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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】ライネルの秘策

 五日目の夕方になると、王都からカズサが帰ってきた。

 向こうにいる間はずっと情報収集に駆け回っていたのか、少々疲れ気味に見える。


「きつねさん、お疲れ様です」


 マントと軽鎧を脱いで気怠そうにテーブルに座った男に、チビが労って麦茶を差し出した。

 気の利く良い子だ。


「ありがとね、おチビちゃん。あー、癒やされるわ~」


 カズサは麦茶を片手に、チビの頭を撫でる。

 それを向かいで見ながら、アレオンは横柄に腕を組んで訊ねた。


「王都はどんな様子だ?」

「かなり荒れてますよ。一応憲兵や騎士団の力が強いから暴動は起きませんけど、これ以上酷くなるとライネル殿下にも良くない状況になりそうです」

「そうだろうな。端から見れば兄貴は国王側の人間だ。民のために色々取りはからってはいるが、もはや親父を制御できてないし」


 民心が離れるとそれを引き戻すのは至難の業だ。

 ライネルとしてはその前にどうにか事を起こしたいのだろうが。


「親父はどうなってる?」

「アレオン殿下がいなくなったからってすぐに動くようなことはないですね。ずっと王宮内にいるから、市中がどうなってるかも分かっていないらしいですよ。陛下に都合の悪い報告をするとすぐに更迭されるので、現状を伝える者もいません。……そういう気概のある人間はすでに排除された後ですしね」

「人の上に立つ者としては末期だな。……どうにか親父を王宮の外に引きずり出す切っ掛けがあればいいんだが……」


 アレオンが消えた今、これまでよりはあの小心者の父王を外に誘い出すハードルは下がったはずなのだ。

 ただ、わがままな国王は、気が乗らないことには動かない。


 本当に度しがたい人間だ。


「魔研は……多少は探ってこれたか?」

「俺が王都にいる間に一度、アレオン殿下がお戻りにならないという理由で、ルウドルトに魔研を訪ねてもらいました。アレオン殿下はキイとクウを同行者に付けてましたから、おかしい話じゃないでしょ」

「ああ、光の柱が上がって、俺の行ったゲートのクリアは知れ渡っているものな。なのに竜人だけが魔研に戻って俺だけ王宮に戻らないんだから、事情を聞きに押しかけていっても当然だ」


 どうやら魔研の方からアレオンが死んだという報告は上がらなかったようだ。

 いや、もしかすると父王には報告が行ったのかもしれないが、少なくともライネルとルウドルトには伝わっていないということだろう。


 つまり、ジアレイスたちはアレオンの死を隠蔽しようとしているということ。


 まあそうなるだろうとは最初から思っていたからどうでもいい。それを口実にルウドルトが魔研を探れたなら、丁度良かった。

 アレオンは特に何の感情も湧かないまま次を促した。


「……それで?」

「ええと、まあ、話せば長くなる感じで……。とりあえず、後でまとめて報告で良いですか?」


 そこまで話しておきながら、カズサは途中で切り上げる。

 もちろん、その意味が分からないアレオンではない。

 ……報告の中に、チビに聞かせたくない話があるということだ。ならばここで言葉を追うべきではない。


「分かった。他の報告はまた後で聞くことにして、夕飯にしよう」


 すぐに請け合ったアレオンは、食事の支度をすべく椅子から立ち上がった。

 さすがに今日の夕飯を仕事上がりのカズサに作らせる気はない。

 すでにチビのリクエストを聞いてグラタンを作る準備をしていたし、アレオンが作った方が早いのだ。


「貴様はとっとと全部着替えてこい。向こうにいる間満足に風呂も入ってないなら、シャワーも浴びろ」

「はーい、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

「アレオンお兄ちゃん、ぼくも夜ご飯のお手伝いする」

「そうか。じゃあカトラリーの準備を頼む」


 カズサがリビングから出て行くと、アレオンはチビと二人で夕飯の支度を始めた。

 ……あの男が王都から持ってきた報告によっては、こんなふうに平和な一日を過ごすのも今日が最後かも知れない。


 そうやって沈みかけた思考に自分で気付き、慌てて首を振る。


(……いや、違う。これは最後じゃない。ずっと続くこんな平和な日常を手に入れるために、俺は戦うんだ)


