【七年前の回想】初代王の業
「それで、キイとクウの出自は特定はできたのか?」
「まあ確定ではないですが、状況から考えてここだろうと言う程度には。……多分彼らの父親は、魔法研究機関の所長だったのでかないかと思います」
魔法研究機関とは、王宮の別棟にある魔法史・魔書解読・術式管理など、魔法関連の研究を専門としている機関の総称だ。
魔法研究機関自体、配属されるには相当の知識が必要な、コネの効かない実力派エリート組織。そこの所長ということは、かなり有能な人間だったはずだ。
「魔法研究機関の所長……ってことは、魔法学校主席レベルだよな。国の機密術式の研究もしていただろうし、かなり重要な地位だったろうに」
「その上、魔法研究機関は少々偏屈な知恵者の集まりなので、その統制を取れる人格者でなくては所長は勤まらないらしいです。調べた感じ、やはり評判の良い人だったみたいですよ」
「そんな地位と知識と人格を持つ人間を、諫言されただけで家ごと潰したっていうのか……?」
それはさすがに反応が過剰すぎるのではなかろうか。
理解できんと眉根を寄せたアレオンに、カズサは小さく唸った。
「んー……まあ、これだけ聞くとそうですよね。……ただ、元々その所長は陛下たちと軋轢があったみたいで」
「軋轢?」
「キイとクウの父は、魔法学校で陛下とジアレイスの同級生だったんです」
「あー……」
それを聞いただけで、大体察してしまった。
当時、自分より優秀な生徒を学校から追い出したり、地位によって抑えつけたり、時にはコネを使ったりして主席を取って卒業したジアレイス。
その権威主義者は当然、国の魔法研究の最高峰、魔法研究機関の所長になるつもりだったのだろう。家の爵位も高く、魔法学校の主席で王子の親友でもある自分がなれないわけがないと思っていたに違いない。
しかし実際は、実力も人格的な統制力も足りず、その席を同級生で格下のキイとクウの父に奪われてしまった(そもそもジアレイスの席ではないのだから、奪われたというのも語弊があるのだけれど)。
奴らはそれをずっと片恨みに思っていたのだ。
魔研を作ったのは、魔法研究機関に対抗する権威を自ら作り出す意味もあったのだろう。
魔法研究機関の所長の諫言は、その遺恨を刺激するきっかけになってしまったのかもしれない。
「……本当に、碌でもねえ奴らだな。親父も、親友とは言えなんであそこまでジアレイスに肩入れするんだか……。クソ同士気が合うのかね」
アレオンは不機嫌にそう吐き捨てると、軽く天を仰いだ。
「……それにしても、キイとクウの父親が親父に言った諫言の内容が気になるな。国の政治とは別の、特殊な内容だった可能性が高いし」
「その辺りは、当時彼の調べていた文献や書類が見つかれば判明する可能性がありますが……。キイとクウの自宅にあった大量の本や書類は、どうもどこかに没収されたようなんです」
「没収? 王宮の図書館に所蔵されたとかじゃないのか?」
「どうかなあ。とりあえず今回はここまでしか調べられなかったので、今後時間を見て追々調査してみましょうか?」
「そうだな。余裕がある時にでも」
特にこの内容を知ったからといって、何が変わるわけでもない。
ライネルは気にせず政権奪取をするだろうし、アレオンは魔研を潰す。問題は何も無い。
それでももしも国の機密ならば、何かしら必要な情報である可能性は高いのだ。
後、文献や書類がどこかに没収されたというのも気に掛かる。
(諫言にただ腹が立っただけかもしれないが、一族郎党を処分したということは、彼らが知ってはいけないことを知ったか、不可侵のことについて物申したか、そのあたりも考えられる)
魔法研究機関では魔法史も管轄内。機密も扱っていたとなると。
(……エルダール初代王のことも、知っていたりしたんだろうか)
逸話と違う、英雄とはほど遠い隠された事実。
