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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】壊せない

 チビはまだ目を覚まさない。

 アレオンを守るために急激に魔力を消耗したから、その回復に時間が掛かるのだ。


 仕方がなく食事はカズサと二人だけで取り、アレオンはたき火の近くまでマットレスを引っ張ってきてそこに子どもを乗せた。


「……おい。あの宝箱について、知っていることを聞かせろ」


 視線はチビに向けたまま、カズサに話しかける。


 この洞窟の奥に、まだその宝箱はあるのだ。それが気になって落ち着かず、チビを連れてテントで眠る気にもなれなかった。


「……対価の宝箱は、この世界の理の外にあるものだと言われています」

「それは……この世界で、大精霊が創造したものではないということか?」

「そういうことですね。もちろん、これは研究者たちの推論でしかないですけど。歴史上の統計では、対価の宝箱が発見されるのは大体高難易度ゲートの中の隠し部屋。今回と全く同じ状況です」

「……統計とかあんのか」

「まあどんなジャンルにも専門家はいますし、データをまとめるのが好きな人間はいますから。隠密はそういう情報を手がかりにして、宝箱を開けたり、罠を解除したりするんです」


 つまり超級の隠密であるカズサは、宝箱についてはひとしきり勉強したから『対価の宝箱』の怖さも知っていたと言うことだろう。

 アレオンが続きを促すように視線を送ると、カズサは再び続けた。


「対価の宝箱は、隠密の間では開けてはいけないと言われる宝箱のひとつです。その答えは簡単、『割に合わないから』です」

「割に合わない? 何でも望むものを出してくれる宝箱がか?」

「願い事の成就に払う犠牲が大きすぎるんですよ。……いいですか? この宝箱は最後に願い事の対価として、『必ず』一番大事なものを奪っていきます。そして、その望みは『必ず』成就します。……そうすると、どうなるか」


 カズサは一度パン、と手を叩いて、ぱっと宙に散るような仕草を見せる。


「もはやそれ以上支払う対価を持たない者に興味を失い、宝箱は自ら消え失せます。同時に、欲望の暗示が解ける。……そうなる前に死んでしまうのが一番楽でしょうが、宝箱に本当に大事なものを対価として差し出しているので失敗のしようもない。必ずその死より苦しい絶望の時を迎えます」


 一番大事なものを奪われる……。

 それも自分の手で差し出し、その対価を受け取るという形でだ。そこから正気に戻った後の絶望を想像しただけで、アレオンは内蔵が痛くなった。


 自分がその位置に置くのは、間違いなくチビだ。

 この世界で唯一側にいて欲しい存在。


(宝箱の暗示に掛かったら、俺が自分の手でチビを対価として差し出す……?)


 あり得ない。そう思いたいが、さっきのあのやりとりだけですでに子どもの存在を忘れかけていたのだ。まるで手に入れるアイテムの方が価値があるかのように。


 自分の意図しない変化に、ぞわりと背筋が寒くなる。


「……あの宝箱、貴様が壊してこい」


 アレオンはひどく後ろ髪を引かれる気分になりながらも、どうにかカズサに向かってそう口にした。


「無理です」


 しかし、すげなく返される。


「無理って何だ」

「あの宝箱は、取引者にしか壊せないんですよ。自分の意思で『もう取引はしない』と決別しないとダメなんですって」

「何だそりゃ……くそっ、厄介だな……」

「言ったでしょ、面倒なことになるって。……取引の回数が進むほどに抜けられなくなりますから、今のうちに潰した方がいいですよ」


 言われなくてもそうしたい。

 けれど、あれほど容易く超聖水を出し、子どもの首輪の術式を変える術を持つ宝箱。できればもう少し利用したいという気持ちが拭えない。


 壊そうと思っても、あの宝箱の前に立ったらきっと気持ちが揺らいでしまう。


「……このままゲートをクリアすれば、あの宝箱はゲートごと消えないか?」

「宝箱は取引者について回る、と言ったでしょう。話では、望めばすぐに近くに現れるらしいですよ」

「あれは移動するのか……」

「おそらく取引者の思考と紐付けされていて、必要なときにだけ異空間から転移するのだと思います」


 こういう厄介なものに限って利便性がいいのは何なんだろう。腹の立つ。

 だが今の話で、アレオンは妥協点を一つ見つけた。


「望めば現れるってことは、望まなければ出てこないってことだよな。このままゲートを出て、その後に宝箱を呼び寄せなければ良いんじゃないか」

「あ、完全に破壊をあきらめましたね。どうしても壊せないから苦肉の策ってとこですか」

「……もちろん壊さないだけで、使うつもりはない。ただ……万が一の時のために置いておきたい気持ちが強い」

「……俺は壊すの推奨ですけど、……まあ、俺が言ったくらいじゃ変わらないですよね。不安と欲望、これが絡むと人間は弱いからなあ……仕方が無い」


 もはや説得は無理だと覚ったらしいカズサは、大きく脱力したため息を吐く。


「でも本当に、呼び出して使わないでくださいよ。視界から隠したところで、宝箱と思考が紐付けされていると言うことは、暗示の影響を受けているということです。誘惑は強いはず」

