【七年前の回想】追いついた暗殺者
翌日、アレオンは子どもを連れて、件のランクSのゲートへとやって来た。
周囲に人の気配がないうちにさっさと封印を解き、中へと入る。
一応遠巻きには見られても問題ないようにマントを羽織ってはいるが、姿を見られないに越したことはないのだ。
アレオンとしては特に、子どもを連れているところを見られたくなかった。
(後はゲートで遭遇した人間を漏らさず殺せば、俺が子どもを連れていることはバレない)
万が一、アレオンが子どもを連れているなんて話が魔研に伝わったら一大事だ。子どもを見られたら始末する。これは決定事項。
その上でできるだけ奥に進み、暗殺者との遭遇頻度を減らそうとだけ考えていた。
「とりあえずどんどん下るぞ。前のパーティが入ったのは一年前だそうだから、敵もギミックも完全に再生成されている。一からの攻略だ」
「敵が出たらぼくも魔法で戦う?」
「俺が指示するまでは魔法を使わなくていい。そもそもあんまり戦うつもりもないし、いざという時のために魔力は温存しておけ」
「うん、わかった」
アレオンとしては、まずは敵を出来るだけフロアに残しつつ、10階は進みたかった。
敵を残しておけば、もしも後続が入って来ても魔物が足止めになってくれる。
一応浅い階のギミックに関しては過去のレポートから傾向が分かっているし、どうにかなるだろう。
「ついてこい。はぐれるなよ」
「ん」
頷いた子どもがこちらのマントの裾を掴んだのを確認して、アレオンは最初の階段を下った。
浅層階のギミックは、床のパネルを移動して階段までの通路を作るような、パズル的なものが多いようだ。
少し頭は使うが、解法のパターンさえ分かっていれば然程時間は掛からない。えげつない罠が掛かっているよりはずっと楽だった。
このあたりは敵にさえ当たらなければ、だいぶサクサクと進める。
レポートでも、難儀するのは20階を越えたところからだと書いてあった。
アレオンはこの一日二日で、その20階に到達する算段を立てている。
そこまで行けば、四人未満で下りて来れる冒険者・暗殺者は格段に減るだろう。
ここはランクAのボスクラスが雑魚としてウヨウヨしているランクSゲート。アレオンのようにすいすい進める者などそういないのだ。
(だからこそもしも俺たちの前に暗殺者が現れるとしたら、相当な手練れということになるが……)
長丁場になる今回、それに対応出来る状態を保てるかが問題だ。
いつもの短期決戦型の攻略なら多少の休息のみで寝ずに済ませるが、今回はそうも行かない。
子どものためにも一日一回は食事をちゃんと取らせたいし、就寝時間も設けたい。その間アレオンが寝ずに周囲を警戒するとしても、きちんと集中力が続くのは良くて四日ほどだ。
ギミックも解きながらとなると、おそらく精神的な疲労は結構なものになる。
(ランクSなら中ボスフロアが30階にあるはずだ。そこで数日野営するか)
中ボスフロアには他の雑魚敵が出ない。もし自分たち以外の人間が現れれば、すぐに気配で分かる。
そこでなら幾分休息が取れるだろう。まずはそれまでの辛抱だ。
(……問題は、何日くらいで30階に到達するかだな)
20階以降は、大体一日1階くらいしか進まなかったパーティが多いらしいが……まあ、行ってみるしかない。
アレオンはとにかく解けるギミックはどんどん解いてしまおうと、子どもを連れてフロアを下っていった。
「ああくそ、腹の立つ!」
すでにゲートに潜って六日目。
アレオンは未だ十分な睡眠は取れておらず、だいぶ集中力を欠いていた。
それでも到達した29階。あとひとつ下りれば多少の休息は取れるだろうと思っていたのに。
「俺たちが苦労して解いたギミックを使ってひょいひょい下りて来やがって……殺す!」
アレオンを倒して名を上げようという暗殺者が、とうとう追いついてきたのだ。
見たところ三人か。二人が暗殺者、あと一人は魔導師崩れの盗賊のようだった。
アレオンは子どもをさりげなく背後に庇って前に出る。
その強い殺気を向けられても、さすがにここまで来た三人は怯まなかった。
「あんたがアレオン殿下か。……この殺気、確かに化けもん並に強そうだ。だが、あんたを倒せば『死神』の称号が手に入るんだ。死んでもらうぜ」
「先に入った奴らは途中で魔物にやられたようだが、俺たちはあんな雑魚とは違う。覚悟しろよ」
どうやら他にも入ってきていた輩はいたようだ。しかし、ここまで到達したのがこいつらが最初だったということだろう。
大して消耗した様子もないところを見ると、その実力も侮れない。
(戦士や剣士ならまだしも、トリッキーな隠密系が三人か……連携されると面倒だな)
万全な状態ならどうにか対応できるだろうが、今はかなり状態が悪い上に子どもを護らなくてはならないのだ。
子どもを抱えて戦えば力と早さと集中力のバフが掛かるが、さすがにこんな奴らと戦っている最中では危険すぎる。摩耗した身で戦うより仕方がなかった。
とにかく、一瞬たりとも気を抜けない。
アレオンは深呼吸をし、なけなしの集中力を総動員する。
「チッ……貴重な魔物避けを使うんじゃなかった。貴様らの背後から魔物にガブッといってもらえたのに」
「俺たちにとっちゃ、邪魔が入らなくてありがてえな。しかし、あんたほどの男が魔物避けに頼るなんて、ここまで来るのに余程消耗してんだろ? すぐに楽にしてやるよ」
三人は各々で武器を取り出した。
暗殺者二人は魔法効果の付いた短剣、盗賊は魔石の填まった弓。
飛び道具持ちがいるのがかなり面倒臭い。
(とりあえず子どもに全く目が行ってないのだけが救いか)
殺気もなく、ガリガリの小さな子どもは、暗殺者たちにとって何の脅威でもないのだろう。
そもそも、普段は単身のアレオンがなぜこの子を連れているのか知らないのだから、人質として有効なのかどうかも判別できないに違いない。
そして何より、彼らにはアレオンがこれだけ消耗しているなら力押しで倒せるという自信があるのだ。
(それなら下手に子どもを庇って戦うよりは、距離を取ってしまった方がいいかもしれない)
この子どもがアレオンにとって重要であると知られてはいけない。
敵のいる危険な状態で、彼の側を離れることはとても勇気の要ることだけれど。
「……しばらく、俺の側に来るな」
後ろの子どもに、こそりと小さく今までと逆の命令をして、アレオンは数歩踏み出した。
……大丈夫。子どもはついてこない。
(問題ない。この子が気付かれる前に、とっとと終わらせてしまえばいいことだ)
自分をそう説得して、しかしそれでもどこか焦燥を感じつつ、アレオンは剣を抜いた。




