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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【七年前の回想】あるはずのない既視感

 肉を食いたいという子どもの要望に応えて、夕食はハンバーグにした。

 食材はふんだんにあるから今日はだいぶ豪華だ。


 魔研で料理らしい料理など食べたことのない子どもは、アレオンの作った食事を小さいなりによく食べた。

 表情からは分からないが、おそらく気に入ってくれたのだろう。


 今回は不得意ゲートのため、長丁場になるに違いないと調理器具と調味料のセットを用意してきたのは正解だった。




 十分な食事を終えて一息吐くと、満足した子どもは次に部屋の奥をしきりに気にしだした。


 何かと思ってその視線の先を追えば、まだ開けていないレア宝箱がある。どうやらあれが気になるようだ。


 こういうところに入っているのは、だいたい上位の回復薬や深部のゲートから脱出できる離脱アイテムなのだけれど、子どもにとっては中身より宝箱というその存在自体が興味をそそるのだろう。


 アレオンは顎をしゃくって子どもを促した。


「開けてきていいぞ」


 この宝箱は報酬だから罠は掛かっていない。

 どうせ部屋を出る前に覗いていこうと思っていた程度の宝箱だ。アレオンにとっては、上位聖水でも入っていてくれればそれでいい、くらいの期待値の宝箱である。


 もちろん普通の冒険者にとってはとてもありがたい宝箱なのだが、このあたりのランクのゲートをさんざん巡っているアレオンには、そのありがたみもなくなっていた。


「いいの?」


 アレオンの許可に、子どもはすぐさま立ち上がる。

 表情は変わらないが、やはり興味津々だったのだろう。


「構わん。どうせ俺が開けたって、大したものは出ないしな。お前が開けた方が、少しは良いものが出るだろ。気にせず開けてこい」


 宝箱にどれほど補正が掛かるのか分からないが、幸運がついていないよりはついてる者が開けた方がいい。

 そう思って再度促すと、子どもはすぐに宝箱に向かった。


 そして、自分がちょうどすっぽり入れそうな大きさの箱の前に跪き、両手を合わせる。


「良いものが、入っていますように」


 そして何とも子どもらしい願掛けをして、その蓋に手を掛けた。

 通常の宝箱にはアイテムひとつ。だが運が良ければ同時に最大三アイテムまで出ることもある。

 さて、この子どもは何を手に入れるだろう。


 アレオンは首だけをそちらに向けたまま、小さな手が少し重たそうに蓋を頭上まで持ち上げるのを眺めた。


「どうだ、何が入っている?」

「ん、えっと」


 子どもがようやっと蓋を上げきり、宝箱の中を注視する。

 そのまま上半身を突っ込むようにして何かを取り出した。


「ウサギさんがいる」

「ウサギ……? 何だ、ぬいぐるみか? 見たことないアイテムだな」


 子どもが取り出したのは少し大きめのぬいぐるみらしきウサギだった。

 時々換金しか使用法のない娯楽アイテムがあるが、その類いだろうか。


「他には?」

「あのね、もう一個……あ」


 再び上半身を宝箱に突っ込んでいた子どもが、おそらく持ち上げようとしたアイテムの重さに負けたのだろう、そのままころりと箱の中にまろび入った。

 その拍子に宝箱の蓋が下りてしまって、アレオンは慌てて立ち上がる。


「おい、何してんだ、大丈夫か」


 別に鍵が掛かったわけでもないから問題ないと言えばそうなのだが、あんなに小さくて細いから、頭を打ったりどこか挟んだりしていないかと心配になるのだ。決して過保護的なものではない、念のため。


