殺すかもって思ってます?」

「そういうこともあるかと思っていたんだが……。だが今のところ、ジアレイスの動きは新興国云々という感じじゃない。俺の杞憂で、本当は対価の宝箱なんて持っていないのか、それとも……」


 エルダールを廃して新興国を作るなら、父王とライネル、そしてアレオンを亡き者にする必要がある。

 だが、ジアレイスが命を狙ったのはアレオンだけだ。

 それだって、おそらく父王に命じられてのこと。


 宝箱の洗脳下に置かれての行動としては弱い。

 やはりアレオンの考えすぎだったのかとも思うけれど、しかしそうするとキイとクウに合成されたドラゴンの心臓の出所の説明がつかない。


 となると、もしかして。


「……もしかしてジアレイスもまだ対価の宝箱を、最低限の頻度でしか使っていないのか」

「アレオン殿下と同じようにですか? ……まあ何となくジアレイスって疑り深そうだし、『相応の対価』ってもんを払うのを嫌がって、相当必要な時にしか使わなそう」

「……だったら、対価の宝箱を乱用する心配はないかもしれんな」


 まだ思考に宝箱を疑う余地があるうちは、簡単に宝箱を使わない、はずだ。

 だからといって安心はできないけれど。


(とりあえずジアレイスの言っていたチビを捜索する方法とやらが、対価の宝箱を使った何かでなければいいんだが……)


 対価の宝箱から出たアイテムは、必ず望んだ事を成すという話だ。

 もしもジアレイスが宝箱から出たアイテムを使ったら、ここにいるチビの存在は確実に知られる。


 チビが奴らにとって、どれだけ重要なのか。宝箱を使うほど必要なのか。それによって結果は変わる。


(何にせよ、奴らにチビの居場所を知られる前に、魔研を潰せれば……)


 ああ。あと二日が、長い。






「チビ」


 翌日、アレオンはベッドにうつぶせたままのチビに声を掛けた。


 あまり食事もできず弱った様子の子どもは、それでもアレオンの声に顔を上げる。

 少しやつれてしまった頬がいたいけだ。


 アレオンはその身体に負担を掛けないように起こすと、ゆっくりと水を飲ませた。


「おかゆくらいなら食えるか?」

「……ん、ちょっとだけ、なら」


 アレオンがあまりに心配するせいか、多少は無理して食べてくれる。それでも体力を維持するには全然足りなくて、元々細い子どもはさらに細くなっていた。


(……不用意に触れたら折れてしまいそうだな)