 チビとの未来は明るくあるはずだ。すぐにそう思い直して、アレオンはホワイトソース作りに取りかかった。






 いつも通りにチビを寝かしつけると、アレオンは静かにリビングに戻った。

 そこにはやはりいつも通りにカズサがいて、いつも通りにコーヒーが準備してある。


 アレオンがテーブルに座ると、すぐに前置きなしで二人の会話は始まった。


「魔研は訪れたルウドルトに対して、殿下のことはどうなったか知らないと言い張ったようです。ただ、連れていた竜人が殿下のポーチと剣を持って帰ってきたとだけ言っていたと」

「ま、普通に考えればポーチと武器がない時点で俺は死んでるよな」

「察しろってことでしょうね。ゲートで起こったことに対して自分たちは知らぬ存ぜぬを決め込むということでしょう」


 なるほど、アレオンが死んだという明言はしないでおくわけだ。

 どうせ国民に知らせる気はないのだろうし、曖昧にしておいた方が何かと都合が良いんだろう。


「チビを探すために俺をあのゲートに向かわせたのは自分たちだろうに、そのせいで王子が行方不明になっても知りませんで済むんだから笑えるな」

「もともと半分の目的はそっちでしたからねえ」

「まあ、思惑通りに行ったと今のうちに喜んでおくがいいさ」


 アレオンはふんと鼻を鳴らした。


「……で、今後魔研はチビを探すために、キイとクウを俺の代わりに毒虫の谷や水中魔神殿に送り込むつもりなのか?」

「いえ、それが……おチビちゃんの捜索は別の方法を使うからもういいと」

「……別の方法? 探知も掛からないようになっているのに、今更何をするつもりだ……?」


 チビはここまでずっと見つからずにきたのだ。

 それを、今になってどんな方法で見つけ出そうというのか。

 アレオンは嫌な予感に眉を顰めた。


 なぜか分からないが、ジアレイスはチビをあきらめる気はない様子だった。そして最近、その動きは顕著になっていた。

 ……何か急ぐ理由ができた?


 もしもそうだとすると、どうしても手に入れたいものならば幾ばくかの代償を払ってでも手中に収めようとするかもしれない。

 ……そう、例の宝箱に対価を払ってでも。


「……まさか、対価の宝箱にチビを手に入れるためのアイテムを出させた……?」

「えっ!? ……あーでも、うん、もしも魔研にとっておチビちゃんがそれだけの価値があるなら……可能性はあるかも知れませんね」


 チビをどうするつもりなのか、未だにジアレイスたちの目的は分からない。

 だがあの毟り取られた羽の痕を見ただけで、二度とあんなところにチビを戻すものかとアレオンは思う。


 しかし、もしも対価の宝箱であの子どもを手に入れるためのアイテムを発現させていたとしたら。思いも掛けない方法で魔研にチビを取り上げられたら。

 考えただけで、アレオンは身体に震えが来るようだった。


「……っ、そんなのは駄目だ……! そうだ、いっそ魔研に先制攻撃を仕掛けるか……?」

「いやいやいや、待って殿下、飛躍しすぎ。そうと決まったわけじゃないんですから。せっかく身を隠したのに、自分から生きてることバラしに行ってどうするんですか」


 焦って先走るアレオンに、カズサは冷静に突っ込む。


「とりあえず落ち着いて下さい。まだ報告は色々残ってるんで」

「……これ以上重要な事なんて、他に何があるって言うんだ」

「まあまあ。……焦れているのはアレオン殿下だけじゃないんです。ライネル殿下も一緒なんですよ。二人同時に別々で動かれるとこっちが大変」


 そう言われて、アレオンは目を瞬いた。

 もしや、兄もこの状況に耐えかねて何か行動を起こそうとしているのだろうか。


「兄貴は何かする気なのか? 親父はまだ王宮に閉じこもっているが」


 問うたアレオンに、カズサが細い目をさらに細め、口角を上げた。


「閉じこもっているなら追い出せば良いことだそうで。まあ、ライネル殿下も思い切ったことをするなあって感じです」

「……何をする気だ?」


 もったいぶった言い方をするカズサに、答えを促す。

 すると彼は一際声を小さくして、内緒話のようにこそりと言った。


「ライネル殿下は陛下を倒すために、構築に数ヶ月かかる王宮の防衛術式を一度全部破壊してしまうそうですよ」


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