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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【一方その頃】クリス in 魔法研究機関

 王都の魔法研究機関は、王宮の敷地内の別棟にある。

 クリスは王宮の門を潜ると真っ直ぐにそこに向かった。


 王宮の敷地自体は一般人にも開かれており、身分さえ証明出来れば誰でも入れるから、魔法研究機関に行くのにライネルやルウドルトの許可を得なくても問題はないのだ。


 当然、魔法研究機関の建物は厳重に警備されているが、クリスは国王直々の入館証をもらっている。

 それを衛兵のいる受付で提示して通り抜けると、クリスは階段を上がり魔法資料解読班がこもる書物庫の扉を開けた。


「こんにちは」

「ああ、いらっしゃい、クリスさん!」


 書物庫の中には五人ほどの研究員がいる。

 全員眼鏡を掛けているが、これは魔道書を開いた瞬間に暗示や罠などの魔法の影響を受けないための特殊な術式が組み込まれたもので、仕事上の必須装備アイテムだった。


 ちなみにここにいる解読班はいつも同じメンバー。

 彼らは総じて身だしなみを気にしない、見るからに学者然とした風貌をしている。見た目通りの必要なこと以外で他人と関わりたがらないタイプばかりだが、それでもクリスが来ると歓迎してくれた。

 魔界古語まで理解しているクリスは、読解の進まない文献を読み解くヒントを与えてくれるからだ。


 皆が資料を広げている大きなデスクに向かってクリスが歩いて行くと、我先にと五人が寄ってきた。


「待ってたよ、クリスさん! 来て早々悪いけど、この文字の解釈の仕方のヒントをくれないか」

「この文字列の解読に詰まっているんだが、別の読み方ある?」

「ここの記号って、魔界だと何を表すんだ?」

「どれどれ……。ああ、これはね……」


 次々と提示される質問に、クリスはひとつずつ答えていく。

 もともとこの手伝いのために呼ばれているのだし、これを邪険にするつもりは毛頭ないのだ。


 それに、さすが彼らはプロだ、クリスに解読を丸投げすることはない。詰まっているのはひとつの難読単語だけだったり、解釈の確認だったり、すぐに回答できることが多い。


 クリスがヒントを与えれば吸収・応用する力も高く、最近では彼らも簡単な魔界古語の文献の読み書きならできるようになっていた。

 もちろんクリスへの質問も減っている。


 その質問待ちの間に、クリスも自分の気になる文献を読ませてもらっていた。魔法研究機関への来訪の目的は、こっちがメインと言っていい。


 ここには巷では禁書とされる本もたくさん保管されている。

 特に魔界関連の書物、前時代の歴史書、禁忌の魔術やテクノロジー集、危険すぎる魔封書、などなど。


 当然だがクリスが今まで拾いきれなかった知識も山のようにあり、普段はレオたちに助言する立場だけれど、ここでは逆に教えてもらう立場にもなっていた。


「よし、これでまた解読が進むわ。ありがとな」

「いえ、どういたしまして。……ところで、そこの棚にある未解読の文献を見せていただきたいんですけど、大丈夫ですか?」


 研究員たちの質問に答え終わったクリスは、さっそく目的の書物棚を指差した。


「構わないけど、どの文献だ?」

「そこの、『混沌の訪れし昏き世界』という魔界語の本です」

「ああ、これか」


 研究員のひとりが手袋をはめ、その本を抜き出す。

 本棚にある書物の背表紙は全て普通には読めないものばかりだけれど、さすが彼らは一瞥しただけで見付けてくれた。


 特にこの男は王宮図書館で司書をしていたところをライネルに取り立てられたらしく、本の所在や概要などの把握力は図抜けている。

 彼はその本を眼鏡を掛けたままパラパラと捲ると、クリスに差し出した。


「……うん、とりあえず接触魔法や視覚魔法によるトラップなどはなさそうだ。はいよ」

