【七年前の回想】魔研の地下にあるゲート
アレオンの問いかけに、竜人二人ははっきりと頷いた。
「アレオン様とチビ様はキイたちの魂を救って下さったお方。喜んでお力になりましょう」
「クウたちがお役に立てるなら、もちろん力を尽くします」
「そうか」
命令ならば上書きされてしまえばそれで終わりだが、彼らが本心からそう思ってくれるのならば大丈夫だ。
キイとクウの意思を確認したアレオンは、これからの自分たちの計画を二人に伝えることにした。
「すぐではないがそう遠くない未来に、兄貴が親父を廃して腐った貴族を粛正し、国を立て直す計画を立てている。……俺はあまり興味が無かったんだが、魔研を潰すことにだけは手を貸そうと思っているんだ」
「魔研を……! アレオン様が壊して下さるのですね!」
「ああ。だがあの研究所は魔物を扱うため、王宮並の堅牢な防御術式で護られている。外から攻め込むのはかなり難しい」
「なるほど。……つまり、キイたちに中からぶち壊せと」
「クウたちが内応をして防御術式を破壊すれば、アレオン様たちを引き入れることができるということですね」
「そういうことだ」
理解が早くてありがたい。
賢くて信頼できる内応者がいれば、魔研制圧はだいぶ楽になるだろう。
ただ、ことを成すためには懸念事項もある。
一番は、キイとクウに掛けられている首輪の使役だ。
「キイとクウに内応してもらうとして、作戦の最中に見つかると首輪の使役でジアレイスに操られることが問題だ。早いうちにどうにかその首輪を外して、フェイク品と付け替えておければいいんだが」
「魔研ではおチビちゃんの首輪の外し方が分からないらしいけど、キイとクウの首輪は外せるんですかね」
「そういえばそうだな……。また魔工翁に特上魔石でカバーを作ってもらうしかないか……? でも、着けておいたらバレるしな……」
どうしたものかと考えていると、キイとクウが軽く首を振った。
「問題ないです、アレオン様。チビ様の首輪と違って、キイたちの首輪は意思のない者を操るごく弱い使役アイテム。意思を取り戻した今その影響は無いに等しいですし、力尽くで外しても精神的なダメージはほぼありません」
「使役の特性上自分で首輪を外したり壊したりはできませんが、クウたちはおあつらえ向きにいつも二人です。お互いの首輪を千切ってしまえばいい」
「ん? ……ということは、今もお前たちに俺の使役の影響はほとんどないのか?」
「そうです。アレオン様に言われたように、キイたちは命令でなく、自分たちの意思でここにいます」
すっかり自我を取り戻したキイとクウは、もはや使役の首輪には囚われていなかった。
だとすると、アレオンとしてはだいぶやりやすくなる。
もしもアレオンが魔研に攻めていった場合、彼らは必ずあちらの戦力として戦いに駆り出されるはずだ。
だが使役をものともしなければ、術式の掛かったあの部屋から出された瞬間に奴らに逆らって、こちらの味方として動き出せる。
「ではクウたちはその日が来るまで、ジアレイスの使役に従っているふりをして過ごしましょう」
「……もちろんだが、あのグレータードラゴンへの変化は奴らに見せるなよ」
「当然です。キイたちはあくまで感情を消して今まで通りに過ごします。……まあ、見た目はドラゴン肉のおかげでちょっとたくましくなってしまいましたが」
「あ、ドラゴン肉っていえば、これだけドラゴンがいても結局不老不死のドラゴンはいなかったみたいだね」
思い出したようにそう呟いたカズサに、キイとクウは然もありなんと言うように頷いた。
「まあ、いないだろうとは思っていました。基本的に魔物は『永遠の命』に価値を感じないので、そもそも自分からそれを求める者は極々一部なのです」
「おそらくいるとしても、魔界の奥深くのドラゴンの谷あたりでしょうね」
