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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】封印された謎の手紙

 今日戻ってくることは告げていたからだろう。

 チビはアレオンが帰るまで食事をせずに待っていた。


 チビが食べなければ、カズサも自分の分だけ先に作る気にはならなかったようだ。アレオンが戻ると三人での少し遅い食事が始まった。


「チビ、俺がいない間何も変わったことはなかったか?」

「うん、大丈夫だよ! お留守番もちゃんとできたもん」

「そうか」


 隣でにこにこと機嫌良さそうに料理を頬張る子どもは、確かに変わりなさそうだ。

 しかし、向かいからチビを見るカズサは、少々微妙な苦笑を浮かべていた。


 ……また何かあったのだろうか。

 もちろんこの場でそれを問いはしないが、今日もチビが寝た後に起き出してくる必要があるのだろうと察して話を変えた。


「狐、転移魔石の準備は?」

「できてますよ。後で渡します」

「それなら、もうゲートをクリアしても支障ないな」


 すでにポーチは魔研に持って行かせる用と、自分で所持する用で分けてある。

 今使っている転移魔石は古い方のポーチに入れてしまおう。


 そう考えたアレオンに、チビは小さく首を傾げて訊ねた。


「お兄ちゃん、次はいつ帰ってくるの?」

「ゲート攻略が終わったらすぐ帰ってくるよ。実は、今回離脱してきたフロアの次の階がボスフロアでな。明日行って、ボス戦終わったらもう帰ってくる」

「本当!? 良かった!」


 子どもはアレオンの言葉にぱあと表情を明るくする。

 今後は暗い王宮の地下に戻る必要もなく、ここで一緒に過ごせるのだ。

 嬉しそうなチビの様子に、アレオンも和んだ。


「じゃあ殿下は明日戻ってきたらフリーになるんですね。それなら俺が入れ替わりで動き出しても問題ないです?」

「ああ。王宮に出入りできなくなった俺には、兄貴たちの情報を得る手段がないしな。貴様に動いてもらって、オネエたちと情報共有してもらうしかない」

「では今後俺はちょくちょくザインを離れますね」


 最近はチビを護るのが最優先事項だったカズサだが、これからは隠密の仕事に専念するということだろう。

 これからは父王にもジアレイスにも動きがあるだろうし、彼の働きはかなり重要になってくる。


 今後のアレオンは、ここでその知らせを待つだけだ。

 せっかくだからこの間くらい、チビと二人で平和に暮らそう。




 食事を済ませると、前回と同じようにアレオンはチビと風呂に入った。

 気まぐれにその小さな背中を洗ってやりながら、習慣のようになってしまった傷のチェックをする。


(……まだ変わんねえな)


 魔研で付けられた体中の傷痕はすっかりきれいに治ったが、その背中にある羽をもがれた痕だけが、ふさがらずに今でも痛々しいまま残っているのがアレオンは気になっていた。


(以前、得体の知れない者に『羽を取り戻せ』と言われたらしいが……傷が治らないことと、何か関係あるのだろうか)


