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兄、弟には甘々、狐には塩対応

 御用邸の地下牢には裏に収監口があり、ユウトとレオはそこから外へ出た。


 すでに夕暮れを迎えた街は、街灯が灯り始めている。祭りの最終日を楽しむ人で溢れる公園を通り抜け、2人はリリア亭へと帰った。


「兄さんの『レオ』って本当の名前じゃなかったんだ」


 レオの部屋に着いてすぐ、ユウトはぽそりと呟いた。

 自分が呼んでいた名前が偽名だったと知って、何となく拗ねている。兄が本名を捨てたからだと分かってはいるけれど。

 しかし、レオはユウトの頭を優しく撫でて、首を振った。


「レオも本当の名前だ。ただ、その愛称で呼んでいたのは俺の母親だけだったが」

「……お母さん?」

「ああ。もう死んでしまったけどな。だからどちらかというと、レオの方が愛着がある。アレオンという名前にはあまりいい思い出がないし」


 そう言ったレオは、ユウトの手を引いてベッドの縁に座らせた。自分も並んで座る。


「色々黙っててすまなかったな。本当は、アレオンの名前と関わる気はなかったんだが、結局兄貴に見つかってしまった」

「……避けてたみたいだから国王様と仲が悪いのかと思ってたけど、別にそういうわけじゃないんだよね?」

「兄貴のことは『兄様』って呼んでやれ。お前にそう呼ばれて、珍しく本当に喜んでたからな。……俺と兄貴の仲は、まあ、悪くはない。対立するような間柄じゃないから心配しなくていい」


 レオがライネルと接触をしたくなかったのは、ひとえに面倒な権力争いを起こしたくなかったからだった。弟が現れたとなれば、レオの意思に関係なく、現国王に不満を持つ貴族などが担ぎ上げたがるのは必然。

 だからこそ、ライネルもその思いを汲んで、極身近な臣下だけを使い、人目に触れない地下牢での再会を図った。


「じゃあ、5年前に……えっと、ライネル兄様がレオ兄さんを殺したっていうのは、やっぱりデマだったんだ」

「ああ。実際は親父が俺を殺しに来て、その親父を兄貴が殺しに来た。……まあその辺の話は長くなるから、今は止めておこう」


 あまり思い出したくない話なのだろうか。レオは眉間にしわを寄せて、話の続きを放り投げた。無理からぬことか、今の端的な概要を聞いただけでもヘビーな感じだ。

 ユウトもそれ以上は突っ込んで聞かず、代わりにそわそわと床から浮いている両足を動かした。


「……あのさ、レオ兄さん。他にもうひとつ、訊きたいことがあるんだけど」

「何だ」

「僕って、誰?」


 これは、記憶を失って以来、今まで一度もレオに訊ねたことがなかった。兄が今まで全く過去についての話をしなかったからだ。何となく自分でタブー視していた質問を、ユウトはレオにぶつけた。


