【五年前の回想】透明薬を手に入れる
中ボスのフロアは、溶岩の海にいくつか足場になる浮島があるだけの、猛烈な灼熱地獄だった。
フロアの中央にドラゴンゾンビがいて、その身体の中には十数体のワームが時折溶岩を吐き出しながらうごめいている。
もしも通常装備だったら、この場にいるだけですぐに身体が茹だるか、大やけどをしてしまいそうだった。
どうにか暑さと熱さに耐えて倒しても、階下に進むだけの余裕は残らなかっただろう。
しかし、今装備しているウサギは本気で優秀だ。
防御力はほぼ皆無だから物理攻撃に対しては最弱だが、それさえ気を付ければワームの吐く溶岩どころか、ドラゴンゾンビのブレスすらもものともしなかった。
(こんなふうに必要になることを見越して、チビがこのウサギを俺に渡したわけではないだろうが……)
ともあれ、チビには感謝だ。
暴れるドラゴンゾンビに足場を壊されるのだけが面倒だったものの、クウが氷のブレスで溶岩を固め、一時的な足場を作ってくれたことで対応できた。
最後はキイに上空まで運んでもらってドラゴンゾンビの頭骨を砕き、ワームもろとも討伐が終了した。
「よし、終わった……! キイ、クウ。栄養あるところ食っちまっていいぞ。素材は余ったとこから取るから」
「ありがとうございます、アレオン様」
「では、いただきます」
竜人二人に食事をさせている間に、アレオンは上魔石とドロップ品を拾い、報酬宝箱を開ける。
相変わらず特別なものは何も出ない。
しかし高ランクゲート定番アイテムの中には、今丁度欲しかったものが入っていた。
「ああ、来た来た、透明薬。今まで手に入れても使ったことはなかったが、ここでは欲しいと思っていたんだ」
透明薬はその名の通り、透明になる薬だ。定番アイテムゆえに入手率は普通に高い。基本的には強敵などをやり過ごすためのアイテムだったから、アレオンは今まで使用したことはなかったが。
確か一回しか使えず、効き目も五分そこらしかないはずだ。
だが、五分で十分。これがあれば、ゲートの出入りが問題なくできる。
今はあいにく一個しかないが、もっと下層に行けば出現率はさらに上がるのだ。平均値の幸運しかない自分でも、もう少し手に入るだろう。
アレオンはそれをポーチにしまった。
ちなみに他に手に入れたのは炎耐性の付いた胸当てと、ハイポーション。普通だ。
その確認を終えると、キイとクウの食事の終わったところを見計らってドラゴンゾンビの素材を剥ぎ取り、三人はようやく灼熱のフロアを後にした。
ありがたいことに、101階からは快適温度の屋内のフロアに変わった。
アレオンは速攻でウサギの着ぐるみを脱ぐ。
屋内には窓も鏡もあるのだ。そんなもので自分のウサギ姿を視認したくなかった。
「二人とも、俺が鎧を着けてる間、悪いが周囲の警戒を頼む」
「了解しました」
アレオンが装備替えをする間、キイとクウが周囲を見回す。とりあえずまだ敵の姿は見えないようだ。
「……室内には呪術系の魔法実験道具や召喚方陣がありますね」
「そもそもアンデッド系のゲートであることを考えると、ここの大ボスは死霊術士かもしれません」
「なるほど、死霊術士か」
他にも何かが煮込まれている薬鍋があり、大量の血痕、人骨などが散らばっている。
確かにそれっぽい。
「死霊術士はアンデッドを召喚使役する上に、本人も半霊魂です。アレオン様には少し面倒な相手かもしれません」
「そうだな。接触型ドレインも使ってくるし、あまり近寄りたくない相手だ。特効武器はあるから、急所さえ分かればいいんだがな」
「奴らは魂の在処がコロコロ変わるので、強力な魔法で焼いてしまうのが一番確実なのですけれど」
「強力な魔法……」
そうなるとチビを連れて来るのが早いのだが、魔研の監視者がいるから絶対嫌だ。
「まあ、この辺りの部屋は少々窮屈な作りですが、大ボスの部屋はもっと広いはず。大フロアならキイたちもグレータードラゴンに合体変化できますし、お役に立てると思います」
「それにアレオン様、どうせ一度お戻りになるのでしたら、先ほどの戦闘で手に入れた上魔石にチビ様の魔法を込めてもらっていらしたらよろしいかと」
「ああ、それがいいな」
ドラゴンゾンビとの戦いでは、大きめで質の良い上魔石が出ている。魔石一つに対して一回分の魔法しか封入できないが、チビの魔法威力なら二つ三つあれば十分だ。
今日ザインに戻ったらさっそくチビに魔法の封入を頼もうと決めて、支度を済ませたアレオンはキイとクウを引き連れて歩き出した。
「あ、敵です、アレオン様」
「……この階からはまた系統が変わるようだな」
まず遭遇した敵は上級装備のスケルトン。
鎧や剣を装備したり、高位魔法を唱えたりするので手強い相手だが、逆に剣に手応えが来る分アレオンとしてはずっとやりやすい。
一度砕いてしまった身体が再生する前にキイとクウにブレスでとどめを刺してもらえば、レイスやウィルオー・ウィスプなんかよりも比較的楽に倒せた。
「なるほど。ここから下の階の敵は、死霊術士渾身のスケルトンやドラウグか。攻撃力も防御力も格段に上がる」
「アレオン様、奴らはボーガンなども使う上に精度がかなり高くなっていますのでお気を付けて」
「問題ない」
ふわふわとした掴み所のない存在でいられるより、ゴリゴリの強者として居られる方がアレオンは戦闘に乗りやすいのだ。
物理的な攻撃には肌感覚で対応できる。
普通なら魔法主体に戦う装備で上階を下ってきたパーティは、ここからの強力な物理攻撃に対応できなくなるのだろう。そういうゲートの階層構成なのだ。
しかし、アレオンにとってはありがたい展開。
付近の罠に注意をしつつ、アレオンは先頭切って進んでいった。
ざくざくと敵を倒し、折良く二個目の透明薬も手に入れる。
これで今回のゲートの出入りは問題なくできそうだ。
そうして105階まで順調に降りたところで、竜人たちを残してザインに帰る前にフロアの敵を一掃し、先に次の階へ降りる階段を見付けた。
その手前で、三人で顔を見合わせる。
「……あれ。アレオン様、この階段」
「この装飾……ボス部屋に降りる階段だな」
「もしかしてこのゲート、106階が最下層ですか。ちょっと拍子抜けです」
まあ、ランクSSのゲートは101階から150階が規定なのだから、こういうこともある。
しかしだからといって、このまま一気にボス戦に突入するわけにはいかなかった。
「本来ならこのままクリアしてしまいたいところだが、お前たちにこのポーチを渡す前に、狐から新しい転移魔石を受け取ってこなくてはならん。予定通り今日は進まずにここで休むぞ」
「そうですね。キイたちもボス戦を前に、ここで体力回復に努めます」
「アレオン様にも、チビ様に会って英気を養って来て頂かないといけませんしね」
アレオンはここまでほぼ眠らずに、食事も休憩も最小限。確かにチビに癒やされないとボス戦なんてやっていられない。
「またお前たちだけ残して帰って悪いな」
「問題ありません。自由にしていられる分、魔研にいるよりずっと快適です」
「そうか」
まあすでに敵も一掃しているし、休んでいてもらう分には大丈夫だろう。ちょっと血生臭い場所だけれど。
アレオンは川も池もないフロアだからと魔法の蛇口だけを彼らに預けて、一人ザインへと戻ることにした。




