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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、さらわれる

 今日は感謝大祭最終日だ。


 王都から国王が訪れるということで、大通りは衛兵と憲兵で厳戒態勢が敷かれていた。

 通り沿いの屋台はパレードが終わるまで休止になるようだ。

 舗装された道は掃き清められ、沿道にはすでに場所取りの人たちが溢れている。


「お昼から国王のパレードがあるんだって」

「……ああ、そうだな」


 ユウトの言葉に、レオはちらりと窓の外を見た。


「レオ兄さんは見に行かないの?」

「……行く気はない。今日はずっと部屋にいる予定だ」

「そっか。僕はちょっとネイさんと出掛けてくるから」


 今日はネイと食事をする約束をしている。その後に御用邸の庭で国王を見てくる予定だ。祭りも最後だし、せっかくだからもう少し屋台も楽しみたい。


 しかしそう告げると、レオはあからさまに眉を顰めた。


「今外にはあいつらが……。こんな時に動くなんて、奴は何を考えている……?」

「奴?」

「いや、何でもない。……ユウト、今日の外出はやめておけ」

「え、何で? ネイさん、大祭終了までしかザインに滞在しないって言うから、今日しかないんだけど。だめ?」

「……狐に化かされるかもしれん」

「狐? あ、そういえばネイさんが、『狐はイヌ科だから飼い主に忠実ですよ』って兄さんに伝えてって言ってた」

「……あれがそんな可愛いタマなわけあるか」


 狐のことを考えているのか、レオはチッと舌打ちをする。


「……その、ネイとやらとは食事をするだけか?」

「うん。ネイさんはまだやることがあるみたいだし。清掃関係のお仕事で、ザインで放置してたゴミを片付けるって言ってた」

「……ああ、なるほどな……」


 ユウトの説明で、レオはしばし逡巡した。


「ユウトに何かあったら自分も無事では済まないことは、奴も分かっているだろう……。まあ、今回は大目に見るか……」


 小さく独り言を呟いた兄は、ひとつため息を吐く。まだ少し不本意そうだ。


「レオ兄さん?」

「……仕方がない、分かった。気を付けて行ってこい」


 しかし見上げてくるユウトの頭を撫でると、結局許可をくれた。



**********



「ガキが出てきたぞ、ひとりだ」

「よし、後をつけて捕まえよう。まずは人通りの少ない場所で眠らせるぞ。ニール、睡眠粉は持ってきたか?」

「ああ。魔物用の拡散玉に詰めてきた。対象にぶつけると粉が飛び散るやつ。睡眠粉は以前ランクAのゲートでたまたま手に入れた夢見蝶の素材だし、当てれば確実にいけるぜ」


 ニールたち4人のパーティは、リリア亭の前で朝から張り込んでいた。

 兄と一緒に出てきたらどうするかと考えていたが、杞憂だったらしい。弟はひとりで宿を出てきて、通りを歩き出した。


 無警戒ですぐにもさらえそうだが、さすがにこれだけ衛兵や憲兵がいるところで行動にうつすわけにはいかない。男たちはしばらく距離をとって、ユウトの後ろをついていった。


「お、あのガキ、裏の道に入っていったぞ」

「好都合じゃん。大通りから見えない道に入ったら行こうぜ」

「おい、ロープも用意しておけ」

「くれぐれも傷は付けんなよ。大事な取引道具だからな」


 ユウトが男たちに気付いている様子はまるでない。軽い足取りでてくてくと歩いて行く。

 その行く先は何故か、彼らが拠点にしている宿のある路地裏のようだった。


「はは、何だよ。自分から俺らに捕まりに来たみてえ。楽に仕事できそうだな。あの通りじゃ少しくらいのいざこざは誰も気にしねえし」

「それに今日は感謝祭最終日。国王の警備にてんやわんやで、こんなとこで何があっても衛兵は見て見ぬふりだ」

「……でもよ、あんなガキんちょが路地裏に何の用なんだ? 店屋も何もねえのに」

「さあな、知り合いでもいんじゃね」


 人通りが少ない場所に行ったら、と思っていたが、路地裏に行ってくれるのなら自分たちの拠点近くで確保した方がいい。4人はユウトが目的の通りに入ったところで曲がり角の端に身を寄せ、そこから様子を覗いた。