「ありがとうございます」

「普段は裸眼で見てるみたいだけど、一応眼鏡は掛けとけよ、クリスさん。知らないうちに本の暗示に掛かってるなんてこともあり得るからな」


 一緒に眼鏡もこちらに差し出されて、苦笑しつつそれを受け取る。


「んー、ここでは借りられるから掛けますけど、自分では持ってないからなあ」

「暗示に掛かってからだと厄介だぞ。発現するまで自覚がないらしいし、発現の条件もその時まで分からんし」

「……そうですね、気を付けます」


 クリスは一応そう返して眼鏡を掛けた。

 この眼鏡は特殊な魔法鉱石で出来ていて、一般人にはとても手の届かない代物だ。……もちろん、クリスにとっては買えない額ではないのだけれど。


(今さら、なんだよねえ)


 リインデルにいた幼い頃から裸眼で魔書を読んできたのだ。正直、眼鏡の必要性を感じない。

 そもそも祖父からは危険な蔵書の読み方などを習っていたし、今や書物の雰囲気だけで肌感覚で分かるレベルになっているのだ。


 ……などと言ったものの。

 実は必要性を感じないのには別の理由がある。

 暗示に気を付ける以前に、クリスはすでに自分がなにがしかの暗示に掛けられていると考えているからだ。


 そもそも魔法暗示は、ひとつに掛かるとそれが消えるまで別の暗示で上書きされることはないのだが、……いつだか暗示の掛かった方陣を不用意に見てしまった時に、それに掛からなかったことで気が付いた。


 つまり、自分で自覚できていなかった幼い頃に、すでに何かの魔書で何かの暗示に掛かっていたということだ。

 ただ今までそれが発現したことはなく、何の書物で掛かったのか、発動条件や暗示の内容はなんなのか、未だに一切分からない。


 唯一分かっているのは、それがリインデルにあった魔書であるということ。

 これはクリスがリインデルから消えた書物を探している理由の一端にもなっている。


(まあ、暗示の件は今は急ぎじゃない。まずは直近の危機をどうにかしないと)


 取ってもらった書物を持って、クリスは空いている席に座った。

 そんなクリスを、研究員たちが興味深そうに見やる。どうやら手元にある本のタイトルが彼らの気を引いたようだった。


「その本、題名からして前時代の終焉に関する内容かな。現国家・エルダールが興る前の最終戦争ハルマゲドンを記した本だろ」

「クリスさん、何でまた今そんな昔話を?」

「おぞましきものを倒した聖者について、興味がありまして」

「ああ、おぞましきものと聖なる犠牲を担った者の話か。最終戦争の末期頃の記録だな」


 ここにいる研究員たちは魔界の本を読み解いているため、知識としての『おぞましきもの』と『聖なる犠牲』を知っている。もちろん、過去の逸話のひとつとしてだけだが。


 現状の世界の危機を知らない彼らにとっては、ただの昔話。だからこそ解読も後回しにされて本棚に置いてあったのだ。

 彼らにとってはさして重要性を感じない本、クリスが手に取った理由を聞けばすぐに興味が失せて、そのまま話は流されるだろう。


 そう思っていたクリスだったが、しかし思いも掛けずそのうちのひとりが反応を返した。


「おぞましきもの……そういや、数日前にその考察をした記述のある魔界学者の本を見た記憶があるな」

「おぞましきものの考察、ですか?」

「最終戦争で生き残った魔族が書いたようだった。色んな攻撃を仕掛けたけど結局何も効かなかったみたいな話とか、どこから来てどこに消えたのかの推察とか」

「それは……もう解読されたんですか? 良かったら訳書を読ませていただきたいです」


 おぞましきものについては情報があって困るということはない。

 その記述を見たという研究員に、クリスは身を乗り出す。

 しかし男は、小さく唸って頭を掻き、中空を見上げた。


「それがな、ほぼ魔族の日記みたいな内容で、後回しにしようと思ってまた未読の棚にもどしちまった。題名なんだったかなあ~。背表紙では一見内容が分からないような本だったんだよ」

