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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】ウサギのぬいぐるみ

 当然だが、ランクSともなれば中ボスは相当強い。

 けれど、元々それを平気で倒していく『剣聖』アレオンと、元『死神』カズサ、それから強力な闇魔法を使うチビがいれば、敵はあっさりと倒された。


 戦利品をポーチに入れ、一行は周囲を見回す。

 キャンプを張るためのちょうど良く開けた平地を探すためだ。


 戦闘が終わり、静かになったおかげで聞こえるようになった水音の方に少し歩くと、アレオンたちは良い具合に清流を見下ろす丘に辿り着いた。


「ここは渓谷か。清流も果樹もあるし、野営するにはもってこいの場所だな」

「おっ、川には魚もいるね。殿下が寝てる間、ここで釣りしよっと。……さて、その前にまずはテントを張りますか」


 丘の上は見晴らしも良く、万が一後続の暗殺者が来てもすぐに分かる。野営地をここに決めると、カズサはテントを二張りポーチから取り出した。


「俺、ひとりでないと寝れない質なんで、殿下の分と二つ用意して来てたんですよね。殿下の野営用品が貧弱なの知ってたし。……おチビちゃんまでいると思わなかったから一人用テントだけど、平気ですよね?」

「ああ、問題ない」


 アレオンもカズサと同様、他人が近くにいると寝れない質だが、何故かこの子どもだけは大丈夫だ。

 細くて小さいし、抱き枕にして寝れば邪魔にもならない。


 後は腹さえ膨れれば十分、万事OKだ。


「飯は俺が作る。貴様は簡易シャワーの準備をしろ。俺は飯食ってシャワー浴びたら寝る」

「はいはい、了解」

「お兄ちゃん、ぼくは何する?」

「じゃあここで豆の筋を取れ」

「うん」


 各々で作業に取りかかる。

 敵を気にせず食事を作り、食べられるのは久しぶりだ。おまけにアレオンが持つ調理セットよりもグレードが高いカズサのかまどセットは、ずっと調理がしやすかった。


 かまどセットには簡単な調理台と器具一式と、石かまど、おまけに小さいがオーブンまで付いている。


 今まで薪で料理をしていたアレオンとしては、火加減を調節できるだけでも感動ものだ。


(今後のチビとのゲート攻略を考えると、これは是非欲しい……が、持って帰ってもルウドルトに取り上げられるか)


 この類いは高額換金できるから、見逃してもらえないのだ。

 どこかに隠しておければいいのだけれど、あいにくアレオンにはここなら大丈夫と安心して物を置いておける場所などなかった。


 おそらく一番簡単な選択肢はゲート攻略時にカズサを連れ歩くことなのだが、未だそこまでは信用していない。それに妙にチビに懐かれていてムカつくから、今のところはこのゲートを出たらお払い箱にするつもりでいる。


「簡易シャワーの準備できましたよ。おチビちゃん、先に洗ってあげるからおいで」

「シャワー……」


 カズサに呼ばれて、チビがこちらに視線だけでお伺いを立てる。

 やはり何となくムカつくが、子どもがお湯の出るシャワーを喜ぶことを知っているから、不承不承という態で頷いた。


「……きれいにしてもらって来い」

「うん」


 チビはすぐに立ち上がり、カズサの元に駆けていく。

 最近はすっかり歩くことに慣れ、軽く走ることも出来るようになっていた。

 骨と皮だけだった身体も、少しだけ肉が付いてきたようだ。


(……こんなにゆっくりチビを観察したのは何日ぶりだろう)


 最近は周囲への警戒とゲートのギミックを解くことに意識を費やしていて、ちゃんと子どもを見ていなかった。

 寝不足でだいぶ気持ちが荒んでいたし、こんな自分をチビはどう見ていたんだろう。


(……まさか、俺よりあの狐の方が良いなんて言わないだろうな)


 明らかに自分より気遣いがマメで子どもに優しいカズサにムカつくのは、おそらくこの懸念が一番の原因。

 もちろん命令があるから、チビがアレオンから離れるなんてことはないのだけれど。


(さっきの戦いで俺が危ないところを魔法で助けたのも、最初の命令があったからだしな……)


 命令で縛っているからこそ、この状況が成り立っている安堵があり、その反面、命令で縛っているせいで見えない子どもの本意に対する不安がある。


 不安からまた命令で縛り、見せ掛けだけの安堵を得てさらに不安を増す、まさに悪循環。

 命令で縛っているようで結局縛られているのは、自分の方なのかもしれない。






 アレオンもシャワーで汚れを落とし、揃って食事を済ませると、ようやく休息の時間だ。

 今回は普段付けっぱなしのベルトやポーチ、剣も降ろして、ブーツも脱ぐ。何が起こってもカズサに丸投げするつもり満々だった。


「おチビちゃんはどうする? しばらく俺と釣りする?」


 アレオンと違って特に寝不足ではない子どもを、カズサが誘う。

 おそらくは主人がひとりでぐっすり眠れるようにという、部下なりの配慮なのだろう。しかし、チビが近くにいる方が良い眠りにつけるアレオンは、『余計なことを言うなクソが』と内心で悪態を吐いた。


