【七年前の回想】アレオン、苦肉の策
「さすが殿下、疲れ果てていても見事な剣捌きだ。ねえ?」
黒尽くめの男が、腕の中にいる子どもに同意を求める。するとその顔を見上げていた子どもは、無表情のまま頷いた。
……何でそんなに落ち着いて馴染んでいるんだ。
アレオンは剣を鞘に収め、二人の方に近付いた。
狐のようにつり上がった糸目と視線が合うが、未だ、この男からの殺意は見えない。
何を企んでいるのかと訝しみつつ、アレオンは二メートルほど手前で立ち止まって、不愉快さを露わに元『死神』を睨みつけた。
「おい、子どもを返せ」
「えー、せっかくいいもの手に入れたのに」
「ふざけんな、それは俺のだ。誰にも渡さん。返さねえと殺すぞ」
「……へえ」
あ、まずい。
男にニヤニヤとやに下がられて、はたと失言を自覚する。
こうして子どもへの執着を見せることは、この子どもがアレオンとの交渉材料に値すると吐露したようなものだ。
精神的にも肉体的にも疲労が限界の状況、注意力も散漫。
今のアレオンの状態でこの男とやりあったら、圧倒的に負ける公算が高い。この立場でもかなりの不利なのに、そこに子どもを人質に使われたらもはや抗えない。
「今の殿下に俺が殺せますかね? 俺がこのフロアに入ってきたことも気付かなかったくらいお疲れでしょ?」
「……貴様なんか興味もねえから気にしなかっただけだ」
もちろん嘘だ。元々この男の気配は余程注意深くないと気付けず、今のアレオンにはそんな余裕はなかった。
だがそれを正直に言う義理もなく、また男もどうせ分かっているのだから正しく返す必要もないだろう。
「……もう一度言う。子どもを返せ」
「俺のお願い聞いてくれたらいいですよ」
「はあ?」
『死神』が、自分に何の頼みがあるというのか。アレオンは怪訝な声を上げたが、しかしさっきこの男が確かに『アレオンに会いたくて探していた』と言っていたことを思い出す。
(何のつもりだ……話の内容が全く想像付かん)
以前半殺しにされた相手に何の用事があるのか知らないが、どちらにしろ子どもを盾にされては話を聞くよりなかった。
「……貴様のお願いとやらは何だ」
「あは、あっさり聞いてくれるんだ。やっぱり殿下にとってこの子は大事な子なんだねえ」
「うるせえ、そいつは役に立つんだよ。決して可愛いからとか良い匂いがするからとかじゃねえ」
「何か白状してるけど……まあいいか。あ、この子ホント良い匂いする」
「吸うなクソが!」
思わず怒鳴ると、またニヤニヤされて腹が立つ。
こいつ、体力全快したら絶対ぶっ飛ばす。
「早く言うこと言って子ども返せ、クソ狐目!」
「はいはい。あのね、俺、アレオン殿下の直属の部下になりたいんだけど」
「……ん?」
そんな怒るアレオンの耳に、ニヤけた男の理解不能な言葉が入って来て、つい怒りがすっぽ抜けた。
「…………部? 何だって?」
その内容が予想外すぎて、素直に頭に届かない。おそらく聞き間違いだろうと、アレオンはもう一度訊ね返した。
「だから、俺のことをアレオン殿下に部下として使って欲しいんですよ。俺、結構優秀ですし、役に立ちますよ?」
しかし訊ね返しても内容は変わらない。
いや、何の冗談だ。
一度どうにかその言葉を飲み込んでみたけれど、咀嚼して次にアレオンに湧き出てきたのは激しい拒絶反応だった。
「何企んでやがる、無理に決まってんだろ! 貴様、暗殺者で死神で、超胡散臭いニヤけ顔してる自覚あんのか!?」
「顔は関係なくありません? ニヤけてるのは、子どもを俺に取られて焦ってる殿下が面白楽しいだけですよ」
「そんな部下、断固拒否!!!!」
そもそもアレオンは他人となれ合うのは嫌いなのだ(この子どもと以外)。
同行者を作るなんて以ての外(あくまでこの子どもと以外)。さらにはそれがこんなヤバい系暗殺者だなんて、許容出来るはずがない。
「大体貴様、気に入らなければ依頼主でも殺す頭のおかしい奴として裏で有名だぞ。そんな危ない奴、側に置けるわけがないだろう。子どもの教育に悪い」
「子どもへの教育の悪さで言ったら、殿下も相当ですけどね。依頼主の話はまあ……色々ありまして。殺したのは本当なんで、別に弁解はしませんけど」
「そんないつ裏切るか分からん奴を部下にできるか」
「その点は大丈夫!」
吐き捨てるように言ったアレオンに、男はにこりと笑った。
「俺、以前アレオン殿下に半殺しにされた時に、その強さに痺れたんですよね~。分かるかなあ、豆腐ばっかり斬ってた俺が、ダイヤモンドの手応えに出会った喜び。何でも切れてつまんねえ、せっかく磨いた刃もこの世界に存在する意味なんてないんじゃねえかって思ってたところに見付けた、斬れない存在」