「未読文献の書棚に……」


 未読の棚は壁一面にある作り付けのもので、解読を控えた文献がぎっしり詰まっている。ここのどこかに戻したということだが。

 背表紙で分かるものならすでにクリスが手に取っているはずだ。

 そこから漏れているということは、件の本はまるで関係のないタイトルなんだろう。


 話を聞くに、日記のような記述の中の一部らしいし、ここから一冊ずつ開いて内容を確認していくのは難しい。

 ……これはあきらめるしかないか。


 そう思っていると、さっきの司書上がりの男が立ち上がった。


「おい、その話っていつ頃だ? 今言った本をこの棚に戻したの」

「ん~確か、休み明けの翌日か翌々日だったと思うんだが」

「よし、ならいけるかも。俺、ちょうど休み前に棚の整理をしたんだよ。本の種類と文字別で揃えてさ。こいつらいつもぐちゃぐちゃに本を戻すから、見かねて俺が定期的にやってんだよね」

「おー、司書の鑑だな」

「本を揃えないといられない職業病じゃね?」

「お前らがぐちゃぐちゃにしなけりゃやる必要ない作業なんだよ、全く……。まあとにかく、今見て俺が並べた通りになってない本のどれかが、こいつの戻した文献だ。ちょっと待ってな」


 彼はそう言うと、本棚まで行って該当する本を抜き取った。

 ここにいるのが優秀な研究員たちとはいえ、魔書の解読なんてそう簡単に進むものではない。大きな本棚だが、並びが変わっていたのはほんの十冊程度だった。


「あ、これこれ! クリスさん、この本だよ」


 さすがにこの数になれば件の研究員も思い出したようだ。

 見覚えのある表装の本を手に取ると、彼はそれをこちらに差し出した。


「探して下さってありがとうございます、助かりました」


 ダークグリーンの古びた表紙に金のインクがよく映えている。

 それなりに位の高い魔族の書いた本だろう。分厚くずっしりと重い本を、礼を言って受け取った。


 タイトルは『図書館管理とそれに付随する事柄』。

 なんとも凡庸な題名で、クリスなら手に取らなかったに違いない。


「著者は……ルガルか」


 ルガルと言えば、魔界で侯爵マーキスをしている魔族だ。

 確か、以前魔界に飛んだことがあるというレオが、世話になったと聞いている。


 この世界で言う虚空の記録(アカシック・レコード)に相当するという、魔界図書館の管理人。

 ……リインデルにいた時も、少しだけその名前を聞いたような気がするが。


 しかし記憶を探るのはそこそこに、クリスはさっそくその本を開いた。

 余計なことに思考を割いている時間はないのだ。


 ここにいる研究員を差し置いて、クリスはサクサクとページをめくっていく。

 小さい頃から魔書や魔界語に慣れ親しんでいるクリスにとっては読み解き自体は難解ではないし、研究員たちのように解釈を文字に起こす必要もないから早いのだ。


 時折挟まってくる質問には適宜的確に答えつつ、クリスは手元の本を読み進めた。


 今日の夜までにこれらの知識をまとめ、レオに伝える事柄を慎重に選ばねばならない。

 そしてレオとは別に、ユウトと聖なる犠牲のことはライネルたちにも共有しておく必要もありそうだ。

 やるべきことはたくさんある。


「……ん?」


 そうして流すようにページをめくっていたクリスの手が、不意に止まった。

 二冊の本の、同時期の事柄の記述を並べて眺めていたのだが、明らかな解釈違いが見て取れたのだ。


 従来通りの解釈で書かれた歴史書に対し、ルガルの考察はそれを真っ向から覆すものだった。

 おぞましきもの、聖なる犠牲。その存在の意味。


「これは……」


 クリスはうつむいたままこめかみを押さえると、長い思案の後に、周囲に気付かれぬように小さく困惑のため息を吐いた。

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