 アレオンはチビが弱っていく様子を、沈痛な思いで見ていた。


 けれど、それもとうとう今日で終わりだ。

 明日はようやく、待ちに待った魔研討伐決行の日なのだから。


「チビ、明日は俺も狐も魔研に攻め込みに行く。食事と鎮痛剤は準備していくが、ひとりで留守番できるか?」


 無理そうなら最悪カズサだけ残してもいい。そう思いつつ訊くと、チビはへにゃんと眉尻を下げた。


「ぼくも一緒に行ってお兄ちゃんの役に立ちたかった……」


 また、いじらしいことを言う。

 しかし、自分が行っても今は足手まといになることが分かっているのだろう。ついて行きたいなどとわがままは言わない子どもに安堵する。


「お前が行くまでもない。俺たちだけで十分だ。……羽を取り返してくるから、おとなしく待っていろ」

「うん……」


 素直に頷いたチビに、おかゆをスプーンで掬って食べさせる。

 それをこくりと飲み込んだのを見計らって、アレオンは続けた。


「……ところでな、一旦これをお前に預けたい」

「えっ……」


 胸ポケットから取りだしたのは、チューリップのお守り。

 チビを支配下におくための隷属術式だ。

 それを見た途端に、子どもは驚愕に固まった。


「……もう、ぼくいらないの……?」

「ばっ、そんなわけあるか……!」


 その言葉に、アレオンは慌てて否定する。

 全然逆だ。大事だからこそこんなところで失いたくない。


「預けると言ったろう。明日、帰ってきたら返してもらう。それまでお前に持っていて欲しいだけだ」

「ダメ、ダメ……! お兄ちゃん、これは持って行って……!」


 しかしチビはいやいやと首を振った。


 どうやら、この子どもも知っているらしい。

 この隷属術式は死ぬまで解除することはできないが、隷属させられる本人が持っている時だけは効果が発揮されないということを。


「アレオンお兄ちゃんのために死ぬって決めたのに、もしもぼくの知らないところでお兄ちゃんが死んだら、ぼくの意味がなくなっちゃう……」

「魔研ごときを相手に俺が死ぬわけないだろ。ランクSSゲートのボスなんかよりよっぽど弱いぞ」

「……じゃあなんでこれをぼくに預けていくの?」


 それを言われると返事に困る。

 念のためだと言っても、つまりは僅かでも死ぬ可能性はあるわけで、だったら持って行けと言われる羽目になるのだ。


 アレオンは視線をうろうろとさせつつ、小さく唸って頭を掻いた。


「あー……、だから、だな。俺も、万が一にでもお前に死なれたくないんだよ」


 こうなってしまっては、正直に言うしかないのだろう。

 アレオンのために死ね、なんていう話はとうの昔にチビを側に置くための理由に成り下がっていて、意味なんてないことを。


「俺はお前に、俺のために死んで欲しいなんてもう思っていない。お前には生きていて欲しい。俺はお前を護るためなら死んでもいいと思っている」


 これは本心だ。

 チビのいない世界など生きる価値がない。死ぬのなら、絶対この子どもより先が良い。

 チビを護って死ねるのなら、それこそ本望。


 しかしその言葉を聞いた子どもは、絶望したような顔をした。


「そんな……どうして……」

「お、おい! どうした!?」


 すぐにぽろぽろと泣き出したチビに慌てる。

 そんな顔をされるようなことを言ったつもりのないアレオンは、どうして良いか分からない。


 とりあえずチェストからタオルを取りだして、その涙を拭った。


「一体どうしたんだ……。こんなことを言っても魔研から戻ってきたらこのチューリップは返してもらうつもりだし、お前を手放すつもりはないんだぞ」

「違う……違うんだ。お兄ちゃん、ごめんなさい。やっぱりあの『約束』は消えてなかったんだ……」

「……約束? 何の話だ?」


 何だか脈絡のない単語にアレオンは困惑する。

 しかしチビは構うことなく、たださめざめと泣いて懺悔でもするように言葉を唇に上せた。


「ごめんなさい……お兄ちゃんがぼくを護りたいと思うのは、約束でそう仕組まれたからなんだ。お兄ちゃんの意思じゃない。……あのとき、消したと思ったのに」

「あのとき……? お前は、何を……」

「……もう一度、消さないと。お兄ちゃんの中から、ぼくを……」


 そう呟いて顔を上げたチビに、なぜかアレオンは反射的に飛び退いた。ひどく嫌な予感がしたからだ。


 記憶などないはずなのに、どこかで覚えている感覚。

 チビは今、アレオンから何かとても大事なものを取り上げようとしている。


「……チビ、何を考えてる?」

「ぼくは……」


 そうして、少し警戒してチビから距離を取った時だった。


 周囲に魔力の渦が巻き、唐突に、子どものいる場所に魔方陣が浮かび上がった。術式が、ベッドの上のチビを中心にして展開される。


「な、何だ……!?」


 アレオンは一瞬、チビが何か魔法を発動したのかと思って目を瞬いた。けれど、術式の鎖が伸びて小さな身体を縛るのを見て、すぐに違うと気が付いた。


「痛……っ!」


 鎖は痛がるチビを容赦なく締め上げる。

 その遠慮の無さは、正に獲物を捕獲するための鎖だ。

 捕獲……つまり、誰かがチビを連れ去ろうとしているのだ。アレオンはその恐怖に、背筋を凍らせた。


「チビ!」

「お、兄ちゃ……」


 始めの僅かな躊躇いが失敗だった。

 とっさに手を伸ばしてその身体を掴まえようとしたけれど、その前にチビの身体は魔方陣の中に引き込まれてしまう。


 アレオンの手は、むなしく空を掴んだ。


 やがて魔方陣の光が収束し、再び部屋はさっきまでと同じ風景に戻る。


 ただ、アレオンの他に人の気配はなくなり、ベッドの上にはウサギのぬいぐるみだけが残っていた。


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