「釣り……」


 カズサに誘われた子どもがこちらを見上げる。

 これは、行きたいのか、どうなのか。表情がないから見当が付かないが、あいつに付いていく許可が欲しいのだろうか。

 そう思いながら見つめ返すと、チビは小さく首を傾げた。


「行った方がいい?」

「あ?」


 アレオンは子どもの言い方が『行ってもいい?』ではないことに目を瞬く。この言葉は、似ているようでニュアンスが全く違う。

 そこに『本当は側にいたいんだけど』という言外の言葉を読み取って、アレオンはとっさに顔を片手で覆った。


 やばい。

 気を引き締めておかないと、頬の筋肉が緩みそうで危うい。

 いや、チビとしてはただ単に、『側にいろ』と言ったアレオンの命令との兼ね合いによる言葉なのかもしれないが。


 どちらにしろ、アレオンとしては『行け』と自分から言う気にはなれない。できることなら子どもを抱き枕にして寝たい。

 かと言ってこんな時ばかり妙なプライドから命令ができなくて、アレオンは提案という形でチビの答えを誘導した。


「……一緒に寝るか?」

「うん」


 子どもがこちらに逆らえないことを知ってのずるい問い。

 それでも、あたかもチビ自身が選択したような状況に一応の安堵をする。

 向かいにいたカズサも特に突っ込むことはしなかった。


「おチビちゃんも寝るのか。寝袋は殿下の分しかないけど大丈夫? 今だけ俺の貸してもいいけど」

「テントの下にマットレスが敷いてあるし、俺がマントに包まって寝れば問題ない。チビに寝袋を使わせる」


 アレオンは岩の陰や木の根元でマント一枚で眠るのには慣れっこだ。テントのマットレスがあるだけでもかなり上等。

 躊躇いなく寝袋はチビに譲る。


 しかし、それを聞いた子どもはふるふると首を振った。


「ぼくはウサギさんがあればあったかいから大丈夫だよ」

「……確かにあのウサギはもこもふで温かいが、それは抱きついてる部分だけだろう」

「ぼくお布団ないの慣れてるし、平気」

「……殿下、ウサギさんて?」


 アレオンとチビの会話に、何故かカズサが入って来る。

 気にするほどの物ではないのだが、と思いつつも簡単に説明した。


「以前宝箱で手に入れたぬいぐるみだ。こいつが気に入ってるから持ち歩いている」

「宝箱から出たぬいぐるみ……。ちょっと気になるな。見せてもらえます?」


 こんな物に反応するなんて、このウサギのぬいぐるみが何だというのだろう。とりあえずポーチから取り出して渡すと、カズサはおもむろにその腹をごそごそと弄った。

 そしてすぐに何かを探し当て、テンションを上げる。


「お、すげえ、これ当たりじゃないですか! まあ、殿下が入るようなゲートの宝箱から出たアイテムなら、もしかするとありえるかもと思ったけど」

「当たりだと?」

「これ、見て下さいよ」


 全長90センチほどの大きさのウサギのぬいぐるみ、そのお腹の毛並みに埋もれてファスナーが付いている。

 カズサはそれを開けると、中からブランケットを取り出した。


「これと同じようなただの動物のぬいぐるみが宝箱からはよく出るんですけど、上位ゲートの宝箱からは極稀にこれが出るんです」

「ブランケット入りのぬいぐるみだったのか。気付かなかったな。まあ助かるが……だがこれが、当たりと言うほど貴重なものか?」

「もちろん。これ、最高クラスの耐寒・耐熱が付いてるんですよ。だから超稀少なんです。ただのぬいぐるみとの違いが分かりづらいので、知らない人が多いんですけど」

「へえ……」


 やはりチビが開けた宝箱は幸運補正がすごいようだ。

 このぬいぐるみをルウドルトが知らなかったのか、それとも知らない振りで見逃してくれたのかは分からないが、手元にあれば間違いなく役に立つ。


「どれだけ暑くても寒くてもブランケット一枚でしのげるというのは、かなりありがたいな。結構大きいし、伸縮もするみたいだ」

「優秀なのはブランケットだけじゃないんですよ。こっちのウサギの方もね……おチビちゃん、ちょっとこっち来て」


 カズサはチビを呼び寄せると、ウサギのガワを引き伸ばし、子どもに着せた。

 小さかったはずのぬいぐるみだが、ものすごくよく伸びる。チビが袖を通してファスナーを閉めれば、ジャストサイズのウサギの着ぐるみを着た子どものできあがりだ。


 あまりに似合うのでアレオンはついガン見した。


「あは、やっぱ似合うな、かっわいい~。見て殿下、こうすれば寝袋代わりになるし、装備としてもお役立ちでどんなに寒暖の過酷な環境でも自由に動けるんですよ。確か溶岩の中でも一時間くらい耐えられるはず」

「そっ、それは可愛……じゃなかった、それはすごいな」


 とりあえず毎日のチビの寝袋はこれに決定だ。


「ちなみにこのウサギ、めっちゃ伸びるんで殿下でも着れますよ。極寒や灼熱のゲートを攻略する時に着るといいんじゃないかな~」

「絶対着ねえ。想像させんなクソが」


 ウサギの着ぐるみを着てボス戦とか、シュールすぎる。

 思わず想像しそうになったけれど、うさ耳をゆらゆらさせている子どもを眺めることでどうにか回避した。


 それにしても思わずモフりたくなるその見た目、けしからん。

 どれだけけしからん手触りか、確かめておかないと。

 加えて、抱き枕としての性能も見たくなるじゃないか。


「これは、一刻も早く寝るしか……!」

「ちょw殿下、寝るのに気合い入りすぎじゃね? 寝るだけじゃなくて、ちゃんと眠って下さいねw」

「分かっている! 行くぞチビ!」

「殿下が寝る気合いじゃねえwww」


 カズサがやたらとウケているが無視だ。

 アレオンはウサギのチビを連れて、寝不足テンションの気合い満々でテントに向かった。


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