【七年前の回想】ジアレイスの思惑
テントから出てきてそのまま固まってしまったチビに、カズサが苦笑した。
「ほらあ、殿下がキイクウとじゃれてるから、おチビちゃんがショック受けちゃったじゃない」
「……あ?」
その言葉で、そういえばチビがアレオンに「ぼくよりもドラゴンさんと仲良くなっちゃったら、ちょっとやだ」と言っていたことを思い出す。
アレオンとしてはチビとキイクウは全く別の括りなので気にしていなかったが、そうか、端から見ると誤解を生むかも知れない。
「……ええと、チビ、これは、違ってだな……」
それを弁解しようとして、科白に困る。
アレオンは残念ながら、この子どもにお前が一番大事だなどと言えるような素直さは持ち合わせていないのだ。
言葉を探してしどろもどろになっていると、ようやく動きを見せたチビが、とことことこちらに近付いてきた。
どうしよう、機嫌を損ねているのだろうか。
まさか「浮気者!」とは言われるまいが、拗ねて「お兄ちゃんきらい」などと言われたら軽く死ねそうだ。
アレオンは少々緊張気味に子どもが近付くのを待った。
「チビ様!」
しかしチビがアレオンのもとに辿り着く前に、キイとクウが子どものところに行ってしまう。
いや、待て。それだとチビが俺の前に来れないだろうが。
「キイたちはチビ様のおかげで自我を生成できました!」
「クウたちを救って下さってありがとうございます!」
「えと、キイさんとクウさん。目覚めたんだね、良かった」
二人が壁になって立ち止まってしまったチビは、そのまま彼らと話し始めてしまった。
「意識や記憶の混乱はなかった?」
「大丈夫です。チビ様がキイたちを丁寧に導いて下さったので」
「クウたちはこれからチビ様方のために戦わせて頂きます」
「ぼくたちのために……ってことは、もしかしてお兄ちゃんとお友達になれた?」
「キイたちがアレオン様をお友達と言うのはおこがましいです。同行者として認めていただいたということろですね」
「クウたちは使役と関係なく、自分たちの意思で皆様についていきます」
竜人たちはあくまで礼儀正しく謙虚だ。
だがこうやってチビを独占するのはいただけない。
アレオンはあっという間にしびれを切らし、自分から子どもに寄っていった。
「チビ」
隣に立って呼びかけるとすぐにチビがこちらを見上げてきたが、そこに笑みはない。
……やばい、やはり何となく拗ねた様子に見える。
「アレオンお兄ちゃん。ぼくがいない間に、キイさんとクウさんと仲良くなったんだね」
「……ああ、まあ、仲良くなったというか理解を深めたというか」
この言い方も何となく責められている気がするのは、アレオンの気のせいだろうか。
柄にもなくびくびくしていると、いきなりチビがアレオンの腰に抱きついてきた。
「ぼくもお兄ちゃんと仲良くする!」
「……ん?」
突然のことに目を丸くしたアレオンに、子どもは少し口を尖らせて、上目遣いでもう一度言う。
「キイさんとクウさんばっかり、ずるい。ぼくだってアレオンお兄ちゃんと仲良くしたいもん。……ダメ?」
その言葉を反芻し、可愛らしく小首を傾げられて、アレオンは撃沈した。
あああなんだこの生き物、激可愛い……!!!!
思わず膝からくず折れかけたが、子どもが腰にくっついているのでどうにか耐える。
「だっ、駄目じゃない……!」
どうにかそれだけ答えて、左手で緩みそうな表情筋を支えながら右手でチビの頭を撫でまくった。
「アレオン様とチビ様はとても仲がよろしいのですね」
「大変微笑ましいです」
「おチビちゃんももうちょっと辛辣に突き放してみたらいいのに~。『お兄ちゃんなんか知らない!』って言われてへこむ殿下を見たかったなあ」
外野が何か言っているが気にしない。いや、カズサだけ後で殴る。
とりあえずアレオンは可愛いヤキモチを焼いていたチビを構い倒して、その後、ようやくみんなで朝食をとることになった。
「キイとクウは食事ってドラゴン肉だけでいいの? 準備した方が良ければ今から作るけど」
「キイたちはしばらく食事はいりません。ドラゴン肉を消化してしまいたいので」
「この姿の時のクウたちは、三日から四日に一度の食事で大丈夫なのです」
「そうだったのか。じゃあここまでは食わせすぎたな」
何となく人間と同じように一日三食させていたが、それでは多かったようだ。
こうして意思の疎通ができなかったら、彼らの胃を破裂させていたかもしれない。
「ところで、ドラゴン肉にはどんな効能があるんだ?」
「基本的には特にないです。まあ、高タンパク低カロリーで筋肉を付けるにはもってこいですね。キイたちもおかげでちょっと体格がよくなりました」
「ただ、ドラゴンの中には不老不死の者がいて……ジアレイスたちはクウたちにそれを食べさせたいので、アレオン様に要請したのです」
「不老不死?」
そういえば、そもそも奴らが魔研を作った理由は、そういう特殊な属性を研究し、人間に還元するというものだった。
その中心となるジアレイスが不老不死に興味を示していても、何ら不思議はない。
おそらく魔研の研究を奨励している父王も結託していることを考えると、二人で国の利権を永遠に貪ろうとでも思っているのかも知れない。おぞましい話だ。
アレオンが辟易として黙り込むと、向かいからカズサが割り込んできた。
「でも不老不死なら倒せないから肉食えないんじゃないの?」
「不老不死でも身体が欠損しないわけではありません。食いちぎることは可能です。……そうして不老不死になった者をまた食いちぎった者も、不老不死となります」
「えー、それじゃ不老不死が増える一方じゃない」
「理論的に言えばそうなんですけども、そうはなっていないようです。その辺りはキイたちも分かりません」
「……まあ何にしろジアレイスは、お前たちを不老不死にした後その肉を食らってみるのか、その肉を魔物に食わせて自分を合成し、不老不死の半魔にでもなるつもりなのか、とにかく碌なことは考えてないだろう」
アレオンは大きくため息を吐き、カズサの用意したコーヒーに手を伸ばした。
「もし今後、万が一不老不死のドラゴンと遭っても無視するぞ」
「まあ、その方がいいでしょうね。キイとクウが肉を抉られるのも可哀想ですし、また妙な実験を始められても困りますもんね」
これも竜人たちの意思を取り戻さないと知れなかったこと。
危うくジアレイスの思惑も知らず、奴らの碌でもない研究に荷担するところだった。
「とりあえず後はボスフロアを目指すだけだし、ここから下の階は最低限の戦いだけで突っ切るぞ。今日は20階は降りるつもりだから、そのつもりでいろ」
「はいはーい、了解」
「「お任せ下さい、アレオン様」」
「ぼくも頑張るね」
さっき構い倒されてすっかり機嫌の良くなったチビが、すぐ隣でにこにこしている。
ここからは、最低限とはいえ戦い続き。この子どもを護るためにも無茶はせず、冷静に行かなくては。
アレオンは胸ポケットに入っているお守りを指先の感覚だけで確認して、自分で自分を戒めた。