もしもそんなものがあったとしたら、王家の権威が失墜するかも知れない。
それは父王や、その威を借るジアレイスには許せないだろう。
……もちろんこれは、アレオンのただの当て推量だということを忘れてはいけないが。
ちなみに、アレオンとしては初代王がクソ野郎だろうが何だろうが気にしない。
ただ気になるのは、そこに『対価の宝箱』が介在していなかったかというその一点だけだ。
(……だから何というわけではないが)
誰にともなく言い訳をして、アレオンは膝の上の小さな子犬に目を向ける。
アレオンはただこの子を護るために、出来ることを全てしたいだけなのだ。
そのひとつの、最後の最後の切り札として、あの宝箱を心の片隅に置いているだけ。
(……大丈夫。チビを対価に差し出すなんてあり得ない)
そう自分を戒めて、アレオンは自身の心の揺らぎをごまかすように、チビの口元に鈴カステラを運んだ。
それから三日後。
チビと二人で自室にいると、ルウドルトがやってきた。
「ライネル殿下からお手紙です」
「この間のメモの返事か?」
「おそらく。……ライネル殿下はその内容を私に告げて下さいませんでしたので、確認はできませんが」
どうやらライネルは、初代王の歴史書の話をルウドルトには伏せたままにしているようだ。ならばアレオンも告げるわけにはいかない。
ただ黙ってその手紙を受け取って、アレオンは封筒から便せんを取りだした。
一応、隣にいるチビにも見えないように中身を開く。
しかしその中身は、隠す必要もないほどとても簡素なものだった。
『お前がその業を背負う必要はない』
書いてあったのはそれだけだ。
アレオンは低く唸って頭を掻いた。
「あー……。ルウドルト、俺は兄貴に直接話をしたいって打診もしたんだけど、無理そうか?」
「陛下がエルダーレアを離れれば可能ですが、しばらくその予定はありません」
「くっそ、親父のヤツ、とっととジラックの温泉にでも行きゃあいいのに」
まあ会ったところで、この様子ではライネルが歴史書について話してくれそうにはないが。
アレオンは腕を組むと、ため息を吐いてソファの背もたれに身体を預けた。
ライネルからの返事は短かったが、いろいろ分かってしまった。
やはりエルダールの真実の歴史は、別にあること。
その歴史が、英雄譚とはほど遠いものであること。
当時の負の何かが、未だに王家に受け継がれていること。
それはおそらく、王位継承するライネルが継ぐのだろうこと。
そんな歴史などないと一蹴できたろうに、嘘やごまかしをせずにこの返事をくれたことは、兄なりの誠意なのだろう。
もしくは、その真実に近付いてはいけないという牽制か。
どちらにしろ、何か形勢の変化が無い限り、ライネルからこの件について引き出すことは不可能だ。
食い下がってなだめすかしたり脅したりしても無駄なことは分かっている。
アレオンは早々にあきらめた。
「……しょうがない。ルウドルト、兄貴には『分かった』と伝えてくれ」
「かしこまりました」
今日の彼の用事はこれだけだ。
今回は座ることもなく一礼して、そのまま退出する。その背中を見送りながら、アレオンは意識を切り替えた。
ライネルの方から攻めるのはあきらめた。
けれど、キイとクウの父親方面から魔法史でアプローチできる可能性がある。
その文献と書類の行方、そして機密の研究内容。
ピンポイントで初代王の歴史に辿り着くとは限らないが、カズサがその情報を持ってくるのを待とう。
以降、ゲートの攻略を続けながらも、そうしてアレオンたちは情報を集めていった。
しかしさすがに機密事項、カズサが探ってもそう簡単に答えは見えてこない。やはり何者かによって情報が意図的に消されているのだ。
遅々としてなかなか進まない調査を、それでも続けていく。
しかしそうこうしているうちに、ライネルの王位奪取のための下準備は着々と進み。
気付けばそこから二年が経っていた。




