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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】ゲートでの懸念

 二日後、ルウドルトが再びアレオンの部屋を訪れた。


 その手には見慣れた書類が一枚。それは、次なるゲート攻略の指示書だった。


「アレオン殿下、何か良い方策は浮かびましたか?」

「ねえよ。何につけ、俺には自由に出来る資金がないからな。……兄貴は何て?」

「赤飯が炊きたかったと」

「クソどうでもいい」


 アレオンは今日もソファで隣に子どもを置いて、ルウドルトに応対する。側に置いておかないと何だか不安なのだ。

 ルウドルトもそんなアレオンの内心を察しているのか、特に何も言わなかった。


「いっそ外で金持ちのキャラバンを襲ってもいいが、後々追われるのは面倒だしな……」

「止めて下さい、バレたら王族の権威の失墜です。アレオン殿下だけなら結構ですが、ライネル殿下が巻き込まれるのは許しがたい」

「だから、面倒臭えからやんねえって」

「もっと倫理的な理由で諦めて下さい」


 ふて腐れたように言い放つアレオンに対し、ルウドルトは呆れたため息を吐いた。


「私があなた方のようなクセが強くて七面倒な兄弟に仕えてるのは、現王を廃し、ライネル殿下にエルダールを治めていただく、それだけの目的のため。それを阻害するようでしたら私も黙ってはいません」

「分かってるよ。お前も大概面倒臭えな」


 戦えば、剣の腕では完全にアレオンの方が優位。しかしルウドルトは、時折こうして臆さずに戦意を示す。彼にはブレない信念があるからだ。

 ライネルがその意志の強さを信頼し、好んで側に置いていることをアレオンは知っている。


 だからこそアレオンもルウドルトを信用し、一目置いているのだ。それぞれの立ち位置が明確だからこそ、衝突するようなことはそうそう起こるはずもない。

 二人の話が対立に発展することはなく、すぐに本題に戻された。


「特に策がないのでしたら、これを」


 ルウドルトが、アレオンに向かって攻略指示書を差し出す。


「私はアレオン殿下が犯罪に走る前に、もう少しだけ時間稼ぎをするご提案を持ってきました」

「時間稼ぎ……って、ゲート攻略が?」

「そうです。……ライネル殿下も『猶予が三日は短い』とおっしゃって。まあ、私は頑として譲りませんでしたけども」


 ライネルが短いと言ったなら、その間に取れる対策がほとんどないということだ。それでもルウドルトが主の言葉に譲らなかったというのは、やはりリスクが高いと考えてのことだろう。


 その折衷案として持ってきたのが、ゲート攻略の指示書ということなのか。

 アレオンはその用紙を手に取った。


「地下100階まであるランクS……。これ、すでにゲート測定器で深度もボスも判明してるとこじゃねえか。ギルドの冒険者で十分だろ」

「問題はランクではなく、これまでのパーティアタック数と所要時間です」

「……は? 何だこれは……アタック数58回で、到達最下層が45階……? 平均ゲート内滞在期間、24日……。1日に2階前後しか進まないってことかよ」


 探索の進みが遅いゲートというのは、つまりかなり特殊だということだ。

 水中ゲートだったり、酷暑・極寒ゲートだったり、ギミックだらけだったりで、1回ごとのフロアの通過が難しい。


 指示書を見たところ、どうやら今回はギミック関係のようだ。

 何でこんなゲートを、と怪訝な顔をすると、ルウドルトは説明を始めた。


「探知魔法というのは、ゲートの中まで及ばないのだそうです。なので、殿下がその子を連れてゲートに潜ってしまえば、しばらく探知不能になります」

「ああ、なるほど……。魔研で探知魔法を発動した時にゲートの中にいれば、所在不明になるわけか。……ゲートの中の方が安全だなんて皮肉なもんだが」

「そして、普通の力押しで攻略出来るゲートだと殿下が数日で出てこないと不審がられますが、このギミック系ゲートは知的攻略難易度が高いため、しばらく潜っていても不審に思われません」


