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兄、狐に化かされる

 大通りには人々がひしめき、王家のエンブレムの入った旗がそこかしこに揺れている。

 そこに鼓笛隊の音楽が流れ始めると、歓声が起こった。


 城門に国王ライネルの馬車が到着して、パレードが始まったのだ。


 レオは静かに窓際から離れた。

 王家と接触する気は一切ない。

 今日さえやり過ごせれば、またユウトとの普段の冒険者活動に戻れる。夜までリリア亭で息を潜めているつもりだった。


「ライネル国王陛下、バンザーイ!」

「陛下と大自然の精霊に感謝します!」

「ライネル様、ご健勝お喜び申し上げます!」


 沿道から上がる人々の声は明るい。

 レオが知っていた5年前のエルダールとはまるで違っていた。

 当時の感謝大祭はただ国王の権威を示すためのもので軍事的な色合いが強く、住人たちはお仕着せの謝辞を口にしているだけだったのだ。


(……平和になったものだ)


 レオは素直に感心する。

 実兄のライネルは、剣の腕こそレオに遠く及ばぬ凡庸さだが、その政治的手腕は昔から天才的、見事なものだった。弟なんかよりずっと恐ろしい存在であることに、実父はあの時まで気付かなかったようだけれど。


 レオはエルダール王国に戻ってからこちら、国の内情を積極的に探ることはしていない。

 それでもこれだけの国の再興を成し遂げているところを見ると、当時いた『邪魔者』はだいぶ粛正、排除したのだろうと推察できる。一応反国王派は存在するようだが、今のところ大した力はなさそうだった。


(……まあ、国の『邪魔者』という点では俺が筆頭なんだが)


 しかしもう権力争いに巻き込まれるのは御免だ。過去の王弟の身分は捨てて、ユウトに不自由をさせない程度に普通の生活ができればそれで満足なのだ。

 だから、ライネルが寄越す捜索の手からは逃げ切りたい。




 楽団と馬車の音がリリア亭の前を通り過ぎた。

 レオは気配を殺して歓声が行き過ぎるのを待つ。


 ライネルはこのまま公園の奥にある御用邸へと入り、感謝大祭の祝詞のりとを上げ、国民への言葉を述べることになっているはずだ。その後は晩餐会。

 公園では国民たちによる祭りのフィナーレの催しがあるし、ライネルもその警備のルウドルトもレオに構っている暇はもうないだろう。


 隠密生活は今日までだ。

 最近全然付き合ってやれなかった分、明日からはユウトとランクD冒険者ライフといこう。そんな他愛もない毎日の生活が幸せであると、しみじみと感じているレオだった。


 しかし、その隠密生活は、最後の最後に覆されることになった。

 ……ユウトを預けたネイによって。




 リリア亭のドアベルが鳴り、来訪者を告げる。

 部屋にいたレオは、その気配を即座に感じ取った。

 二階からでも分かる、男の醸す空気。それに表情を厳しくして、思わず椅子から立ち上がった。傍らに置いてあった剣を腰に佩き、部屋の入り口から距離を置く。


 その足音はダンに案内されてこの部屋に向かっている。

 レオの偽名まで確実に分かっているのだ。


 チ、とレオは小さく舌打ちした。

 あの狐の密告か。それ以外考えられない。


 扉の前で足音が止まり、向こう側の男の緊張が伝わる。一瞬の間を置いて、そこまで案内してきたダンに礼を言って帰す声が聞こえた。

 そして、静かに扉がノックされる。


 レオは返事をしなかったが、男は少し躊躇った後に自分でドアを開けた。

 素早く部屋の中に入り、こちらを認めて堅苦しいお辞儀をする。


「お久しぶりです、アレオン殿下。許可なく入室した無礼、お許し下さい」

「……ルウドルト」


 この男がここにいるということは、すでにライネルには居場所が知られているということだ。レオは大きくため息を吐いた。

 彼らの目を欺くために作った『もえす』での二着目が、意味を成さずに終わってしまった。


「何故こんなところにいる。国王の警備に当たらなくて良いのか」

「私をここに遣わされたのは陛下です。警備よりも、殿下を何としても御用邸に連れてこいと」

「……俺はレオというただのランクD冒険者だ。アレオンはもういない。王家と関わる気もない。放っておいてくれ」

「まさかあなた様がランクDだとは……。どうりで発見できなかったわけです。……しかし見つけたからには、いなかったことにはできません。ライネル陛下の性格は、あなたもよくご存じのはず」


