弟、兄に抱えられたままゲートを攻略する
ユウトとレオは、久しぶりに明るい時間から2人で外にいた。
感謝大祭はつつがなく終了し、街はいつもの落ち着いた空気に戻っている。今日はようやくクエスト再開だ。
「ランクCの討伐クエストでいい?」
「その近くにある依頼をまとめて受けてもいいぞ。装備が軽量化されて楽になったし、付帯効果の確認もついでにしてみるといい」
「うん、そうする」
ユウトは冒険者ギルドで依頼ボードを眺め、ゲート攻略と、その途中に出るモンスターの討伐と、魔物素材採取の用紙を剥がした。
受付カウンターはもう空いている時間になっている。ユウトはひとりでリサの窓口に向かった。
「こんにちは、リサさん」
「こんにちは、ユウトくん。お兄さんと現れるのは久しぶりね」
「はい。やっと討伐系クエストが進みます」
2人は和やかに笑い合った。
「この間はルアンとの雑用クエストだったものね。聞いたわ、ユウトくんがものすごく可愛い格好でお菓子配ってたって。私も見たかったなあ」
「……いや、あの、知り合いに見られるのはすごく恥ずかしいので……誰も来なくて良かったなあって」
あれは、周囲が知らない人ばかりだったからどうにか対応できた。リサやリリアなんかが近くにいたら、恥ずかしくて店に逃げ込んだかもしれない。
自身のした女装を思い返してつい赤くなっていると、いつの間にか隣に来ていたレオがリサに何かを差し出した。
「……見るだけなら」
ギルドカードを出した……のかと思ったら。
「ちょ、レオ兄さん、何でこんなの持ち歩いてるの!?」
レオが差し出したのは、あの時の女装写真だった。何故これがここにあるのか。
慌てて取り返そうとしたけれど、それより先に受け取ったリサが、写るユウトの姿に瞳をキラキラと輝かせる。
「まあまあまあ、これは可愛いっ……! お人形さんみたい!」
「そうだろう」
リサの反応に満足げに頷いている。どうやら見せびらかしたかったらしい。ユウトは赤い顔のままレオを睨みあげた。
「もう、恥ずかしいから止めてよ!」
「大丈夫、可愛いは正義だ」
「そうよ、正義よ」
レオだけでなく、リサにも真顔で言われる。何故だ。
その写真をしげしげと眺めていたリサが、ふとその端に写る人物にも気が付いた。
「あら、この奥にいるの……ルアン?」
「え? あ、そうです、ギャルソンの格好の。まるで美少年で、すごく女の子にモテてましたよ」
「……こういうの、似合うのよねえ……。ほんと、ユウトくんとどっちが女の子なんだか……」
遠い目をしたリサが、写真をレオに返した。
「今日も朝から旦那たちと一緒に討伐クエストよ。男所帯のパーティだから、どんどん男らしくなっちゃって……」
「あれ、ルアンくんってダグラスさんとの2人パーティじゃないんですか?」
「基本はね。でも旦那たちに限らず、ランクBあたりの冒険者はゲート攻略や討伐は気心の知れた友人たちと共闘することが多いわ。ランクがAまで上がればパーティ人数は6人いないとキツいから、大体そのままひとつのパーティになってしまうけどね」
「そういうものなんですか」
ランクBのパーティはランクAまでの依頼を受けられるが、あまりAに手を出すパーティはいない。ランクBとAの間には結構大きな実力の差があるのだ。魔物の強さも一線を画す。
だから知り合いのパーティと組みながらクエストをこなし、自分たちと職種や戦闘スタイルが合うところを模索するのだそうだ。
そうしてベストだと思える仲間の編成になって、ようやくランクAに挑む。だから、冒険者ランクがAになるとそのままひとつのパーティになるのは必然といえた。
「今日は初めてランクAのクエストなの。ルアン以外はみんなランクBなんだけど、あの子だけCだからちょっと心配なのよね」
「討伐対象はすごく強いんですか?」
「ランクAはほぼ全部が難敵よ。それでも、今回の討伐対象はゴーレムだから、素早いルアンなら大丈夫だろうって旦那は言ってたけど」
「……ゴーレム相手ならルアンは戦力にならないが、攻撃をかわしながらのアイテム要員と割り切ればいい選択だ。かなりの長期戦を覚悟すればごり押しでどうにか倒せるしな。あとは他のメンバーの職種によりけりだ」
レオの言葉にリサは苦笑した。
「旦那も長期戦覚悟って言ってたわ。……まあ、私は待つしかないのよね」
そう言って、彼女はユウトの3つのクエストの受付を始めた。
攻略目的のゲートに入ると、ユウトはミドルスティックを取り出した。
外のクエストに出られない間、魔工爺様の教えや借りて読んだ基礎魔道書で、頭の中には知識を詰め込んである。
ユウトはそれを試したくてうずうずしていた。
「好きに進んでいいが、罠には気を付けろ」
「分かった」
今回のゲートは、ごつごつした岩を削ったような洞窟だ。等間隔でたいまつが置かれており、それほど暗くはない。
ユウトはそこを普通に歩き出した。
「待て」
「うわ、何?」
しかしすぐに兄の手が後ろから回ってきて、抱き留められる。
「足下。不自然に盛り上がってるだろう」
「……そう? んー……言われてみれば……」
「そこを踏むと上から魔物が降ってくる。このゲートの浅層だと、多分ムカデだ」