 確かに、これだけのパーティがアタックして攻略できていないのだから、アレオンが攻めあぐねても不思議ではない。

 しばらくの間、ゲートの中に身を潜めていられるだろう。


「アレオン殿下がこのゲートに潜っている最中に、ライネル殿下が色々と調べて対策を講じてみるとおっしゃっていました」

「それは助かるが……いいのか?」

「ライネル殿下自らのお申し出です。どうもあの方は、その半魔の子どもにいたく興味をお持ちのようで」

「兄貴が、こいつに?」


 アレオンは意外に思って目を瞬いた。

 ライネルは普段なら、自身の眼鏡に適った信頼出来る者にしか興味を示さない。立場上、目を掛ける者を厳選しているはずなのだが。


 もしかして、後々の戦力として期待しているのだろうか。

 実際、この子どもの魔力は尋常ではない。味方として置いておけばかなり役に立つのは間違いないけれど。


「もちろん、目立つ助力は極力致しません。私もこの部屋以外でアレオン殿下と接触するのは危険ですから、お二人が出ている間は外で会っても関わりません」

「それでいい。こっちはこっちでゲートの攻略は勝手にやるしな」


 まあとりあえず、これで喫緊の懸念は回避できる。ルウドルトの持ってきてくれた提案は、策を持たないアレオンにとっては十分すぎるほどだった。


「今回はいつもより攻略期間が掛かるので、陛下に交渉して資金を多めにいただいてきてあります。食料と消耗品、厳選してお使い下さい」

「ああ、これならいくらかマシなもんが買えるな。あとはゲートの中でどれだけ食料が手に入るかだが……」


 これに関しては運次第だ。ゲートは入るたびに形状が変わる。同じ森のフロアでも、果樹がたくさんあるフロアもあれば、枯れ木ばかりのフロアもある。

 ギミック関係は一度解除してしまえば、しばらくそのままではあるけれど。


(まあ、運頼みならこの子どもがいれば平気か)


 アレオンは先日のゲートでの充実した食生活を思い出す。

 いや、食生活だけではない。子どもの運のおかげで手に入れたアイテムもだいぶ役に立った。


 すでに全部回収されてしまったが、魔法剣も状態異常無効の指輪もボス戦で大活躍だったのだ。

 だからきっと、次のゲートでも子どもの幸運は発揮されるのだろうという確信がアレオンにはあった。


「よし、問題ない。今日のうちに必要なものの調達を済ませて、明日の朝一番でゲートに出立することにする」

「それが良いと思います。……ゲートの攻略が不可能だった場合は、日数を潰して適当なところで切り上げてきて下さい。どうせ一時的な避難場所のようなものなので」

「ああ。一応攻略は目指してみるけどな」


 基本的に面倒なギミックだが、今回のように時間を掛けることが目的なら良い暇つぶしだ。頭を使っての試行錯誤は嫌いじゃない。

 何より、この子どもと一緒なら苦痛でも何でもない、謎解きのアトラクションのような気分だった。


「ランクSならSSのゲートに比べればだいぶ気楽だ。少し多めに宝箱も開けてくるかな」


 いつもなら無視をするフロアの宝箱も、子どもと開ければ楽しい。

 そう考えて呟くと、不意に目の前のルウドルトが眉を曇らせた。


「確かに、ランクSSに比べると、ランクSは幾分リスクは低い。……このゲートは、それが少し懸念材料なのですが」

「……何のことだ?」


 リスクが低いことが懸念材料とはどういうことか。

 アレオンが訊ねると、ルウドルトはこめかみに指を当てて口を開いた。


「ハイエナが出るのです」

「ハイエナ? ……おこぼれをもらいに来る奴がいるということか?」

「そうです。高ランクゲートを攻略するパーティの後からこっそり入って、取り漏らした宝箱や素材を手に入れる輩です。……ランクSだと、そういう人間が侵入してくる可能性があります」


 ランクSSまで行くと雑魚敵にでも瞬殺されるが、ランクSならどうにか生き残れるというレベルの冒険者が、おこぼれ目的に入って来るという。


 ゲートには一度に六人までしか入れないルールがあるため、攻略パーティが物資の補充にゲートを出た隙などに入り込み、レアアイテムを手に入れて楽して大金を稼ぐのだ。


「普通のパーティは六人でゲートに入るので中で遭遇することはないのですが、アレオン殿下の場合、子どもを入れても二人。四人分の余剰があるので、侵入してきたハイエナと遭遇するかもしれません」

「それは、面倒臭えな……」


 ランクSゲートは基本的に冒険者ギルド管轄。一応封印はされているものの、どこかのゲートが攻略のために解除されれば、その情報は裏で金を払えばすぐに手に入る。


 アレオンたちがゲートを攻略している最中に他のパーティが忍んで来るというのは、十分あり得ることだった。


「まあこっちに接触はせずに、俺が取らない素材を遠巻きに剥いでいくぐらいなら許容してやるが」

「その程度の輩なら私も大して気にしないのですが」


 ルウドルトの懸念はまた別らしい。

 彼が考えていたのは、違う目的を持った輩の存在だった。


「……アレオン殿下が攻略していることは伏せさせる予定です。が、ランクSゲートを単身、もしくはお付き一人を付けた二人だけで攻略する者は他にいません。おそらく、すぐに殿下が攻略中だとバレるでしょう」

