兄、ウィルの意図を探る
エルドワが示した引き出しをユウトが開ける。
そして中身を確認すると、また引き出しごと抜いて、机の上に置いた。
「ここにも悪魔の水晶……。なんだろ、少しずつ重ねて瘴気を吸わせようとしたのかな」
「敵からは数度の接触があったようだし、そのたびに新しいレア素材を渡されて瘴気を補充されていたのかもね。悪魔の水晶って小さい欠片だと瘴気や魔力を保持出来る期間が短いから」
「確かに、この水晶からはもう瘴気は出てないみたいです。……エルドワ、こういうのが他にもある感じ?」
「アン」
子犬が肯定の返事をする。
どうやらこの部屋には他にも同じような素材があるようだ。
しかし、この違和感は何だろう。
「ウィルほどの思慮深い男が、いくらレア素材だからってほいほい貰い物をするとは思えないんだが……。買おうと思えばかなり高いものだし、ただで渡されたらどう考えても裏があると気付くだろ」
「んー……でも見て、レオくん。引き出しにそれぞれちゃんとラベルが貼ってあるんだよ? てことは、ウィルくんはこれらを自分の所有物だと認識してたんだと思うんだよね」
「じゃあ、ウィルさんは怪しいと分かった上で受け取ってたとか?」
「まさか」
何か仕組まれていると分かっているものを、わざわざ受け取るだろうか。自分にどんな影響が及ぶか分からないのだ。
もちろん魔研の奴らはウィルの力を欲しがっているのだから、命に関わるようなことはないという確信はあるだろうけれど。
しかしレオが一蹴したその考察を、クリスは拾い上げた。
「もしもウィルくんが、それを怪しいと分かった上で受け取ってたとしたら……。そうだ、彼の性格ならば私たちよりもずっと深慮しているはず。その行動の意図を読み解けば、何か分かるんじゃないかな」
「行動の意図? 何か意図して受け取ったってことか」
「……レア素材だから受け取っちゃったっていう軽はずみな理由じゃないってことですよね」
ユウトの言葉にクリスが頷く。レオもふと以前のウィルの言葉を思い出した。
「……そういえばあいつ、バンマデンノツカイの超稀少素材を鑑定した時、『しばらくどんなレア素材を見てもどうってことない』って言ってたな。そう考えると、やはりこの程度のレア素材でなびくとは思えない」
「そもそもさ、ウィルくんがすごく欲しかった素材なら、ここから消える時に一緒に持っていくと思うんだよね。だってジラックに荷担したら、王都を攻撃することになるじゃない? 彼がみすみす素材を無駄にするような、そんなことするかな? ここに全て置いていったってことは、きっと意味があるんだよ」
「つまり……ウィルさんは、またここに戻ってくるつもりってことですか?」
「そこはまだ分からないけど」
強制的に瘴気中毒にされたのなら、取る物とりあえず魔研の招集に応じた可能性もある。
……だが、その思考力を奪わぬようにじわじわと瘴気に侵蝕されていたのだから、こちらへ配慮するだけの余裕があったとも考えられるのだ。
まだどうとも言い難い。
「ウィルの意図か……確かにあいつは、自分が消えたら俺たちがここに調べに来るだろうことは予測していたに違いない。だとすると、この部屋自体に何かのメッセージがあるのかもしれんな」
「ウィルくんが瘴気に冒されて敵側に荷担していた場合、そのメッセージは罠かもしれないから、そこには気を付けて」
「……僕は、ウィルさんが段階的に瘴気に触れていたなら、その自分の変化に気付かないような人じゃないと思うけどなあ」
ユウトは何かを思い出すように視線を中空に泳がせた。
「この間会った時は、まだ瘴気の匂いはしてなかったはず。エルドワが反応しなかったし。だから多分その後に素材をもらい始めたんだよね。……レオ兄さんが素材の鑑定書を受け取りに行った時は、何か変化がなかった?」
「……あの時も特に変わりはなかったな。ただ、敵からの接触が増えたという話はしていたが。他のレア素材を見てもどうってことないという話も、その時聞いて……」
そこまで言って、レオははたと言葉を止める。
そういえば彼はそのほかにも、魔研から術を掛けて連れて行かれるような素振りはないと言っていた。
もしかして、ウィルはあの時すでに……。
周囲に怪しい人間はいなかったとはいえ、あそこは冒険者ギルドという公共の場。そこで明言することを避け、手掛かりとなる言葉を残したのかもしれない。
「エルドワ」
「アン?」
レオはユウトの足下にいる毛玉に声を掛けた。
「この引き出し群から、バンマデンノツカイの素材が入った引き出しは分かるか?」
「アン!」
エルドワはその匂いを知っている。レオが訊ねると、エルドワは一声鳴いてすぐにその引き出しを探り当てた。
「バンマデンノツカイの素材……そういえば、レオくんが鑑定の報酬として切れ端をウィルくんにあげてたっけ」
「そうだ。……俺の推測が当たってればこの引き出しは……」
レオは子犬が見付けた引き出しを無造作に開ける。すると、そこは空っぽだった。
「……やはりそうか。これは持って行っている」
「え、これだけ持って……? あれ? バンマデンノツカイ素材って、確か瘴気を無毒化するアイテムの材料……」
「あ! もしかして、ウィルくん……中毒回避してる……!?」
「その可能性がある」
素材は加工をしていなくても、それなりの効力を発揮する。
魔法金属や術式による補強や錬成がされない分威力は弱いが、そもそも魔界の瘴気を中和出来る素材だ、そのまま持っていても中毒を回避する程度の効果は十分あるのだ。
「悪魔の水晶をはめ込まれたレア素材をもらいだしたのがバンマデンノツカイ素材を手に入れた後なら、瘴気の影響はほとんど受けていないはずだ。もちろん最初は分からなかっただろうが、ウィルならきっと受け取った時から何かあると疑って掛かっている。自力で敵の狙い……瘴気中毒に辿り着いたのかもしれん」
「……レオくんに他のレア素材を見てもどうってことないと言ったのは、これらに影響されてないってことを暗に言っていたのかもね」
「おそらくそうだ」
そして、術を掛けて連れて行かれる素振りはないと言ったのは、ウィルの意思を完全に掌握するような術式を使われることはないということ。
魔研の人間との接触が増えていたのなら、その中の会話からウィルが真意を読み取るのは難しくなかっただろう。
彼らが何を考え、今後何をしようとしているか。
それを知ったからこそ、彼は動いたのだ。
「……あれ? となると、この失踪って完全にウィルくんの判断によるもの?」
「そういうことだろう。そう考えれば、休暇届が建国祭までなのも戻る気満々だからだ。本当に向こう側に付くなら、退職届を出すだろうしな。大事な素材コレクションを部屋に置いたままなのも納得がいく」
「え、ちょっと待って。それってつまり、ウィルさんは瘴気中毒に掛けられたふりをして敵のところに行ったってことなの?」
「多分な」
他に失踪の理由はない。まず間違いなく、ウィルは従うふりをして魔研の中枢に潜り込んだのだ。
何とも大胆で度胸のある潜入。
非常に危険だが、敵に大きなダメージを与えられる一手となるかもしれない。
レオは突然現れた大きな光明に、目の前が開けたような気がした。