「ネイさん。こんにちは。早いですね、待たせちゃいました?」

「ううん、大丈夫。ちょうどこの辺で清掃作業の下見があったから、そのために早めに来ただけなんだ」


 路地裏への角を入ってすぐ近く。街灯の下でユウトは足を止めていた。どうやら人と待ち合わせをしていたらしい。


「……おい、あいつ」

「ああ、露店の前で俺たちの盗みを見てたって言った奴だ」

「俺、あいつにすげえ腹立ってたんだよな……」


 4人はユウトと待ち合わせをしていたネイを見て、先日の一件を思い出し顔を見合わせた。

 他人を陥れようとして自分がそれを被ったという、全くの自業自得の出来事だったが、男たちは『あいつのせいだ』と結論付ける。落とし前を付けてもらわなければ、気が済まない。


「なあ、あのガキもろともあいつも眠らせようぜ。んであの糸目男は身ぐるみ全部剥いで行方不明になってもらおう」

「お、いいね。結構いい身なりしてるし、金持ってそう」

「ニール、この距離なら行けるか?」

「おう、全然余裕」


 ニールは拡散玉を手にニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべた。

 生意気で貧弱なガキと、むかつく糸目から何もかも奪ってやる。自分たちの方がずっと力があることを見せつけてやるのだ。

 そうして得られる歪んだ優越感は、他の3人も同じように持っている。


「いくぞ」


 男たちはそれぞれの得物とアイテムを手にして、曲がり角の隅から姿を現した。


「飛んで火に入る夏の虫とは、お前らのことだなあ!」


 思わず声を上げたのは、自分たちの計画は間違いなく成功するという慢心からだ。やるべきことは2人を眠らせるだけ。どう考えたって失敗する理由が見当たらない。


 その声に驚いたユウトが振り返り、4人を目にして瞳を瞬いた。


「……え? あ、あなたたちは……何でここに!?」

「今までの仕返しだよ!」


 事態を把握できていないユウトに向かって、ニールが睡眠粉を投げつける。それが当たる寸前にネイが前に出て彼を庇ったが、その腕に玉が当たって、一気に拡散した粉が2人を包んだ。


「ひゃ、何……!?」

「ははは、ゆっくり眠っときな! 次に目が覚めたら、世界が変わってるぜ!」

「うそ……な、んか……眠く……」

「ユウトくん! しっかりして! ……くっ」


 睡眠粉は即効性だ。吸い込んだらもう睡魔に抗えない。

 すぐにかくんと膝を落としそうになるユウトを、ネイが慌てたように抱き留めた。しかし彼自身もその場に膝をつく。


「さっすが、ランクAモンスターの素材。効き目すげー」

「ガキは即落ちだな。糸目の方も……よくガキのこと腕から落とさねえな。そのまま寝てんじゃね?」


 ネイは、地面に膝と片腕を突っ張ってうつむいているが、ユウトを下に落とすことなく止まっている。起きている『気配』を感じないから、おそらく眠っているはずだが。盗賊が躊躇うことなく近付いた。


