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弟、兄の正体を知る

 豪華な部屋で、高そうなテーブルセットに座って、ユウトは軽い食事をいただいていた。

 昼食を食べ損ねたことをネイが伝えていたようで、いつの間にか準備されたのだ。

 手を付けて良いのか少し迷ったけれど、笑顔のメイドに促されたユウトは、お腹が空いていたこともあって結局食べきってしまった。最後に香りのいいお茶を出されて、胃が落ち着く。


 そこに至ってようやく給仕の手を止めたメイドに、ユウトは首を傾げて訊ねた。


「あの、さっきの方はどなたですか?」

「私たちのご主人様でございます。それ以上はまだ内緒、だそうです」


 どうやら、正体を明かさないように言われているらしい。何故だか窓も閉じられていて景色が見えないから、ザインのどこにいるかもよく分からないし。

 貴族以上の身分の家なのは間違いないけれど。


 ザインには貴族ばかりが住む区画もあるが、一度も行ったことはない。帰り道の分からないユウトは、どちらにしろおとなしくレオの迎えを待つしかなかった。


 ふと時計を見ればもう午後3時過ぎ。

 ということはもう国王の祝詞が始まっているはずだ。見に行きたかったんだけどな、とユウトは少し残念に思う。

 でもまあ、この国にいればまた見る機会はある。次の機会を待とう。


 それよりもネイだ。今日でザイン滞在は終わりのはず。結局食事もできなかったし、お別れの挨拶もしていない。

 仕事に戻ったというけれど、彼は今どこにいるのだろう。


「ネイさんは、またここに来ますか?」

「……そうですね、ご主人様が命じれば来ると思います」


 あの人が命じれば……ということはあの人がネイさんの清掃関係の上司だろうか? それにしてはだいぶ位が高そうだったけれど。


「挨拶くらいしたいけど、わざわざ呼び出してもらうのも申し訳ないな」

「彼は基本的に自由な男です。そのうちふらっと訪れるかもしれません。会いたければ勝手に来るので、挨拶など放っておいてよろしいかと存じます」

「そう、なんですか?」


 何だか、ネイへの扱いが雑だ。それでいいんだろうか。


 その時不意に、部屋の扉がノックされた。

 メイドが一旦話を切り上げ、こちらからもノックを返すと扉が開く。そこには別の使用人らしい人物がいて、2人で連絡事項か何かを伝え合っていた。


 そこでユウトはふと違和感に気付く。

 開いた扉の僅かな隙間から、歓声が聞こえるのだ。あそこが閉じている時は、全然聞こえなかったのに。


 ……この部屋、完全に外からの音を遮断されている?

 いや、遮断されているのは音だけだろうか。

 外の様子が見えないように窓が閉じられているのも不思議だし、ノックに反応したメイドが、自分から扉を開けずにノックを返したのもおかしい。あの扉は内側から開かないのかもしれない。


(……もしかして僕、閉じ込められてるのかな……?)


 あの歓声は国王に向けられたものだ。ということは、ここは御用邸のすぐ近く。兄に迎えに来てもらわなくても帰れる場所だ。

 なのに、それを隠してユウトをここに留め置く理由が、自分にはよく分からなかった。


(危害を加えようと思ってたら、さっき寝てる間にいくらでもやりようがあったはず。目的は僕じゃないのか。……だとすると、兄さんをここに呼び出すため?)


 どちらにしろ、理由がよく分からない。ネイがここにユウトを連れてきたことに関しても、一体何の繋がりがあるのか。


 表情には出さず、お茶を飲みながら考えていると、ふと歓声が静かになり、朗々と祝詞を上げる男の声がした。

 この声……さっきの人だ。ここまで通るとても良い声。


 あれ、この時間に祝詞を上げているイケボって……。


 カチャリと扉が閉められて、再び室内は静かになった。

 しかし、もうユウトの脳内にはさっきの男が誰なのか、答えが出ている。

 ライネル国王だ。そして、ここは御用邸の中の一室。

 これを戻ってきたメイドに確認してもいいが、きっと正誤の答えはくれないだろう。


(でも、だとすると余計分かんないな。国王が僕を閉じ込めて兄さんを呼び出す意味……)


 最近日本から転移してきたばかりの自分たちと、国王の接点は皆無だ。ネイが彼の部下だとして、唯一の関わりはユウトと出掛けることくらい。ユウトが知る限り、ネイがレオと接触している感じはしなかったのだけれど。


 しかし、ふと思い出す。彼がザインで捜していた人。その特徴。

 冒険者に紛れている。かなりの実力の持ち主。……そういえば、一度レオに会わせて欲しいと言っていたっけ。すぐに撤回していたけど。

 あの時、何かを確信した様子だったのは……もしかして、本当にレオが捜し人だったから?


