弟、兄2人に取り合いされる
薄暗い石造りの階段を降りていくと、3つほど並んだ牢屋の入り口があった。
その一番奥の扉の前に、金髪の男がいる。
彼はライネルが現れると恭しくお辞儀をした。
「陛下のご指示通り、殿下をお連れしました」
「おとなしくそこに入ってくれたんだね。余程この子が大事と見える」
言いつつ国王がユウトの肩を抱く。
殿下というのはレオのことだろうか。確認に走って行きたいが、肩をやんわりと掴まれているだけなのに、ライネルの腕から抜け出ることができなかった。
結局国王と一緒に牢屋の前まで来る。
ようやくその中を覗ける場所に着いて、そこにやはりレオがいるのを確認した。
「レオ兄さん!」
「ユウト! 無事だったか」
「無事だけど……え? 何、この状況」
兄は牢屋に入れられていた。それは確かなのだが、その牢屋がすごくゴージャスだ。
見るからにふかふかの絨毯が敷かれ、高そうなソファとローテーブル、その上にはティーセットとお菓子が置いてある。
何、この快適空間。
「お前のためにセッティングした牢屋の居心地はどうだ? そのソファが入り口から入らなくて苦労したんだ。一度解体してな」
「どうだじゃねえよ、何だそのいらない努力。ふざけんな、ユウトを巻き込みやがってクソ兄貴。帰るから弟を返せ」
「いやいや、お前の弟だと言うなら私にとっても弟。私だって可愛がりたい」
「俺の可愛いユウトに触るな! ぶん殴るぞ!」
ぎゅむっとユウトを抱きしめたライネルにレオが激昂する。
……何だろ、2人の関係性が思ってたのと違う。
ふと見れば、隣の金髪の男がすごく疲れた顔をしていた。
「陛下、晩餐会まであまり時間がありません。とっとと本題に入っていただけますか」
「ああそうだったね。ルウドルト、牢を開けてくれ。私も中に入る」
「あ、僕も……」
「いいよ、おいで。私たちの弟だからね」
ライネルは機嫌が良さそうにユウトの手を引いて、牢屋へと入った。それから新しいお茶の準備をルウドルトに言いつける。
最初からここで話をするつもりだったのだろう、ソファはテーブルを挟んで二つあり、座る場所のないユウトは何故かライネルの膝の上に乗せられた。
「俺に喧嘩売ってんのか兄貴、ユウトを返せ。マジでぶっ飛ばすぞ」
「いや、小さくて可愛い弟なんて新鮮でな。もちろんお前も可愛い弟だから膝に乗せてもいいが、それだと話し合いができんしな」
「何で俺を膝に乗せる話になるんだ気色悪い! ユウト、こっちに来い」
何だかぬいぐるみの奪い合いみたいになっている。
正直、こんな話をしている状況ではないと思うんだけど。
ユウトはさっきから確認したかったことを、流れを無視して訊ねてみた。
「……レオ兄さんって、やっぱり国王様の弟だったの?」
思わず拗ねた響きが乗ってしまったのは、兄が今までそれを黙っていたからだ。
不満げな弟に気付いたレオは、すぐにライネルとの言い合いを止めてユウトを自分の方に奪い返した。
「いや、俺はその身分は捨てたつもりだったんだ。決してお前に内緒にしようと考えていたわけではない。今回だって、本当は兄貴と接触する気なんかなかった」
「……身分を捨てた?」
「お前がそのつもりだということは分かっていたよ。だからこそ、ちょっと強引に呼び出してしまった。……悪かったね、ユウト。君を餌にするような真似をして」
ライネルは身を乗り出してユウトの頭を撫でると、レオの腕から奪い返すことはせずにソファに戻る。その向かい側のソファで、今度はレオの膝に乗せられてしまった。
「……とはいえ、わざわざこんなところで話をするからには、俺のことを公にする気はないんだろう? 兄貴」
「そうだな。せっかくのお前の気遣いを無駄にするわけには行かない」
「……気遣い?」
首を傾げたユウトに、ライネルが頷く。
「無駄な権力争いが起こるのを避けてくれてるってことだよ」
「まあ、兄貴に気を遣ったと言うより、それ自体に巻き込まれるのが迷惑だからだがな。俺はユウトと普通の生活をしたいだけだし」
「分かっている。……本当は、お前の存在に気付かぬふりをして、接触をしない方が何のリスクも無かっただろう。それでもやはり、生死不明だった可愛い弟が生きていたと知れば、会いたくもなる」
そういえば、ライネルは今日を『喜ばしい日』と言っていた。
あれは感謝大祭のことではなく、実弟と再会できることを差していたのか。
「……わざとがましいな。それだけが理由じゃないだろ。俺を懐に入れるってことは、火種を抱えることと同義だ。それでも強引に接触を図ったということは、直下の戦力が欲しいんだろ?」
「はあ、お前はつれない男だね。一番の理由は本当に会いたかったからだよ。もう私の肉親はお前しか残っていないし。……まあもちろん、そっちの方の理由もあるけどね」
ライネルはそう言ってテーブルに肘をつき、顎の下で手を組んだ。
「悪いな、今日は時間がないから単刀直入に言う。アレオン、お前には王弟の身分を隠したまま、ランクSSSの王家直属の冒険者になって欲しい。SSSは『剣聖』のために用意していたランクだ」
「断る」
「いや、断るの早い」
「俺は目立たず普通にユウトと暮らしたい。ランクSSSとか、絶対嫌だ。手合わせしたいとか弟子になりたいとかが家まで来る。超ウザい」
「お前ね、お国のために働こうとか思わない?」
「思わない。俺はユウトのためなら馬車馬のように働くが、それ以外はどうでもいい」
レオは取り付く島がない。