「糸目だから起きてんだか寝てんだか分かりづれえな。でもこの感じは間違いなく寝てる」


 盗賊は空き巣に入ることもある。その時、住人が寝てるか起きてるか判別するのは得意だった。


「とりあえず、この糸目は殺すぜ。ムカついたし、ナイフでバラバラに切り刻んでやりて……え?」


 言いつつナイフを振りかぶろうとして、盗賊は自身の右手にナイフがないことに気が付いた。……いや、ナイフだけじゃない、右手の肘から下がなくなっている。


「あ、うひあああああ!?」

「……うるせえんだよ」


 わけが分からず半狂乱の悲鳴を上げた盗賊が、一瞬で道の反対側に飛ばされた。ぐしゃりと音がして、男は動かなくなる。


「……え? な、何が……」


 わけが分からないのは他の3人も同じだった。

 動かなくなった仲間を呆然と見る。


 その視線の端で、眠らせたはずのネイがユウトを大事に抱えたまま立ち上がったのに気付いて目を瞠った。


「お、お前、何で……!?」

「何でも何も、最初から睡眠粉効いてないし。……でも、ユウトくんに睡眠無効が付いてなくて良かった-。彼が起きてると、ゴミの廃棄ができないからね。かといって俺がユウトくんを眠らせたりしたら、ごっつい制裁が来るし。君たちが眠らせたなら俺のせいじゃない。不可抗力」


 そう言いながら、ネイはユウトに付いた粉を払って綺麗にする。


「ゴミの廃棄……?」

「そう、我が主の大事なものに害をなそうとするゴミ。まあ、俺がしなくても本人がやるんだろうけど、こんなゴミごときで我が主の剣を汚すのも腹立たしいし」

「な、何を言ってやがる、てめえ……」

「ふふ、ゴミの自覚ないのかな? じゃあ、はっきり言ってあげよう。……てめえら、くそゴミどもを始末するんだよ。あんなふうに」


 ネイは盗賊の方を顎で差した。

 3人はそちらを見、途端に青ざめる。


 まるで動きが見えなかった。盗賊の腕を切り落とし、吹き飛ばすその攻撃。

 目の前にいる男が、自分たちでは到底敵わない男だということに、今さら気付いたのだ。


「う、うわあああ!」

「駄目駄目、逃がさないよ」


 恐怖に逃げだそうとした3人に、ネイは素早くナイフを投げる。

 それは狂いなくそれぞれの足を貫いて、3人はその場に倒れ込んだ。


「ひぃ、た、助けてくれっ……!」

「死にたくない……!」

「や、やめてくれ、何でも言うこと聞く!」

「俺のこと殺そうとしといて、今さら命乞い? やっぱゴミだな~」

「……お前ら、何をしている」


 そんな殺伐とした場面に、不意に突っ込みが入ってきた。

 見れば、そこにいたのは騎士団の鎧を着た金髪の男だった。衛兵たちを指揮しているのを見たことがある、おそらくかなり偉い人間だ。


 3人は天の助けとばかりに声を上げた。


「た、助けてくれ、この男に殺される!」

「こいつ、殺人犯だ! そこの男はこいつにやられた!」

「早く何とかしてくれ!」


 しかし騎士の男は3人を一瞥すると、渋い顔をしてネイの方に向き直る。その男に、ネイはにこりと笑った。


「待ってたよ~」

「……忙しいのにこんなところに呼び出すから、何をしているのかと思ったら……」

「まあまあ。それより、ルウドルト。この子連れて行ってくれる? 例の子だから。めっちゃ大事に運んでね、傷付けたら殺されるし。スヤァ顔が天使みたいだよねえ。こんなとこに置いとけない」

「ああ、この子が……。分かった、預かっていく。……しかしこんな時に面倒起こすなよ?」

「分かってるって。ちゃんと片付けていく」

「ではな」


 ユウトを預かりそのまま去って行くルウドルトに、男たちは絶望を覚えた。

 ……今日は感謝祭最終日。衛兵たちは国王の警備にてんやわんやで、こんなところで何があっても見て見ぬふりなのだ。 


 その上、この男は……国王側と、繋がっている。つまり悪事を裁く側であり、この行為を咎め立てされる人間ではないのだ。

 今まで犯した数えきれない大小の罪が、男たちにのし掛かる。




「じゃあ、続きと行こうか、くそゴミども。綺麗に片付けてやるから覚悟しな。てめえらが何を敵に回したか、じっくり知ると良い」


 いつもの彼を知る人間なら人格が変わったのかと思うような獰猛な笑みを浮かべたネイは、短剣を懐から取り出した。

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