「分かっている」

「せっかく見つけた簡単には死ななそうな主が、こんな宝箱のせいで自ら絶望死とかマジ勘弁ですよ」

「まだ貴様の主ではない。『仮』を付けろ」

「えー、こんなに尽くしてるのに~」


 カズサは少しだけ肩を竦めておどけて見せたが、すぐに考え事をするようにうつむいた。


「……こうなると殿下に宝箱を使わせないためには、おチビちゃんの探知術式回避の方法を是が非でも見つけないとなあ……」

「とりあえず超聖水が一本手に入ったから、それを部屋にまけば一ヶ月は平気だ。移動は転移魔石を使えばいいし、あとはゲートに入っていれば問題ない」

「猶予はひと月か。その間にできることをやっていきましょう。もう『仮』でもいいから、このゲート出てからも勝手に色々働きますからね」

「……まあ、『仮』でいいなら構わんが」


 正直、このカズサの申し出はありがたい。

 その知識も助言も的確だし、格上の力を持つアレオンに臆さず諫める事もできる希有な人間だ。


 なぜこんなに自分に従いたがるのか分からないが、働いてくれるというのなら任せよう。


「まずは絶縁体として集めた特上魔石をどう使うか考えますか。……これまでに、何個くらい貯まりました?」

「10個だ。思ったより順調だな」

「それだけあれば、何かに加工できそうですね……」

「加工? 特上魔石は扱いが難しくて、カットしようとしてもすぐに砕けてしまうと聞いたことがあるが」

「確かにそうです。普通のアイテム工房では、ですけど」


 上魔石はその塊として物質が安定しているため、無理に傷を付けると一気に安定を損なって砕けてしまう。特上魔石ともなると尚更だ。

 その石が内包する力のバランスを取って削り、加工するのはかなりの技術がいる。


「……今の王都には、そんな高度な技術を持つアイテム・メーカーがいる工房はないだろう。昔はパーム工房にいたという話だが、代替わりしてだいぶ品質が落ちてる」

「ええ、もう王都の工房では無理です。……ただ、そのアイテム・メーカーである魔工翁が密かにザインの裏路地で店を出しているんです。完全に知る人ぞ知るって感じで、そこが魔工翁の店だと気付いてる人間はほとんどいないんですけど」

「へえ」


 魔工翁の作ったアイテムは時折中古魔道具の店で見ることがあるが、とにかく質が良い。無駄がなく使用者のニーズに添った作りで、アレオンもいくつか魔工翁作のアイテムを持っていた。


「……魔工翁なら、可能か」

「技術的には多分。……問題は、仕事を金で選んでくれないことなんですよね」

「金を積んだだけじゃ仕事は受けないってことか?」

「そうです。一度行ったことがあるんですけど、その時は受けてもらえませんでした」

「死神の時の話なら、それは貴様が胡散臭かったからだろ」

「まあ、否定はしませんが。とにかく、魔工翁のお眼鏡にかなわないと相手にしてもらえないんですよ」


 だったらアレオンが行けばいいのかもしれないが、対面のオーダーともなれば顔を覚えられてしまう。

 顔バレしていないとはいえ、その強さが醸す気配に『この人がアレオン殿下では?』と勘付く人間はいるのだ。


 それがきっかけでザインに忍んで行ったことがバレれば父王がうるさいし、間違いなく子どもにまで危害が及ぶ。それは避けたい。


「とりあえず俺が変装して名前も変えて、もう一度行ってみますけど」

「事前にリサーチもして、確実にオーダー入れてこい。……最悪、兄貴んとこの隠密の力を借りてもいい。兄貴には話を通しておく」

「あっ、それって、俺は殿下公認ってことでいいんですね?」

「『仮』な」

「いいですよそれで。ライネル殿下とつながれば、裏から手回しもしやすくなりますし」

「口にした時点でその手回しはもう裏じゃないだろ」


 呆れたように言ったが、これでアレオンの気がだいぶ軽くなったのは確かだ。

 ここから先、こうしてどうにか自分たちの手でチビを護る手段を模索できるのなら、宝箱を頼ることもないだろう。


「明日は最下層まで下って、ボスを倒して表に出るぞ」

「そうですね。やること決まったし、ゲート測定器でボスの種類も分かってますし。後はおチビちゃんがちゃんと回復してくれれば問題なしです」


 そう、問題は無い。


 このまま子どもが魔研に見つかることなく、ずっと自分の側にいてくれるなら。


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