ライネルはすぐさまターゲットをユウトに代えた。
「ユウトは、みんなのために働くのは嫌かい?」
「僕個人としては、ランクS以上は憧れです。みんなの平和のために戦うって、志があってカッコイイ」
「アレオン……レオがランクSSSになったらカッコイイと思わない?」
「それは、はい、めっちゃカッコイイです」
「待て、汚いぞ兄貴、ユウトを使うとは……!」
ユウトの言葉にレオが動揺している。
ライネルはさらに追い打ちを掛けた。
「ユウトはレオとパーティを組んでるんだよね? だったらレオと一緒にランクSSSで働いてもらいたいんだけどなあ」
「ぼ、僕もランクSSSに……!?」
途端に浮き足立ったユウトは、しかしちらりと後ろを振り返る。
自分としては憧れのランクだけれど、レオにとっては煩わしいものなのだ。
だったら無理強いするわけには行かない。あくまで自分がおまけなのは分かっているのだから。
それでも一応、小首を傾げて訊いてみる。
「レオ兄さんは、嫌なんだよね……?」
「そ、そういう子犬がしょげたような顔をするな……! くっ、上目遣い激可愛い……!」
「レオさえランクSSSになれば、ユウトも同じランクで志を持った仕事ができるのにね。弟の憧れを応援できない兄なんてねえ」
「いえ、僕にはまだ実力が伴ってないし……兄さんの強さに便乗しないで、自力で頑張ります」
「ふふ、良い子だ。そうだ、今度王都においで。レオに頼らなくても済むくらい強くなれるように、私が魔法学校の講師を紹介してあげるよ」
「本当ですか!?」
ライネルの誘いに少し前のめりになると、レオの腕がお腹に回ってぎゅうと抱き留められた。
「いや待て、俺を頼れ!」
「え? でも、レオ兄さんはランク上げたくないんだろうし、僕は自分で頑張らないと」
「ユウトはランクS以上になりたいんだよ。……そもそもユウトのためなら働くって言うならユウトのためにランクSSSになってあげればいいのに、お前がそうしないから」
「このクソ兄貴、何たる詭弁……! しかしユウトに望む肩書きをあげたいのも事実……!」
レオはユウトの肩口に額を付けて唸る。そうしてしばらく逡巡した後、彼はようやく顔を上げた。
「……分かった、ランクSSSとして働こう。上位素材も手に入るし、ユウトの装備を揃えるためだと思えば……」
「え、いいの?」
「ユウトのためだ、仕方ない。ただ、今の俺たちとは完全なる別パーティとして冒険者登録するのが条件だ」
「……別パーティとはどういうことだ?」
「パーソナルデータ非公開、正体不明のパーティとして登録するんだ。俺たちは依頼をこなす時だけしか姿を現さないようにする。誰だか分からなければ、俺たちの普段の生活が乱されることはないだろう」
「いや、依頼はゲートの攻略だけじゃないぞ。他人に見られることもある。正体がばれないようにするのは難しいと思うが」
ライネルの指摘はもっともだ。ランクSSSの戦闘なんて、絶対注目される。どうするつもりなんだろう。
そう思って聞いていたら、レオは平然と言い切った。
「変身するから平気だ」
……変身? それって。
「ま、待って、ランクSSSで活動する時は、スーツ眼鏡と魔女っ子装備で行くってこと!?」
「そうだ。今の姿とは全く違うし、そうそうバレない」
「バレとか以前に恥ずかしい!」
「正体が分からないんだし、恥ずかしがることないだろう。それに、お前の魔女っ子装備は誰が見ても可愛い。心配するな」
「よく分からないが、それで平気なら条件は飲む。パーティ登録などは私の方で指示しておこう。まあ、下のランクからいきなりステップアップするより、突然頂点に君臨する正体不明のパーティの方が反発は少ないかもしれんな」
体よく事を運んだライネルは、ほくほくと微笑む。
そこに、ようやく話に一段落がついたのを見計らったように、ルウドルトが声を掛けた。
「陛下、もう晩餐会のお時間です。お召し替えもありますので、お急ぎを」
「もうそんな時間か」
ライネルはソファから立ち上がる。そしてユウトたちを見た。
「もう少し話がしたいのだが、夜に時間を作れるかい? 10時頃にはここに戻ってこれると思うんだが」
「ユウトには夜更かしさせない。……俺が来る」
「そうか。ユウトとももう少し話したかったんだけど」
傍に来たライネルにまた頭を撫でられた。
「じゃあユウトとはここでしばらくお別れだね。そのうち王都においで。魔法学校の話、通しておくから」
「あ、ありがとうございます、国王様」
「国王様、っていうのはつまらないな。レオの弟なら、私の弟でもある。兄と呼んでいいんだよ?」
兄? そんなの、いいんだろうか。自分は血縁も何もないのに。
そう思いながら後ろのレオを見上げると、大丈夫だというように頷かれた。2人目の兄。そう思っていいということ。
でも、何て呼べばいい?
何と言っても相手は国王だし。
「えと……ライネル兄様?」
これなら失礼じゃないかな。そう思いながらつい疑問系になった呼びかけに、ライネルは破顔した。何か、めちゃめちゃ頭を撫でられてる。
「あああ、可愛いなあ、兄様だって! アレオン、ユウトを一晩でいいから貸してくれないか? 抱き枕にしたい!」
「ふざけんな、誰が貸すか! とっとと仕事に行け、ライネル国王陛下」
「つまんないなあ……。まあ、仕方ないか。じゃあ弟たちよ、またな」
ライネルはそう言って軽く手を上げると、ルウドルトと共に牢を出て行った。