兄、復活したネイと会う。そしてうざがる
「久しぶりに納品に来て下さったと思えば、これはこれは……」
ロバートはそれだけ言って、困惑気味に笑った。
「別に買い取る気がないならそれでもいい。余分に持ってても邪魔なだけだから、他を当たる」
夜8時を過ぎた職人ギルドの支部長室を訪れたレオは、ワイバーンの素材をそこに広げていた。先日のユウトと共闘した戦利品だ。
あの日突然出現して、そして気付いたらもう退治されていたランクSモンスター。街はその話題で持ちきりになっている。
ほとぼりが冷めるまで素材は市場に流さずにおこうと思ったが、一向に沈静化する様子を見せない噂話に面倒になって売りに来たのだ。
「いえいえ! もちろん買い取らせていただきますよ! ランクSのワイバーン素材……。まあ、薄々あなたが持ってくるんじゃないかと思ってましたけど。本当に目の当たりにするとくらくらしますね」
ロバートは牙をひとつ手にとって目を細め、しげしげと眺めた。
そうしながら、素材を通り越してちらりとレオを見る。
「そういえば、その姿。『もえす』での装備が完成したのですね。スタイリッシュで大変お似合いです。……しかし、ワイバーン討伐戦では『スーツ』と『魔女っ子』という仮装衣装を着た人間が目撃されたという話を聞きましたよ」
「……そんな噂も出ているのか」
「助けられた人間の中に、その姿をかすかに見た者がいるようです」
レオは小さく舌打ちした。
まあ、そんなこともあるかもしれないと考えて、変身して行ったのだけれど。しかし姿を知られるのは、できれば別パーティとしてライネルのお墨付きをもらった後の方が良かった。噂話にいらない尾ひれが付きそうだ。
ちょっと勘弁して欲しい。
「……あんたはその『スーツ』と『魔女っ子』相手に、取引をする気はあるか?」
しかし噂話は置いておいて、レオには今日ここに来た理由がもうひとつあった。……ロバートとの取引を、今後別パーティに移行することだ。
「取引……?」
レオが不意に切り出した話に、男は一瞬目を瞠る。けれどこちらの意図を汲んだロバートは、すぐににこりと微笑んだ。
「もちろんです。そんな優良な取引相手、望んで得られるものではない。受けない理由がありません」
「ランクS以上の素材を扱うとなると、利権絡みで面倒事が起きる可能性もあるが、平気か?」
「お任せ下さい。大狸や古狸は5年前に国王陛下が駆除して下さってますし、今いる狸の扱いには慣れています」
「それは頼もしいな」
ロバートの回答はレオにとって十分満足のいくものだった。
口が固いのは実証済みだし、頭も回り、地位も対人スキルも問題ない。
この男なら信用していいだろう。
「実はその『スーツ』と『魔女っ子』だが、まもなく王宮直属のランクSSS冒険者として登録される予定だ」
「……ランクSSS!? ……それはまたいきなり……いや、この場合ランクがようやく実力相当になったと言うべきでしょうか……?」
「おまけにそいつらは正体不明でな」
「は? 正体不明? ……レオさんたちは……?」
「俺たちはランクD」
「ああ……なるほど、別ってこと、ですか」
途中何度か不可解そうな顔をしたが、これだけの会話で大体の事情を把握したらしい。
ロバートは少し思案してから、納得したように頷いた。
「つまり今後はレオさんたちでなく、『スーツ』と『魔女っ子』の方との取引になるということですね。まあ、完全に出所の分からない素材を扱うよりは分かりやすい。……私はその素材を買い取るだけで、彼らの正体は知らない、ということで。よろしいですか?」
「話が早くて助かる」
この男が仲買に入ってくれれば、素材方面から身元がバレることはないだろう。端的に肯定すると、ロバートはもう一度頷いて、それから本格的にワイバーン素材の鑑定に入った。
「それにしても、相変わらず捌き方が美しい。……そういえば、『彼ら』の素材をウチに卸して大丈夫なんですか? 基本的にギルドや王宮直属の冒険者は、その素材を一度全部上納するのでは? だからこそランクS以上の素材はなかなか市場に回らないのですし」
「……王宮直属といっても、飼われるつもりはない。余程必要とされるものでもない限り、素材は自由にするさ。こういうものを富裕層だけが独占するのは、国民の反発も招くしな」
「ふふ、我々にとってはありがたい話です。……いい素材というのは職人の魂に火を点ける。これから、いろいろな商品が開発されるかもしれませんね」
鑑定をするロバートは、今後の職人ギルドの発展を思って微笑む。
しかしその直後、自分で出したワイバーン素材の合計額を見て、若干その口端を引きつらせていた。
えげつない金額を手に入れたレオは、職人ギルドを後にした。
まあこれも、次の装備を作るとまた勢いよく飛んでいくのだけれど。