「今、正に斬られそうになってたんだが。それに煽るわけじゃねえが、今なら多分貴様にだって斬れるぞ」
「俺はダイヤモンドを見付けたかったんであって、斬りたいわけじゃないんですよ。まあ、この辺は多分殿下とは価値観が違うと思うけど」
確かにその説明だけでは、この男がアレオンにどんな価値を見出したのかは全然理解出来ない。
しかし、このつまらない世界に特別な存在を見付けた、その高揚感や心境の変化は分かる。今の自分がまさしくその状態だからだ。
男の妙に楽しそうな顔を見ながら、もしかして自分も子どもの前で表情が緩んでしまったりしていなかったかと少しだけ心配になった。
「結局、何が言いたい」
「殿下なら、絶対俺より先に死なないでくれそうなんですよね」
「……何だそれは」
「俺にとって、主が死なないことは重要なんですよ。だから殿下になら仕えられるなあって」
「貴様の言うダイヤモンドって、頑丈さの話か」
「超簡単に言うとそんな感じです」
やはりよく分からない。が、平時の頑丈さで言ったら確かにアレオンはそうそう死なないだろう。
しかしそんな基準で部下になりたいなんて。
(……変な奴)
何か企みがあるのかと思ったけれど、そういう様子もない。
この男の噂はちょくちょく耳にしたことはあったけれど、権力者には阿らない、気に入らなければ殺す、金額の多寡では動かないという話だった。そんな奴が、誰かの命で動いているとも思えない。
が。
「だが俺には部下など不要」
「えー。子どもは連れてるじゃないですか」
「それは俺のオプションだ。セット品だ。部下じゃない」
「俺もオプションでいいっすよ」
「貴様のような胡散臭いオプションいらん!」
「部下にしてくれるって言うまで子ども返しませんけど」
「うぐっ……!」
アレオンはその一言で押し黙る。この時点で、圧倒的不利だ。
残念ながら、今は力尽くで奪い返す余力なんてない。
アレオンは小さく唸った。
「……言っておくが、俺の部下になっても給金なんて一銭も出せんぞ。なんたって俺自身が常に金欠だからな」
「構いませんよ。俺の方が殿下よりはるかに金持ってるし。何なら俺が出資してあげますけど」
「部下に出資してもらう主人とか立場弱すぎんだろ!」
「出資に対する見返りは、めっちゃ仕事与えてくれるとか、時々思いっきりぶん殴ってくれるとか、そんなんでいいです」
「ドMか! 怖いわ!」
こいつの中で主と部下の定義は一体どうなっているのか。
変な奴というか、変態だ。憲兵さん、こっちです。
内心で突っ込んだアレオンに、なぜか目の前の男の方がやれやれといった顔をした。
うんざりしているのはこっちなんだが。
「殿下、冷静に考えて下さい。この先も進むとしたら、さらに寝不足で体調不良のまま行くことになるんですよ? もうひとり、見張りをしてくれる優秀な部下がいれば、それを解消できると思いません?」
「うっ……変態のくせに正論を述べやがる」
「おまけに俺の野営用品は超充実してます。テントに寝袋、ポータブルかまどセットに簡易シャワー……。この子にすこぶる快適なお休み空間を与えられます」
「な、何だと……!? くっ、子どもを引き合いに出すとは卑怯な……!」
狐目の男の言葉に、ついぐらぐらと気持ちが揺らぐ。
確かにこの後の事も考えると、こいつを連れていた方が断然楽だ。
何より、子どもをマントを敷いただけの地べたに寝せることもないし、シャワーの温かいお湯で身体を清潔にもしてやれる。
「おまけに俺、結構マメだし。俺、間違いなく殿下より子どもの世話上手いっすよ」
それを言われるとぐうの音も出ない。
今まで他人の世話なんてしたことのないアレオンは、子どもをどうケアしてやればいいかなんて分からなかった。
その上ほとんど命令でしかコミュニケーションを図れない始末。
……少し。少しだけ、子どもと接する手本が欲しい。
「……このゲートを出るまでだ」
「はい?」
「とりあえず、このゲートを出るまでお試しで使ってやる。それまでに気に入らなければ、貴様は即解雇だ」
アレオンは苦肉の折衷案を取った。
このゲートにいる間だけ(この子ども以外の)他人が側にいることを我慢し、その間に子どもへの接し方を学んでやる。そう決めて。
一方その言葉を受けた男は、こちらの思惑を知ってか知らずか不敵にニヤリと笑って頷いた。
「それでいいですよ。……ゲートを出る時が楽しみですね」
こうしてアレオンたちは、このゲートにいる間だけ三人パーティになることが決まったのだった。