「あ、そうなの? 人間だけが『永遠の命』にあこがれるのは、やっぱり魔物や魔族より寿命が短いからなのかね」
「そうですね。人間は『永遠の命』がもたらす永劫の苦しみを知らぬからそんな軽はずみなことを言えるのだと、古のドラゴンが語った言葉があります」
「古のドラゴン……」
古の魔物が残した言葉を知っているとは。キイとクウの知識は、本当に一体どこから来ているのだろう。
王宮の図書館にも、古のドラゴンの言葉が載った稀少な本などあるかどうか、微妙なところだ。
当然だが魔界や前時代の文献は市民や一般貴族が手に取れるものではないし、読み解くにはかなりの特殊教養が必要なはず。
……人間だった頃のキイとクウは、一体どこの誰だったのか。
気になるけれど、これは本人たちにも分からないこと。今ここで考えても答えは出ない。
とりあえずは魔研制圧の件が優先事項だ。
アレオンは少し逸れてしまった話を引き戻した。
「お前たちは魔研の術式を制御している中枢を知っているか? できれば最初にそこを破壊しに行って欲しいんだが」
「お任せ下さい。ジアレイスはキイたちが魂の壊れた傀儡だと油断して、完全に無警戒で魔研の中を連れ歩いていました。その際、地下に結界術式があるのを見たことがあります」
「そうか、だったら問題ないな。……だが、地下か……」
魔研の地下には確か、エルダール最高ランクSSSのゲートの入り口があるはず。それを思い出して、アレオンは僅かに眉を顰めた。
ランクSSSゲートはアレオンにとっても未知の領域。不用意に刺激してしまうのは少々危険な気がする。
「……結界術式を吹き飛ばしたところでランクSSSゲートの封印が解けることはないだろうが、同じ地下にあるというのは少し気になるな。封印術式もだいぶ古くなっているだろうし、隙間が開くことも……」
「ランクSSSゲートの封印なら、もう解けています」
「……あ?」
ゲートの封印が綻ぶことを懸念しているアレオンに、クウが思わぬ答えをよこした。一度脳みそがそれを理解し損ねて、訊ね返す。
「……今、何か聞き間違いがあったかも知れん。もう一度」
「ランクSSSのゲートは、魔研によってすでに封印が解かれています」
「……はあ!?」
その科白が聞き違いではなかったことに、アレオンはさらに混乱した。
「いや、待て待て、どういうことだ。ゲートが開いてたら魔物が排出されるだろう。もやしみてぇな魔研の奴らがどうこう出来る相手じゃねえぞ」
「魔物は排出された途端に地下の結界で能力を押さえ込まれますので、戦うことなく捕らえられます。その魔物をジアレイスたちがどうしているかまではクウたちも知りませんが」
「実験用か……? だとすると、ランクSSSのゲートの上に魔研を作ったこと自体、最初からこれが目的……?」
魔研が出来たのは、アレオンの父が王になってからだ。
ということは、魔研が出来た時からジアレイスと父王はランクSSSの魔物を利用する目的を持っていたということ。
……一体、何のつもりなのか。
「チッ……とりあえず兄貴に、ゲートの入り口を封印する術式をあらかじめ準備しておくよう伝えるしかないか。魔研を潰した後に開きっぱなしにしておくわけにはいかんからな」
まあその目的が何にしろ、ゲートの封印はしなければいけない。
父王とジアレイスが何を企んでいるのかは知らないが、碌でもないことなのは間違いないだろう。
その思惑ごと潰してやる。
「キイ、クウ。お前たちは自発的に動く必要は無いが、奴らの話を聞く機会があったら情報を覚えておいてくれ。俺が時々お前たちを指名してゲートに連れて行くから、その時に報告を頼む」
「了解しました、アレオン様」
後は会った時にその都度打ち合わせればいいだろう。
そこまで決めて、今度こそ一行はゲートを出た。