 その言葉に、レオは腰に下げた剣を揺らした。


「……だからって、俺がおとなしく兄貴のところに行くと思ってるのか? 力尽くでって言うなら、相手してやらないでもないが」

「いえ、『剣聖』相手に私が敵うわけがありません。しかし御用邸にて殿下の『大事なもの』をお預かりしていますので、ご同行していただけると確信しております」

「大事なもの……?」


 レオは眉間にしわを寄せた。そう言われて思いつくものはひとつしかない。

 ネイに預けた、ユウトだ。


「あのクソ狐……っ!」

「カズサから、悪い4人組に睡眠粉で眠らされた子を保護して欲しいと預けられました。あのパーティは盗みや詐欺の他、別の街で誘拐殺人の嫌疑もある悪党で、それは始末したようです」

「あんなのはどうでもいい! ユウトは無事なんだろうな」

「もちろんです。御用邸ですやすや眠っているだけですから」


 ユウトがよもやあの男どもにさらわれることはなかろうと思っていたが、まさかこいつらにさらわれるとは。

 睡眠粉などネイが阻止できないわけがないのだ。わざとユウトを眠らせて連れ去った。

 あの狐、飼い主に忠実などと、忠誠心が聞いて呆れる。


「では、アレオン殿下。御用邸にご案内いたします。あの子に会いたかったらおとなしくご同行下さい。陛下があなた様のために、快適な地下牢をご用意しております」








 ユウトが目を覚ますと、見慣れない天井が見えた。

 いや、天井でなく天蓋だろうか? ふかふかの枕から頭を起こして見回すと、大きなベッドに寝かせられていたことが分かる。

 部屋はさらに大きく、品がある高そうな調度品が置かれていた。


 ……ええと。ここはどこ?


 確か路地裏で、ニールたちのパーティに襲われて。

 何かの粉を吸ったらいきなり眠くなって。

 ……そういやニールが『次に目が覚めたら世界が変わってる』と言っていたけど、まさかこのこと?


 わけが分からなすぎてぽかんとしたままベッドの上で座っていると、部屋にあったソファから立ち上がった誰かが、こちらに歩いてきた。

 優しそうな男の人だ。宝石が装飾された、すごく高価そうな服を着ている。穏やかな微笑みを浮かべている現実離れした彼に、ユウトは小さく首を傾げた。


「……誰ですか?」

「誰だと思う?」


 ふわあ。ほどよく低い、すごく良い声。それに問い返されて、ユウトはぱちくりと目を瞬いた。

 見たこともない人だ。誰かと聞かれても、見当が付かない。


「身体は平気かな? 怠いことはない?」

「大丈夫です……」

「少しお水を飲みなさい。毒素を外に出さないとね」

「ありがとうございます」


 彼の正体が明かされないまま会話が進む。ユウトは再び首を傾げた。


「ここ、どこですか?」

「ザインの街だよ」


 微笑む男から返ってきた答えは、ちょっと欲しいものと違う。しかし、またどこかに転移したとかそういうオチではないらしいことに安堵した。


「悪いけど、私はこれからちょっと用事がある。この部屋で待っていてくれるかな? お兄さんにはもう連絡してあるし、迎えに来てくれるはずだよ」

「え、兄に? ありがとうございます。……でも、あなたは僕たちのこと何で知って……?」

「ああ、ネイに教えてもらったからね。彼はもう仕事に戻ってしまったが」


 ネイか、それなら納得だ。ユウトたちがリリア亭に住んでいることも知っているし、兄がいることも知っている。

 そしてネイを呼び捨てにするということは、きっとこの人は彼の知り合いなのだろう。だったらここに預けられたのも分からないでもない。

 何よりユウトは、ネイも無事らしいことにもほっとした。


「じゃあ、私が戻るまで、この部屋からは出ないようにね。何か欲しいものがあったら彼女に申しつけて」


 男がベッド脇のチェストに置いてあったベルを鳴らすと、メイド服を着た女性が入ってくる。うわあ、漫画みたい。

 ここは本当にどこで、この人は誰なんだろう。


 やってきたメイドに男は何か指示を出すと、ユウトに向かってにこりと笑った。


「今日は喜ばしい日だ。夜までゆっくりしていくといい」


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