 チビの身体をきれいに治してやりたい。

 しかし何となく、羽を取り戻したチビが自分の腕の中からいなくなってしまいそうで、アレオンは今までこれを放置していた。


 だが、未だにそれが魔研に存在するのなら、ジアレイスたちを討伐に行くその時が最初で最後の奪還機会だ。

 もはやチビとアレオンは隷属術式でつながっているのだし、意を決して取り返してやってもいいかもしれない。


「……チビ、羽を取り戻したいか?」


 それでもそう本人に確認してしまうのは、己の中にまだ躊躇いがあるからだ。


 背中を洗いながらそんなことを問うアレオンを、子どもが不思議そうに見上げた。


「羽? ……んー、あった方がいいとは思うけど」

「……何だ? それほど乗り気じゃないのか」

「ううん。自分の身体の一部だもん、戻ってきたら嬉しい。でも……ちょっと怖いんだ」

「怖い?」


 思わぬ言葉を紡いだチビに、アレオンは目を丸くした。


「……羽には、ぼくの力の半分が眠っているの。あのひとたちはそれだけが必要だったはずなのに、今はぼくのことも探してる。……ぼくの役目に気付いてしまったんだ」

「……チビの役目?」

「羽が戻って……ぼくが元の姿に戻ったら、アレオンお兄ちゃんのために死ねなくなるかもしれないのが怖い」


 子どもはそう言って心細げにへにゃんと眉尻を下げた。

 そんなチビに一瞬戸惑う。が、とりあえずアレオンは温かいシャワーで自分と子どもの体中の泡を流すと、小さな身体を抱えて一緒に湯船に入った。


 正直チビの言ってることはよく分からないが、その心に不安を抱えていることだけは分かる。

 湯船で膝の上に向かい合わせで座らせると、アレオンは子どもの頬を温めるように両手で包んだ。


「……もっとシンプルに考えろ。羽が戻ったらお前は嬉しいんだろ? だったらそれでいい。誰かのためとか何かのせいで簡単にあきらめる必要はない」


 自分がそういうチビの性格につけ込んできた自覚はあるが、それは見て見ぬふりをして背中を押す。

 だってそんな怖さから子どもを護るために己がいるのだから。


「羽が戻ったら、どこからでも俺のとこに飛んで帰ってくればいい。そうすりゃ怖いことなんてないだろ」


 そう告げると、チビがぱちくりと目を瞬いた。

 しかしすぐに嬉しそうに頬を上気させ、小さく頷く。


「……うん。お兄ちゃんの側なら怖くない」

「そうだろ」


 親愛を込めてこちらを見つめる、その信頼が嬉しい。

 それだけあれば十分と、アレオンは細かいことを訊くのは止めた。


「問題があるとすりゃ、散歩に行く時に羽が目立って邪魔だってことくらいだ。まあ、毎日犬耳付けて行くか? チビわんこ」

「ち、ちゃんと畳んで見えなくできるも、んむぅ!」


 からかうような言葉に、チビが軽くむくれて見せる。

 アレオンは手の中でふくれた頬を、楽しい気分で両手でむぎゅっと押し潰した。






 風呂から上がってチビを先に寝かしつけたアレオンは、静かにリビングへと向かった。


 そこには前回と同じようにカズサがコーヒーを用意していて、アレオンも前回と同じようにテーブルに座る。

 そしてコーヒーを自分のところに引き寄せると、二人の報告は始まった。


「殿下、まずはこれ、転移魔石二個です。新しい方のポーチに入れておいて下さい」

「ああ」


 これさえあれば、もうゲートをクリアして魔研と父王の前から姿を消せる。

 アレオンは忘れずポーチに入れるように、それをズボンのポケットに入れた。


「……それから、これ」


 次に、手紙のようなものを差し出される。

 ライネルからだろうか?

 怪訝な顔でカズサを見ると、彼はちょっと難しい顔をした。


「……俺がおチビちゃんをここに置いて転移魔石を取りに行っている間に、玄関扉に挟まれてました。おチビちゃんはその間に誰も来なかったと言っていたので、何者かがこっそり置いていったのは間違いないんですけど」

「玄関扉に? ……貴様の知り合いか何かじゃないのか?」

「俺も最初は情報屋からの報告かと思ったんですが、これ。見て下さい」


 手紙の上の方を指差されて、その部分を注視する。

 そこには目立たぬ色で、小さく宛名が書いてあった。


『「お兄ちゃん」と呼ばれる方へ』


 その文言だけで、アレオンは思わず息を呑む。

 何だ、これは。


 この手紙は、明らかに自分宛てだ。

 だが、ここにアレオンがいることはもちろん誰にも言っていない。

 チビから『お兄ちゃん』と呼ばれていることを知っているのだって、ごく一部の人間だけだ。


 この書き方からして『お兄ちゃん』がイコール『アレオン』であることは知れていないようだから、直接の面識はない相手。


(チビの知り合い……? だが、そんな接点がどこに……)


 不可解な手紙に困惑して、アレオンはぐしゃりと前髪を掻き上げた。


「ちなみに周囲の者に確認しましたが、やはり誰かがここを訪れた形跡はありませんでした。何者がどうやって置いていったのか……」

「……中身は?」

「見てません。俺だと開けられませんでしたので」


 チビがひとりでいる時にやってきて何の手出しもしていないのだから、とりあえず敵ではないのだろう。

 その目的が分からないけれど、子どもに気付かれないように置いていった手紙なら、あの子に知られたくない内容に違いない。

 一体、何が書かれているのか。


「狐が開けられないってことは、魔法封印が掛かってるのか」

「おそらく。何か魔法解錠に必要なトリガーみたいなものがあるんだと思いますよ」

「トリガー……チビの残留魔力とか?」

「それだったら俺だって開けられると思うんですよね……。まあ、とにかく開けてみては?」

「そう、だな……」


 アレオンは少々気を引き締めて、魔法封を剥がしに掛かった。

 しかし予想に反して、すぐに開くと思った手紙は封も開かなければ破くこともできない。

 何だこれ。


「……もしや『お兄ちゃん』違い?」

「ここに他にお兄ちゃんいないでしょ。属性的にはライネル殿下もそうだけど、『お兄ちゃん』とは呼ばれてないし、さすがに関係ないだろうし……」

「……俺とチビの関係性を証明する何かが必要なのか? ……あ」


 自分で呟いた言葉に、アレオンははたと思い当たった。

 アレオンとチビの間にある、唯一無二の関係性。


「もしかして、あれか……」


 おもむろに立ち上がったアレオンは、静かに部屋に戻ると、シャツの胸ポケットからチューリップのお守りを取りだした。

 隷属術式。

 もしも魔法封印を掛けた相手がこの存在を知っているなら、間違いなくこれがトリガーだろう。


 それを持ってリビングに戻ると、カズサも納得したように頷いた。


「あ、なるほど、それか……。おチビちゃんと『お兄ちゃん』の関係を知ってる相手なら、これが一番確実ですもんね」

「……だが、得体の知れない相手にここまで知られているのも気持ち悪いな」


 チューリップを片手に、魔法封を剥がしてみる。

 すると今度は簡単に封筒の蓋が開いた。


「お、ビンゴ! やっぱり隷属術式がトリガーだったんですね」

「中身は……便せんだけみたいだ」


 これ以上の魔法効果は掛かっていないらしい。

 アレオンはそれでも慎重に便せんを取り出すと、少々警戒しながら折りたたまれたそれを開いた。


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