【五年前の回想】予想外のカズサの報告
カズサからの報告が気になるが、アレオンが拠点に滞在している間は、チビはほぼその側から離れない。
もちろん別の部屋に行ってろと命令すれば従うのだろうが、正直それはアレオンの本意ではない。ここにいるうちはできるだけその姿に癒やされないともったいない気がするのだ。
結局寝るまで側に置き、抱き枕にしていた子どもがすうすうと寝息を立て始めたところで、アレオンはそっとベッドを抜け出した。
音を立てずに向かったリビングには明かりが点いている。
入っていくと、そこには当然のように二人分のコーヒーを用意して、カズサがいた。
「……おチビちゃん、寝ました?」
「ああ、ぐっすり寝ている。……チビに特に変わったところはないが、俺がいない間に何かあったのか?」
「……んー、どうなのかなあ。何かあったというか、俺が殿下の使いで王都に行ってる間に、普通には知り得ない知識を手に入れてたんですよ」
「普通には知り得ない知識だと?」
「見張りの奴らは誰も家に訪ねてこなかったって言うけど、どこからそんな特殊な話を知ったやら……」
困惑気味なカズサに、アレオンも怪訝な顔をする。
何につけ説明がざっくりしすぎていて、全然ピンとこない。
とりあえずカズサの向かいの席に座ってコーヒーを引き寄せると、アレオンはそれを一口啜って訊ねた。
「チビの手に入れてた知識とは、どんな内容だ」
「あー、何というか……殿下にめちゃめちゃ関係あることです」
「……何なんだ? はっきり言え」
妙に言いづらそうにして眉根を寄せるカズサに、少し強めに促す。
すると彼は、「驚かないで下さいね」と前置きしてその単語を口にした。
「対価の宝箱についてです」
「なっ……!?」
それは、予想もしていなかった言葉だった。
なぜそんなものの知識をチビが?
アレオンは驚愕し、目を見張った。
「どこからそんな話を……!?」
「それが、分からないんですよ。俺が王都から帰ってきたら、本棚にあった宝箱の本を読んでて……。人の願いを叶える宝箱のことを調べてたみたいで、それが『対価の宝箱』だったんです」
「何だ……? チビのやつ、叶えたいことでもあるのか……?」
それならあんな得体の知れない危険なものを求めるのでなく、自分に言ってくれれば良いものを。
そう思ったアレオンに、しかしカズサは首を振った。
「願いを叶えたいとか、多分そういうのじゃないですね。おチビちゃんは最初から対価の宝箱の危険性を知っているようでした。それがアレオン殿下とライネル殿下にとっても悪いものだと」
「俺と……兄貴にも?」
対価の宝箱に手を出してしまった自分ならともかく、なぜライネルまで。
アレオンは眉間にしわを寄せたまま首を捻った。
「ちなみに、おチビちゃんに殿下が対価の宝箱に憑かれてるってことは言ってません。そうなったら大変だってすごく心配してましたので、さすがに俺の口からは言えませんでした」
「……俺が対価の宝箱を開けたことも知らないのに、そう言っていたのか? ……どういうことだ?」
「一応、おチビちゃんから聞き出した情報を俺なりにまとめて、考察を含めつつ説明しますね」
そう言ってカズサはテーブルに肘を置き、説明を始めた。
「まずはとりあえず訂正から。以前殿下にお話しした対価の宝箱に関する他国の逸話は、ほんの一部でしかないそうです」
「ほんの一部? ……俺たちが知らないだけで、他にもっと事例があるって事か?」
「そうです。それも他国でなく、過去のエルダール王家に何度も対価の宝箱が関わっていたようですよ」
「エルダール王家にだと!?」
思わず大きな声を上げてしまって、慌てて口を押さえる。
こんな時間に、せっかく寝たチビを起こしてしまったら大変だ。
……それにしても、何だその話。寝耳に水すぎる。
混乱するアレオンに、カズサは詳しく話し始めた。
「さすがに事細かくは教えてくれなかったんですけど、どうもエルダール王家には初代王の頃から、何者かから掛けられた『呪い』のようなものがあるらしくて。対価の宝箱は、その呪いに付随するものらしいんです」
「呪いだと……? それも、初代王から? 図書館にある歴史書には、そんなことは何も……」
そう呟いて、しかしすぐにはたと思い当たる。