 そうだ、確かネイは雇い主がその人を必死で捜しているとも言っていた。つまりそれを捜していたのはライネルだ。

 だんだんと点が線になっていく。


 ネイが兄を捜し人だと確信したらしいあの時、ユウトは何を話していただろうか。


(……ネイさんが反応したのは、僕が『5年より前の記憶がない』と言った時だ)


 5年前。ユウトははっとした。

 今さらながらその単語で、ある可能性に気付いてしまった。

 そう、日本でレオがユウトを引き取ったその年。それはエルダールでライネルが実父を殺した年であり、彼の『剣聖』と呼ばれる弟が死んだ年でもあった。


 ……しかし、もし5年前に『剣聖』が死んだのではなく、日本に異世界転移していたとしたら。あり得ないことではない。実際、自分たちは日本からこちらに転移してきた。……それも、レオは自力で飛んできた。


 思えばレオはやたらとこの世界のことに詳しかった。そして最初から剣の腕は並外れていた。

 ああそうだ、最初にチート能力のことを訊いた時、『ずるいことなんてしていない』とも言っていた。つまりあれがそのまま、兄の実力だったのだ。

 だとすれば、ほぼ全ての点が繋がり、今までの疑問が腑に落ちる。


 そうか、兄は『剣聖』と呼ばれた王弟なのだ。


 ようやくそこまで思い至って、ユウトは眉を顰めた。

 つまり自分は、兄王であるライネルが王弟であるレオを呼び出すための、餌にされているということだ。

 ライネルにどういう思惑があってレオとの接触を試みているのか知らないが、良い状況でないのは確か。


 レオが感謝大祭が近くなってからめっきり外出しなくなったのは、国王の手の者に見つからないためだったのだろう。兄自身はライネルに会いたくないのだ。

 しかしユウトが閉じ込められていると知れば、レオはきっとここに来る。


 万が一、兄に害が及ぶようなことがあったら、自分のせいだ。

 ……そんなことになったら、自分が何をしでかすか分からない。


 ユウトは息苦しさを感じてブラウスの胸元をぎゅっと掴んだ。


 つまびらかになった状況、なのに自分だけが分からない。

 レオが王弟なのは分かった。そしてユウトが確実に彼と血が繋がっていないことも。


(……だとすれば、僕は誰?)


 自分だけが何とも繋がっていない。そんな中、唯一、レオの存在だけがユウトを支えている。

 彼に何かあったなら、きっと、ユウトは無くなってしまうだろう。数多のものを道連れにして。


(……何でだろ、昔、同じような状況があったような……)


 何故かユウトの脳裏には、初めて魔法を使った時にイメージした、大きな爆発の激しい光と熱と風圧の記憶が浮かんでいた。いつのものか分からない光景、周囲を焼き尽くすインフェルノ。


 ただの空想じゃない。それが現実になり得ることをユウトは心のどこかで分かっていた。






 それからどれくらい時間が経っただろうか。

 言祝ぎを終えたライネルが部屋に戻って来た。それと入れ替わりでメイドが部屋を出て行く。


「お待たせしたね。……どうしたんだい? 暗い顔をして」


 ユウトとは対照的に国王は明るい顔をしている。

 この人は今何を思っているのだろう。後ろ暗いことを考えているようには見えないけれど。


「……あなたが誰だか分かりました」

「あれ、早いな。もうちょっと焦らしたかったんだけど」


 正体を知られることは特に問題ないらしい。何だかつかみ所の無い人だ。国王のくせに今日初めて会ったばかりのユウトを相手に二人きりだし。こっちがミドルスティックしか持ってないから、油断してるんだろうか。


「ライネル国王陛下ですよね」

「そうだよ。当たり」

「国王様が、不用心じゃないですか。会ったばかりの武器を持った人間と二人きりになるなんて」

「ふふ、別に。だって君はあいつの弟だろう? 良い子に決まってるからね」


 あいつ、というのはもちろんレオのことだ。

 ……どういう思惑からの言葉かよく分からない。牽制している?

 しかし、それは些末事。ユウトとしてはとにかく、兄がここに来る前に帰りたい。

 話の脈絡も考えずに、ユウトは立ち上がってライネルに訴えた。


「あの、僕ひとりで帰ります」

「ああ大丈夫、さっきお兄さんが迎えに来たって連絡があったよ」

「えっ、もう!?」

「特別に誂えた部屋に入ってもらっている。これから一緒に会いに行こう」


 レオはすでに到着しているという。それに慌てたが、とりあえずちゃんと会わせてくれるみたいだ。ひとまず安堵する。

 それに微笑んだライネルは、ユウトを連れて部屋を出た。


 絨毯の敷かれた廊下を通り、彼の後ろについて階段を降りていく。

 国王はいくつもある大きな扉を通り過ぎ、どんどんと奥まってくる廊下を進んだ。そして、その突き当たりにある鉄格子のような扉を開ける。


「あ、あの、どこに行くんですか……?」


 この先に来賓室のようなものがあるとは到底思えない。困惑気味に訊ねると、振り返ったライネルは笑顔に乗せた良い声で答えた。


「ああ。地下牢だよ」


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