 大股で宝箱に近寄って、先程子どもが重そうに持ち上げていた蓋を、アレオンはいとも容易く持ち上げる。


 すると中では転がった子どもがそのまま仰向けでこちらを見上げていて、宝箱を覗き込んだアレオンはそれを見下ろすかたちで視線を合わせることになった。


 そのまま、何故か二人して黙り込む。


「……あ?」


 先に怪訝な声を上げたのはアレオンだった。

 どうしてだろう、この構図に妙な既視感を覚えたのだ。


 ずっと昔、こんなことがあったような……。


 それに対して、こちらを見上げる子どもは無表情で、やはりその内心は測れなかった。

 特に何も思わず、ただ単にアレオンが手を差し伸べてくれるのを待っているだけなのかもしれない。


「……お前、昔……いや、何でもない」


 俺と会ったことがあるか、と訊こうとして、すぐにそんなことがあるわけないと自答して切り上げる。

 そもそも昔から王宮のごく一部の人間としか接していなかったのだ。半魔の子どもなどと会っているわけがない、はずだ。


「大丈夫か。ほら」


 アレオンは気のせいだろうと割り切って、子どもを宝箱の中から掬い上げた。

 そしてその下に隠れていた、子どもが持ち上げることができなかったアイテムを同時に確認する。


「……剣か。魔法鉱石製だな……アダマンタイトとオリハルコンを組み合わせた刀身は、魔法剣士用のようだが」


 宝箱の外に子どもを降ろし、アレオンは剣を手に取った。


 やはり子どもの幸運補正が掛かったらしい。

 これは稀少魔法鉱石を使った、滅多に手に入らないレア武器だ。

 子どもは持ち上げられなかったが、アレオンにとっては問題ない重さの、扱いやすそうな剣。


 しかし、残念ながら使えない。

 持ち帰ってルウドルトあたりにでもやろうと考えて、アレオンはそれをポーチに入れようとした。


「お兄ちゃん、その剣使わないの?」


 その直前に、それを見た子どもに首を傾げられて手を止める。

 まあ見るからに強そうなせっかくのレア武器、もったいないと思ったのだろうけれど。

 アレオンは説明するために、一度剣を鞘から引き抜いた。


「俺じゃ使えないんだよ。これは魔法剣士用の剣でな。俺みたいな魔法が使えない人間にはただのなまくら剣なんだ。ほら、俺が引き抜いても何の反応もしないだろ」


 魔法剣は、切れ味や威力が使用者の魔力に依存する。つまり魔力のないアレオンでは、最低レベルの攻撃力になってしまうのだ。


「せめて属性くらい付けば、物理の全く通用しない霊体相手に一応使えるんだが……あ」


 そこまで説明して、はたとさっき手に入れたドロップアイテムを思い出す。

 炎のチャーム。

 あれは確か、取り付けた武器に炎の属性を付与するものだったはずだ。


 属性が付くだけだから大したダメージは出ないが、それでも0と1では大きな差がある。だったら使わない手はない。

 アレオンはポーチから炎のチャームを取り出して、魔法剣の鍔に取り付けてみた。


「あ、剣から炎が出た」

「……とろ火程度だな。威力的には初心者用の鉄の剣程度だが、まあないよりはマシだ」


 全く魔力がなくても属性付与してくれるのだから、これだけでも御の字だ。そう思って剣を鞘に収めると、横で見ていた子どもがそれを指差した。


「アレオンお兄ちゃん、それ、ぼくが魔力込められるよ」

「ああ? 魔力を込める?」

「鞘にはめ込まれてる魔石に魔力を充填出来るんだ。……あの建物にいたとき、何度か充填させられたことがあって」


 どうやら、この子どもはこの手のアイテムを見るのは初めてではないらしい。そう聞いて、アレオンはふと思い至った可能性に眉を顰めた。


 アレオンがゲートをクリアして帰ると、当たり前のように金になりそうな戦利品は全部王宮に回収される。積極的に宝箱を開けたりしなくてもそこそこレアものは手に入るから、その中にはこの手のアイテムも当然あった。


 もしかして、それらのアイテムは魔研でこの子たちによって魔力を充填されて、貴族相手に高く売られていたのだろうか。


 回り回って自身がこの子どもの魔力を搾取する奴らの非道の一端を担っていたとしたら、腹立たしすぎる。


「……そんなことさせられて、お前は嫌だったんじゃないのか?」


 だったら別に無理をしてもらわなくても構わない、と言うと、子どもはすぐに首を左右に振った。


「あそこでやらされるのは嫌だったよ。いつも魔力が空っぽになるまでやらされたし……。でも、お兄ちゃんのは平気。ぼく、アレオンお兄ちゃんの役に立ちたいから」


 また、いじらしいことを言う。命令のせいなのは分かっているけれど。


「……気を失うまでやらなくていいぞ」

「うん、魔石一個分くらいなら大丈夫」


 つまり、魔研では魔石何個分も一度に魔力を搾取されたということか。

 こうして子どもの受けていた待遇を知るにつれ、魔研への苛立ちはいや増していく。


(……もしも兄貴が親父を殺る時は、俺が魔研を潰すか)


 心の隅でそんなことを思いながら、アレオンは子どもに魔法剣を差し出した。


「じゃあ頼む」

「うん」


 子どもがその剣の鞘にある魔石に手を翳す。

 途端に、アレオンは剣の様子が変わったことに気が付いた。


 力の波動、強者の気配。

 剣がまるで生き物のような存在感を発揮する。今にも暴れ出しそうな手応えだ。

 ……これは、使うとしたらだいぶ慎重な力の制御が必要なようだ。

 常人では手に負えないのではなかろうか。


 もしも貴族がこの魔力のこもったアイテムを買って使用したとしたら、おそらくとんでもないことになっているだろう。

 まあ、アレオンにとっては知ったことではないが。


「……ん、入れ終わったよ」

「そうか」


 子どもが手を引っ込めると、魔石の中で魔力が揺らめいているようだった。これが魔力の充填されている状態か。


 試しに引き抜いてみなくても分かる、圧倒的な威力。今腰に差している剣とはまるで違う。

 ただ、一振りごとに魔力は消費されるのだろうから、そんなに多用はできないけれど。


 ……まあ大事には使うとして、なくなったらまたこの子に魔力を充填してもらえばいいか。


(……これでまたひとつ、この子どもを側に置く理由が出来た)


 内心でそのことを歓迎して、アレオンは子どもに二杯目の涌き水を飲むように指示をした。


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