「大ムカデ? 確か討伐依頼の魔物じゃなかったっけ。だったら罠を発動した方が……」
「いや、ここで出るのは軍隊ムカデだ。30センチくらいのが、100匹単位で降ってくる。まあ、ユウトの炎魔法で焼き払えるがな」
「……やめとく」
以前倒した毛虫もそうだけど、うねうねするものが大量にいる景色というのは怖気が立つ。それが100匹降ってきて、さらにこっちに迫ってくるとかホラーだ。
ユウトはおとなしくその床を回避して進んだ。
「あ、こうもりみっけ。素材採取はあれの牙だったよね」
「そうだな。炎で焼くと素材も駄目になるから気を付けろ」
「うん、大丈夫」
ようやく魔法の出番だ。
まずはミドルスティックで極薄の魔力の円盤を作る。それに風の属性を付けて回転させれば、それは鋭利な刃物のようになった。
「あれ、何か、いつもより魔力が扱いやすい……?」
「お前のローブには集中力+が付いているからな。魔法の精度が上がって、思念通りに動かすのも楽になってるはずだ」
「確かに楽。すごい」
魔力の動きは軽く、しかし質量は重くなっている。これだけで、だいぶ威力が違うだろう。
杖を振ってそれを飛ばすと、コウモリは簡単に仕留められた。
「これ、色々応用利きそうだね。戦闘だけじゃなく、資材調達とか」
「ユウト、今魔法名言ってなかったぞ」
「あ、忘れてた。『エアーカッター!』」
これは風魔法の一番基本だ。しかしこの魔力で薄い円盤を作るのが難しく、不人気な魔法らしい。ユウトとしてはそれほど苦にもならないけれど。
コウモリの素材を回収し、再び歩き出す。
しかしまたすぐに兄に抱え上げられた。途端に足下が抜ける。
「そこ、落とし穴」
「え? うわっ、底にめっちゃナメクジいる! ぬめぬめしてる! 気持ち悪い!」
思わずレオの首根にしがみつく。
落とし穴の中には大きなナメクジが、床が見えないくらいひしめいていた。何であいつらはあんなにぬとぬとしてるんだろう。
「何かここ罠多くない? それともランクCでもこんなに罠あるのが普通?」
「弱いボスのいるゲートは罠が多めだな。この頻度だと、おそらくここはだいぶ多い方だ。まあ、ランクCあたりは一撃で即死するような罠はないから安心なんだが」
「即死はしないけど精神的ダメージが大きい!」
「そうか」
ユウトの言葉に頷いたレオは、弟を抱えたまま歩き出した。
そしてひょいひょいと、ユウトでは分からない罠を回避していく。どうやら自分が運ぶ方がいいと判断したらしい。ありがたい。ユウトはそのままレオの腕の中に落ち着いた。
「ユウト、敵」
「うん。あ、大ムカデ」
兄に抱えられたまま、ミドルスティックを振る。
炎や氷は火力勝負なところがあるが、風の魔法は魔力の形状によって威力が変わる。低燃費なこの杖との相性はいい。
本来ならミドルスティックの魔力では一撃で倒しきれない魔物だが、エアーカッターを使えば大ムカデはたちどころに真っ二つになった。
……でも、ちょっと違和感。
「何か、今のエアーカッターすごく速くなかった?」
さっき発動した魔法と比べて、回転も敵へ向かう速度もとても速かった。実力以上の力が働いたような。
不思議に思って兄に訊ねると、彼は何かを思い出したように『ああ』と言った。
「俺に敏捷性+が付いてるから」
「……ん?」
「俺に抱えられてるおかげで、俺の装備の付帯効果がお前にも発揮されたんだ」
「え? それって、僕がレオ兄さんを装備してるのと同義ってこと? ……そんなことあるの?」
「……かなり特殊な事例だ。普通はない」
「そうなんだ。『もえす』装備のせいかな? すごいね」
「……そうだな」
少し歯切れの悪い相づちを打って、レオは再び歩き出した。
その後、全然疲れを見せないレオに抱えられたまま、結局ユウトの魔法だけでゲートのボスまで攻略してしまった。
攻略証拠素材を手に入れて、現れた転移方陣に乗る。
ちなみにボス部屋の宝箱から出たのはアニメ雑誌だったので、後で『もえす』に行ったときに贈呈してこようと思う。
2人は大体3時間ほどでゲートを攻略し、外へ出た。
「これでクリア! ……だけど、僕もちゃんと罠が見抜けるようにならないとなあ……」
「別に、毎回お前を抱えてゲート攻略してもいいぞ」
「駄目だよ」
「駄目か」
「レオ兄さんに抱えられてると安心しちゃって、緊張感が続かないんだよね。能力は上がってるんだろうけど、ほっとして眠くなっちゃうから駄目」
「……お前は本っ当に可愛いなあ」
しみじみと言ったレオにめちゃめちゃ頭を撫で回された。
「とりあえず、ギルドにクエスト完了報告に行くか。それから、魔法道具屋に新しい杖を買いに……」
兄が乱した弟の髪の毛を撫でつけながら、これからの予定を話し始めた矢先。
不意にザインの街中から、大きなサイレンの音が響き渡った。
それを聞いたレオが、はっとしたように街の方を向き、眉間にしわを寄せる。ユウトは何事かと目をぱちくりさせた。
「……このサイレンは……」
「……え? 何?」
ユウトが不安げに訊ねると、レオは弟の手を引いて街に向かって歩き出した。
「行くぞ。これは街の近くにランクS級モンスターが現れたという警報だ」