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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【五年前の回想】王都の状況の悪化

 二年前に比べ、王都の治安や街の状況は日に日に悪くなっていた。

 エルダーレアの税が上がり、生活に困窮するものが増えてきたからだ。


 国を回遊する冒険者やキャラバンは、通行税と関税の上がった王都に寄りつかなくなり、いくらか金銭に余裕のあるものは早々と他の街に移ってしまった。


 今残っているのはここにとどまるしかない下層のものと、美味い汁を吸っている上層のもの、それから変化を嫌う一定数の一般市民だけという状態。


 人が減れば税収も減り、それを補おうとまた税金が上がる。王都は今、そんな悪循環に陥っていた。




「ここ二年ほどで、王都の様子はだいぶ変わっちゃいましたね。商店に並ぶ品物は品質が悪くて高いし、値段を巡っての客と店主のけんかなんてしょっちゅうだし。盗みやスリも多くてうんざりですよ」

「親父がとうとう国費にまで手を付けて、それを税収でまかなってんだよ。もう兄貴でも止められないらしい。俺もその補填のために、ゲートに潜ってアイテム稼ぎさせられてる感じだしな」

「うわあ、国王として最低」

「間違いねえ」


 アレオンはカズサの前で大きくため息を吐いた。


 今いる公園のベンチはすでにカズサと落ち合う定番の場所になっているが、以前そこにあった鈴カステラの屋台はもうない。

 おそらく屋台の者たちも、王都に見切りを付けて出て行ったのだ。

 チビの好物が買えなくなったのが地味に痛い。


「そういや、おチビちゃんは?」

「部屋に置いてきた。……最近、食うものに困って犬を捕まえて食べるヤツもいるらしいんだ。万が一のことを考えて、子犬にして連れ歩くのはゲートに行く時だけにしようと思っている」

「あー……かと言ってそのまま子どもとして連れ歩くのも本末転倒ですしね。困ったものです」


 カズサは肩を竦め、それから一度周囲を確認すると少しだけ声を潜めて話を変えた。


「……ところで魔研の方で、最近またおチビちゃんを重点的に探しているようですね。ジアレイスが今頃になって、陛下にも泣き付いたそうですが」

「……ルウドルトの方からの情報か? 耳が早いな。それもあって、チビを連れ歩くのは控えてる」

「今更、おチビちゃんを捕まえてどうしようというんですかね」

「よく分からん。最初はあの首輪さえあればどうでもいいという感じだったのに、今は首輪の方は二の次になっているみたいだ」


 アレオンとしては、すでにチビから隷属術式のお守りをもらっているから、首輪など外して魔研に返して終わりになるならそうしたい。

 しかし未だに首輪の外し方が分からず、おまけに最近はチビ自体が標的になっている。

 アレオンはおかげで、毎日が不安で仕方が無かった。


 ここ二年、チビと比較的平穏に暮らしていたけれど。

 最近はこの不安のせいで、その間ずっと存在を無視し続けていた『対価の宝箱』のことが、よく脳裏に上がるようになってきてしまっていた。

 とてもよろしくない状況だ。


「何とも、王都は嫌な感じの雲行きですね。……ところで、今回俺を呼び出したのは、陛下の娯楽費を稼ぐためのゲート潜りの要員としてですか?」

「……いや、実は親父の命令で、俺もチビ探しに駆り出されることになった。まあ、元々は俺が逃がしたことになってるからな。その責任を取れということらしい。……しばらく俺ひとりで歩き回るから、貴様にはしばらくチビをザインで預かって欲しいんだ」


 ゲートに行くのと違い、今回は地上も歩き回ることになる。

 同行者を連れていると、誰かに見つかった時にそれだけで怪しまれてしまう。こればかりは仕方が無い。


「あ、なるほど。それは構いませんよ。ザインは王都に比べたらずっと平和ですしね。おチビちゃんにとっても過ごしやすいでしょ。……まあ、殿下と離れるのは寂しいでしょうけど」

「どのくらいの期間になるかは分からんから、とりあえず転移魔石の回復に合わせて三日に一度くらいはチビに顔見せに行くつもりだ」

「それがいいでしょうね。殿下のためにも」


 カズサも納得して頷く。

 確かに、アレオンもチビの顔を見れないと精神的に保たない。


「ザインの方におチビちゃんを連れてくるのはいつ頃です? それに合わせて俺も向こうに戻ります」

「今晩だな。俺もザインで一晩泊まって、明日の朝に一度魔研に話を聞きに行く」

「ん、じゃあ晩飯も必要ですね。ザインなら食材の調達も問題ないし、美味い飯作っときますよ。おチビちゃんの好きなものを……」


 そこまで言って、カズサはふと気がついたようにポーチに手を突っ込んだ。


「そうだ、ザインからこれを買ってきたんだった。おチビちゃんにあげて下さい」


 そう言って差し出されたのは、いつものパッケージの鈴カステラ。

 どうやらあの屋台はザインの方に移ったらしい。


「ああ、これはチビが喜ぶな」

「ですよね。ずっと部屋に閉じ込められて、大して美味しいものも食べられてないでしょうし。……あ、でも晩ご飯に響かないように早めに食べさせて下さいね」

「分かった」


 アレオンは受け取ったそれを自分のポーチに入れて立ち上がった。


「とりあえず他の話はザインに行ってからすることにしよう。俺は一旦チビのとこに戻るぞ」

「はいはい。俺もオネエたちと情報交換したらザインに戻ります」


 カズサも次いで立ち上がる。そしてアレオンと向かい合うと、何故か微妙な顔をした。


「……何だ」

「いや、殿下、また身長伸びました? 前は俺と同じくらいだったのに、明らかに目線が……」

「180超えた。でも兄貴より低いぞ」

「ライネル殿下もデカすぎなんですよ。あの人180後半でしょ。アレオン殿下もさらに伸びるだろうし……。まだ二十歳ちょっとですもんね」


 何だかうらやましげな視線だ。

 だがカズサのような隠密があまりデカくても問題だと思う。身を隠すのが大変そうだ。


「……歳は関係ないんじゃねえの。チビは全然伸びてねえぞ」

「そういや、おチビちゃんは変わりませんね。やっぱり半魔だから成長が遅いのかな? 犬化しても未だに小っちゃな子犬ちゃんですもんね」

「この間キイとクウが『チビ様が変容しないのは魔物寄りだから』と言っていたんだが」

「魔物寄り? 何か基準があるんですかね。俺たちには分からないことなのかな。……まあおチビちゃんは可愛いので、小っちゃくても全然問題ないですけど」


 確かに。もはや正論過ぎて展開のしようがない。


 身長の話は結局そこに帰結して、二人は改めてマントを整える。


「じゃあ殿下、また夜に」

「ああ。俺たちは暗くなった頃に行く」

「了解しました」


 アレオンとカズサはそのまま別々の方向を向くと、それぞれの目的の場所に向かって歩き出した。

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