 本当の兄弟じゃないことはもう確定。

 だったら自分は何者なのか。


「僕も元々こっちの世界の人間なの?」

「……そうだ。5年前、俺と一緒に異世界……日本に飛ばされた。お前の記憶喪失は、おそらくその時の影響によるものだ」

「それって、ここから日本に飛ばされる時、僕とレオ兄さんは一緒にいたってこと?」

「ああ。……その時だけじゃない。俺は、それ以前からずっとお前と共にいた。血は繋がらないが、お前の兄として」


 そう言った兄は目線を落とし、少し逡巡してからこちらを見た。


「実は、お前は俺が初めて会った時から出自が不明だった。だから、両親のことも出身地のことも教えてやれない。すまないな」

「……そうなんだ」


 ユウトは元々孤児だったということか。しかし、その事実にそれほどショックを感じないのは、記憶を失う前もレオと兄弟だったのだという安堵からだろう。

 正直、今どこの街の誰々さんの家の子どもだと言われてもピンとこない。ユウトにとってはそれよりも、レオの弟という立場の方が重要だった。


「お前が誰かと訊かれたら、俺の弟のユウトだと言うしかない」

「うん、その答えで十分」


 ユウトはレオの言葉に微笑む。

 それにレオも少しほっとしたように微笑んで、優しくユウトの頭を撫でた。







 夜10時の少し前。

 レオは御用邸の収監口に向かって、暗闇を歩いていた。

 普段なら人通りも少なくなる時間だが、祭りの最終日ともあって、ぎりぎりまで飲んで騒ぐ連中が徘徊している。そんなのに見つかって絡まれたらたまらない。


 誰にも会わないように気を付けながら、レオは表通りから死角になっている柱の陰に入った。

 すると不意に、そこに知った男の気配を感じて顔を顰める。

 これは、まんまとレオを化かした狐の気配だ。


「……おい。出てこい」


 不愉快さをにじませた低い声で殺気を消さずに呼び出すと、少し離れた木の陰から人懐こい笑顔をしたネイが現れた。


「うは、殺気すごい。殺す気満々じゃないですか。鼻血出そう」

「……貴様、よくもユウトを餌にしたな。それも、あのクソパーティを釣るのと、俺を呼び出すのと、ダブルで」

「いやいや、不可抗力ですよ? ゴミどもは俺とユウトくんの待ち合わせ場所に勝手に現れただけで……。あとは奴らに睡眠粉で眠らされちゃったユウトくんを、一番安全な場所で保護してもらおうとたまたま通りかかったルウドルトに預けただけですから」


 ふざけたことを言っている。ユウトとの待ち合わせからして、あの4人組を殺して問題ない場所を選んでいたはずだ。睡眠粉に至っては、初めから盗聴して知っていたに違いない。

 そうでなければライネルを護衛しているはずのルウドルトが、ユウトを預かる状況になるわけがないのだ。間違いなく、最初からユウトを眠らせてルウドルトに渡す算段を付けている。


「でもさあ、これってレオさんの失態でもありますよ? ユウトくんの装備、寝顔見たさにわざと睡眠無効付けなかったでしょ。あれが装備に付いてると、うたた寝もしなくなりますもんね。まあ、ユウトくんの天使みたいな寝顔が見たいのは分かりますけど、こういうことにもなりますよって教訓で」

「しゃあしゃあと責任転嫁するな、クソ狐! ちなみにそれは今後着脱式のアクセサリーでカバーする予定だった! ユウトの可愛い寝顔は見たい! 文句あるか!」


 つい本音が出たが気にしない。


「……チッ、貴様なんかにユウトを預けた俺が間違いだった。おまけに速攻で兄貴に俺とユウトのことをバラしやがって……。何が『狐はイヌ科だから飼い主に忠実』だ。忠実の意味を辞書でひいてこい」

「いやいや、俺はレオさんの言いつけをちゃーんと守ったんですよ? レオさん前に言ったでしょ、『兄貴を裏切るのも殺めるのも許さん』って。だから裏切らずに、陛下の命令どおりにレオさんのことを報告して、3日目に確保する算段を立てただけのことですよ」


 さっきは不可抗力と言ったくせに、算段を立てたとあっさり吐いている。まあ分かりきっていたことだ、今さら突っ込むのも面倒臭い。



「俺を裏切ったことに関してはどう弁明するんだ」

「レオさんは俺に、『陛下に黙ってろ』とも『ユウトくんを利用するな』とも言ってませんもーん。裏切ってないですー」

「マジ腹立つ男だな……殺したい」

「うわ、殺気がマジもんになってる、ちょっと待って。こういう齟齬をなくすためにさ、俺陛下と交渉したんですよ」


 ネイは少し慌てたように、話を続ける。


「レオさんを確保したら、俺はそこで陛下との契約解除してもらうって。陛下の言うこと聞かなくて済むことになれば、今後俺はレオさんの本当に忠実な狐になるわけですよ」

「貴様などいらん」

「ふふ、そうは言いますが。聞きました、ユウトくんと2人でランクSSSの活動するんですよね? その危険なクエスト中に、ユウトくんを守る人間が必要じゃありませんか?」

「くっ……そう来たか……!」


 確かに、クエストの最中にユウトをひとりで置いておくのは心配だ。自分だけでこなせるものならいいが、ランクSSS級になると弟の魔法も戦力として必要になる。……昔のように。


「ものすごく不本意だ……だが、背に腹は代えられないか……」


 この狐目は、その腕だけなら超一流。

 性格が悪くてドSでドMだが、戦闘中に頼りになるのは確か。

 ユウトの守りを任せるなら、このくらいの実力が無いと困る。それを担える力を持つ他の人間は、レオが知る限りみなライネルの配下だった。


「……分かった。すごく嫌だがクエストにはお前の同行を許す。断腸の思いで妥協する。クソが」

「ちょ、言い方」

「……まあいい。とりあえずだが」


 レオはネイに向かって握手を求めるように手を差し出した。

 和解の第一歩だろうか、珍しいこともあるものだとネイも近付いてきて手を差し出す。

 その手を、レオがガッと力一杯掴んだ。その額には青筋が立ち、胡乱な瞳がネイを捉えている。


「……とりあえずだが、今溜まっている鬱憤を晴らさせろ。話はそれからだ」

「いや、もう話はついて……あ」




 ネイはその後、ザインに残ったはずだというのに、ユウトたちの前にしばらく姿を見せることはなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おにいたま、ユウトくんのことになるとある意味ポンコツになるのめっちゃ好きですwww
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