以前読んだエルダール初代王の歴史書は、決定ではないがほぼ確実に偽物だった。そしてそれを確認したアレオンに、当時のライネルは「お前がその業を背負う必要はない」と返して来ていた。
そう、王家には王だけに引き継がれる、隠さねばならぬ負の何かがあるのだ。
初代の英雄譚が対外的な作りものであり、その業というものが『呪い』なら、チビの話は荒唐無稽なものではない。
「……その呪いとは?」
「それは教えてくれませんでした。ただ、その呪いを清算しようとする賢王が現れると、同時に対価の宝箱が現れるそうです」
「呪いを清算しようとする賢王……もしかして、兄貴のことか。だから今、対価の宝箱が現れたと……?」
「そういうことだと思います」
ということはつまり、対価の宝箱はライネルの呪い清算を妨げるために現れた存在だということだ。
しかし、対価の宝箱で万が一アレオンが絶望したとして、ライネルの呪い清算に何の影響があるというのだろう。
そう疑問に思ったアレオンに、カズサは分かりやすい問いかけをした。
「たとえば、もしもの話ですが。殿下が宝箱に洗脳され従ってしまって、最終的に不本意にもおチビちゃんを対価として失ったとします。正気に戻ったら当然死ぬほど悔やみますよね。……そこに呪いの主から、『もしもライネルを倒して王になり、自分に従うのなら、チビを返してやる』と言われたらどうします?」
「……あー……そういうことか……」
王になるのはまっぴらごめんだが、それでもチビを取り戻すためならアレオンはおそらく乗る。
ライネルを殺さぬまでも、王位から引きずり下ろすくらいなら躊躇いはない。ルウドルトは多分殺す羽目になるが。
……しかし、それが初めから仕組まれて至る結果なのだとしたら、腹立たしいことこの上ない。
「つまり対価の宝箱は、最初から俺を狙ってきたってことか? 対価の宝箱は力ある者の前にランダムに現れるんじゃなかったのか」
「現王族の外に新たな王を擁立しようとする時は、力重視でランダムに出現するようです。でも王族内では、やはり権力や立場が重視されていたんじゃないですかね。あとは欲望の有無かな」
「欲望……つうか、望みや悩みが強い人間ほど引っかかりやすいってのはあるだろうな……」
実際アレオンだって、チビを側に置きたいという強い望みがなければ対価の宝箱なんて興味もないし、開けもしなかった。
そう言ったところで、今さら詮無いことではあるけれど。
……まあ何にせよ、対価の宝箱がアレオンにとってもライネルにとっても良くないものというチビの認識は間違いない。
「王族内で現れた対価の宝箱についての情報は、全てもみ消されているようですね。まあ自分から人生の汚点を口外するような人間はそういないでしょうから。……ただ王族の系譜を確認すると、やはり過去に賢王と言われた人間は在位が短く、不審死も多い。まあ、お察しですよね」
こうなると以前アレオンがちらりと考えていた、エルダール初代王自体が対価の宝箱を使って王国を建てたのかもしれないという話も現実味を帯びてくる。
チビの言う『呪い』という何かが、すでにここから引き継がれていたのだとしたら。
ライネルが、この呪いに支配された一族の血を厭うのも頷ける。
「……ところで、ここからは俺の推測なんですけど」
「何だ」
黙って話を聞いていたアレオンに、不意にカズサが断りを入れた。
チビから引き出した情報とはまた別だということなのだろう。
「以前他国の興亡史で、王位を取った後に、一番大事なものを失った絶望で自死した者がいるって話、したじゃないですか。でも、もしも対価の宝箱が『呪い』とやらに付随しているなら、その時点で呪いの主から契約を迫られたはずだと思うんです」
「そういや、そんな話してたな……。だがそれは、自分から契約を断ったとかじゃないのか?」
「絶望の淵にいる時に、その契約を断る余裕があると思います? 俺は逆で、そいつらが契約から漏れたのではないかと考えているんです」
「……契約から漏れた?」
つまり、呪いの主から契約してもらえなかったということか。
では呪いの主は、せっかく取らせた王位と呪いを誰に引き継がせるというのだろう。他に候補がいるなら分かるが……。
そこまで考えて、アレオンははっとした。
そうだ、候補は一人だけとは限らない。つまり。
「……もしかして、対価の宝箱は一つだけじゃない……?」