祭りの頃と違って、この時間に通りを歩く人影はまばらで、道も暗い。
真っ黒い装備をしたレオは、その闇に溶け込むように街中を歩いて行く。
すると進行方向に、自身と同じように闇に馴染んだ人影を見つけて、レオは眉を顰めた。濃い色のなめし革の軽鎧に黒のスカーフ。あいつだ。
「こんばんは。……何で見つけた途端に殺気飛ばすんですか。仲間ですよ、仲間」
「肝心な時にユウトを守りに来れない奴など仲間ではない。それを役立たずという」
「えー、それってワイバーン騒動の話ですか? あれはレオさんのせいでしょ、ボッコボコにされたせいで人前にでれる状態じゃなかったんだから。ユウトくんに、レオさんにやられましたって言っても良かったんですか? ……あーでも告げ口して、ユウトくんに叱られてへこむレオさんを見たかった気もする」
「……翌日さらにボコボコになったお前が、路上で発見されることになるぞ」
「殺気やめて。冗談です」
ネイは肩を竦めると、レオに向かって書簡を差し出した。
封筒には王家の封蝋印が押されている。ライネルからだ。
「陛下から、偽造ギルドカードです」
「正式に発行されているんだから偽造ではない」
ふん、と鼻を鳴らしながらそれを受け取って、開封せずにポーチに入れる。これはユウトに開けさせた方が絶対喜ぶだろう。
「……あっちから何か、言伝はあるのか」
「いいえ、特には」
「……この間の降魔術式に関して、冒険者ギルドから報告が上がってるだろうに……。こっちには説明無しか」
「まだレオさんに動いてもらう段階じゃないんですよ、多分」
狐目が、何か知ったようなことを言う。レオはそれに片眉を上げた。
「……貴様、何を知っている」
「俺は関わったことないんですけど、他の街でも同じような事案があって、被害を受けたとこがあるみたいです。どこも今回のザインみたいに、ちょうど強い冒険者や衛兵なんかがいなくなった時を見計らって」
「ああ……。だから兄貴は、祭りが終わった直後のザインが狙われるかもしれないと懸念して、多少強引に俺たちを取り込みたがったのか」
「今までも降魔術式による魔物出現じゃないかと怪しまれていたけど、判明はしていなかったんです。だから明言はしていなかったんでしょう。今回、初めて生還した生け贄たちによって、それが証明されたばかりなんです」
つまり、犯人の身元も、その目的も、まだ何も分かっていない状況ということか。それではレオたちも動きようがない。
「国王がいる時を狙わないってことは、単に国家転覆を謀ってるってわけじゃないだろうが……、目的が気になるな」
「命じて下されば、情報収集しますよ。陛下にも頼まれてるけど、やっぱり直属の上司からお願いされないと、やる気がでませんもん」
「兄貴に頼まれてんなら俺関係なく普通にやれよ。うぜえ」
「もー、部下のやる気を出す言葉とか掛けられません? 一言、『俺にはお前の力が必要だ! よろしく頼む!』的なやつ」
「じゃあいい。他当たる」
「冷たい! そういう淡泊なとこも好きですけど!」
この男、その能力は認めるが、この溢れ出るうざさをどうにかして欲しい。孤高の暗殺者だった過去が信じられない構ってちゃんぶり。
「四の五の言わずやれ。有益な情報を持ってきたら、兄貴に頼んで油揚げ買ってもらってやる」
「マジ狐扱いじゃないですか。いらないですよ油揚げとか。つうか、そもそも油揚げくらいレオさんが買って下さいよ。何で俺に金惜しむんですか」
「それはもう、相手が貴様だからとしか言えないな」
「何それ、究極」
「……何で嬉しそうにしてんだよ。変態か」
……ああ、うん。変態か。
そう納得して、レオは会話を続けるのを止めた。時間の無駄だ。
「もう重要な話はないな。俺は行くところがあるんだ。貴様も帰れ」
「えー。せっかくだからお供しますよ。夜道は危険ですし、何か事故があるかも」
「貴様に会ったことがすでに事故だわ」
レオはネイをしっしっと手で追い払うようにして歩き出す。しかし狐は勝手についてきた。
「この方向だと、『もえす』ですか? 俺もレオさんたちのパーティに入るんだし、一緒にいて浮かない装備作ろうかなー」
「誰がパーティに入れると言った。貴様、冒険者登録もしてないだろうが。立ち位置的にはただの同行者だぞ。装備を作るなら勝手にひとりで行って、ミワの萌えの洗礼を受けろ」
「萌えの洗礼……? よく分かんないですけど、別に一緒に行くくらいいいじゃないですか。素材も加工代金も、ちゃんと自分で工面しますよ」
どうやら帰る気はないらしい。レオはため息を吐く。
……まあいいか。『もえす』に入ったら、きっと別の意味で帰りたくなるだろう。
そこに待ち受けている怪物(?)の存在も知らずに浮かれているネイを引き連れて、レオは『もえす』へと向かった。