「ああ……まあ、そうだな」

「私が危惧しているのは、ハイエナ連中からその情報を得て、アレオン殿下狙いでゲートに入る輩の存在です」

「……そういや、時々出るな。そういうアホが」


 過去にも攻略中のゲートがバレて、クリアして出てきたところを狙われたことがある。

 いつもはランクSSだからゲートの中まで入って来ることはないが、今回はギルド管轄のランクS、攻略の最中にゲート内部で襲われることもあるということだろう。


 その目的はアレオンの正体を暴いて強請ゆするためだったり、剣聖を倒して名を上げようという功名心だったり、身代金目当ての誘拐だったりと様々だ。


 ランクSSの魔物を倒せない輩が、そのゲートを潰すアレオンをどうにかできると思っているのだからアホすぎる。


「入り込めるのは四人までなので、六人で編成されたパーティは中に入らないでしょう。今回もしアレオン殿下をゲート内で狙うとするなら、魔物をかわしながら少人数で動く盗賊グループか暗殺グループ。特に暗殺グループは地位の高い難物を殺すほどに名が売れて仕事が舞い込みますから、アレオン殿下を狙ってくる可能性が高い」

「あー……確かに、ゲート出た時も暗殺者にはよく遭遇するな」

「奴らは相手が弱っているところや油断しているところをピンポイントで狙いますからね。だからこそ力押しで来るタイプよりも厄介なのですが」


 ランクSSのゲートでも待ち伏せされていたということは、どこかから王宮のゲート情報も漏らされているのだろうか。……まあ、今の古狸だらけの腐った王宮内では十分あり得る。


 だが待ち伏せされたところで、今までアレオンが不覚を取ったことはほとんどないのだから問題はない。顔を見た者は殺し、剣に手を掛けた者も殺し、逃げようとする者も殺してきた。


 それがまた、『アレオンを殺せば最上級の箔が付く』と言われ、暗殺者に狙われる理由にもなっているのだけれど。


「とりあえずゲート内でも背後に気を付けて、見付けた賊は即殺せということだな」

「簡単に言えばそうです。……特に、今回は子どももいますから。人質などに取られないように、十分気を付けて下さい」

「……ああ、そうだな。さすがにいつも通りとはいかないか」


 この子どもも十分強いが、暗殺者などはそういう単純な戦力だけで対応するのは難しい。確かに、これは気を付けないといけない。

 アレオンはいつになく強く気を引き締めた。


「さらにもうひとつだけ、情報をお伝えします」

「まだ何かあるのか」

「これは隠密たちからの情報なのですが」

「……オネエたちからの?」


 ライネルは密かに、専従の隠密を四人ほど抱えている。皆、現国王に対して少なからず恨みを持つ者たちだ。アレオンもいくらか面識があった。


 兄の眼鏡に適った隠密たちは、もちろんとても優秀。その情報ならば、無視は出来ない。


「あいつらが、何て?」

「以前、アレオン殿下にめちゃくちゃにやられた暗殺者が、復活して王都に戻ってきているそうです」

「ああ、あの討ち漏らした奴か……? まだ生きてたのか」


 ルウドルトの言葉で、すぐに一人の黒尽くめの男が脳裏に浮かぶ。

 アレオンが討ち漏らした人間など、過去にほとんどいないからだ。ここ数年だとその男しか記憶にない。


 上手く急所をずらされて、確実な致命傷を与え損なったところで逃げられていた。


 確かその界隈では向かうところ敵無しの、特級クラスの『死神』と呼ばれる暗殺者だったはずだ。アレオンに叩き潰されて、その称号はすでに失われているけれど。


「その男が、アレオン殿下のことを探っているようなんです。……もしかすると、今回の情報が漏れればゲートに侵入してくるかもしれません」

「チッ、過去の屈辱を晴らす復讐リベンジか……。あいつが仲間を連れて襲ってくるとかなり厄介だな」


 その『死神』との戦いではアレオンも少なからずダメージを負った。当時はまだタイマン勝負だったから良かったが、仲間を引き連れてこられると、子どもを護りきれるかどうか厳しいところだ。


 まあ狙いがアレオンならば、この子どもがいきなり殺されることはないだろうけれど。


「……どっちにしろ、魔研の探知を避けるにはゲートに潜るしかない。先に他のどうでもいい冒険者がゲートの六人の定員を埋めてくれりゃ、どうにかなるだろ」

「そうですね。子どもが見付かって陛下やジアレイスたちと面倒事に発展するよりは、厄介ごとの発生確率は低いかと」

「そう願いたいがな」


 とりあえず、行かないという選択肢はない。

 アレオンはもうこの子どもを魔研と関わらせるつもりはないのだ。


「アレオン殿下、何にせよ準備は周到になさいますように」

「分かっている」


 子どもに側にいろと命令したのは自分。

 だから責任を持ってこの子どもを護るのも自分の役目。


 隣でこちらを見上げるガラス玉のような瞳の奥にはどんな感情が眠っているのか。それを内心で不安に思いながらも、アレオンは命令するしかなかった。


「……俺から勝手に離れるんじゃないぞ」

「うん」


 これが命令でなく、子どもにとっての当たり前になるように願いながら。


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