弟、記憶の封印を解く
「ただいま、レオ兄さん」
「お帰りユウト! 待ちわびたぞ……!」
アシュレイの背に乗せられてガントの村に戻ったユウトを、レオは両手を広げて出迎えた。
かなり高い位置にある馬の背から、弟は躊躇いなく飛び降り、兄はそれを当たり前のように抱き留める。過保護すぎる見慣れた光景、兄弟のその一連の行動に突っ込む者はいなかった。
一緒にアシュレイの背に乗ってきたラフィールはクリスの手を借りて降り、子犬に戻っていたエルドワは軽々と着地する。
これで精霊の祠解放の旅は完了。ガントでの用事も終わりだ。
ユウトはいつまで経っても抱き留めた腕を解かないレオにされるがままになりながら、周囲を見回した。
最初に来た時と村の印象ががらりと変わって見えるのは、さっきまで黒かった花々が色を取り戻したためか。とりどりの浄魔華が鮮やかに花畑を覆っている。
アシュレイから降りたラフィールが、その様子を確認するように真っ直ぐ近くの花壇に向かった。
「全ての浄魔華が正常化している……。地脈をマナが正しく通り始めた証だ。ああ、これでここ一帯の穢れは薄れる……!」
ひとり静かに歓喜する彼は、その花のひとつを摘んで蜜を吸う。
途端にふわりとその周りに風が生まれた。
柔らかで穏やかな風。
ユウトにはそれだけでラフィールの穢されていたという魔力が浄化されたのが分かった。
少し気難しげだったハーフエルフの表情が柔らかくなり、微笑みすらたたえてこちらを振り返る。
「感謝いたします、ユウト様。これでひとまずガントの世界における役割は維持出来るはず。美しき花々は悪しき者を退けてくれるでしょう」
「悪しき者を退ける……この花って、どういうものなんですか?」
ここに来た時に見たのは、黒かったこの花に触れた瞬間に村ネズミが消えた場面だ。それを思い出してユウトはラフィールに訊ねた。
明らかにこの世界の植物ではなさそうだけれど、どうなのだろう。
「これは浄魔華という、魔界のエルフの里にしかない植物でございます。その名の通り、魔を浄化する花ですね。瘴気や魔物の穢れを吸収し、細胞内でマナと合成して清浄な蜜という甘い蜜を生む機能を備えております」
「その清浄な蜜っていうのが、ラフィールさんの食事なんですね」
「ええ。しかしマナが減り瘴気や穢れを溜め込む一方になってからは、黒く変色し穢れた蜜しか生成されなくなっていました」
本来この花は、触れた魔物や半魔から穢れを吸収し、戦意を失わせるものらしい。人に対しては無害だ。
けれど黒く変容した花は触れた魔物や半魔を丸ごと捕食し、触れた人間には穢れを移すようになり、手が付けられなくなったという。
当然ラフィールの食せる蜜など採れるはずもなく、結界を張って守る数少ない花で繋いでいたようだ。
「おい、これでこの辺一帯にある瘴気は消えたのか?」
「いいえ。薄れはしましたが消えることはありません。この地は元々魔界からの影響が強いところ……。村道沿いなどは平気ですが、森や滝などには近付かないようお気を付け下さい」
「……となるとこの辺を歩き回るのは、パームに頼んでる耐瘴気アイテムが出来てからだな」
ユウトを腕に収めたまま、レオがひとりごちる。
もうガントの用事は終わったはずだけれど、この辺りに何か気になることがあるのだろうか。
「ガント周辺で何か用事?」
間近にある兄の顔を見上げて問う。
すると彼はちらと視線をクリスに向けた。
「……一度、リインデルの跡地を見てみようかと思っていたんだが」
「跡地を? ……村襲撃の犯人探しか何かをするの?」
「いや、ただの現状把握だ。色々いわくのある村のようだからな」
「いわく?」
「……詳しいことは俺もよく分からん。そのうち行ってみよう」
そこまで言って、ようやくレオがユウトを解放する。
そしておもむろに空を見上げた。
辺りはすでに夕暮れの色に染まっていて、まもなく夜の帳が下りてくる時刻。
祠に行ってきたユウトたちをこれ以上働かせる気はないらしいレオは、クリスとラフィールに声を掛けた。
「今晩はガントで一夜を明かすことにしよう。明日朝に王都に向けて出立する。ラフィール、村の一角を借りても構わんな?」
「もちろん、ユウト様のご一行を断る理由がない。食事や宿は提供出来ないが、安全だけは保証する」
「ガントで一泊か、賢明な判断だね。この辺りは瘴気を吸った凶暴な魔物が多いから、野宿はあまりおすすめできないもの」
どうやら今日はガントで夜を明かすようだ。
以前この近くに住んでいたクリスほどの実力者がそう言うのだから、おそらくこの辺りの魔物は本当に厄介なのだろう。
ガントは花畑に囲われているおかげで、村に魔物が辿り着く前に戦意を吸い取られて喪失してしまうらしい。だからこそラフィールひとりでもここで居られるのだ。
しかしそれを聞いて、ユウトはふと不安になった。
「……僕たちが来る時に散らしてしまった場所から魔物が来たら、門を壊されちゃうんじゃ?」
真っ黒だった花をユウトが浄化してしまった、門前に続く通路。そこを通られたら攻撃を仕掛けられるかもしれない。
今日は平気でも、ラフィールがひとりでいる時に来られたら大変なことになる。
そう考えて訊ねると、ラフィールは穏やかに答えをくれた。
「お気遣いありがとうございます。ですが問題はございません。今日のうちに種さえまいてしまえば、数日で芽が出ますので」
「でも、その数日は危ないですよね?」
「平気だよ、ラフィールは1対1なら負けないから。大きな魔物なんてあの道幅では1体ずつしか来れないし、基本的にランクの高い凶悪な魔物は単独行動だしね」
横からクリスもラフィールの実力を請け合う。どうやらこの線が細いハーフエルフは、ユウトが思うよりもずっと強いらしい。
「エルフ族は弓と魔法の扱いには長けています。討伐はもとより、追い返すだけなら造作もないこと。マナも戻ってきた今、これまでに比べたらどうということもございません」
「……ならいいんですけど」
確かに、瘴気に溢れた中で村にひとりでいた時から見れば、いくらか魔物が沈静化した今のほうが問題はないのか。
ひとまずユウトも納得して、花畑に目をやった。
「でも、種をまいてすぐに芽を出す花なら、ひとりでここにいるより他の土地に移って育てては?」
「それは無理なお話ですね。この花は瘴気や穢れを吸って成長する魔界の植物。この世界で生育出来るのはガント周辺だけなのです」
「あ、そうか……。じゃあ結局ラフィールさんは、ここから離れられないんですね……」
心細くはないのだろうかと眉尻を下げたユウトに、ラフィールはにこりと微笑んだ。
「お気遣いは不要です、ユウト様。そもそもここで花畑を護り、他の地域に瘴気が及ばぬようにするのが私の仕事なのですから。それに、ひとりの方が都合が良いこともあります。……何をするにも、人目を気にしなくて済みますからね」
「ガントの村長でいると、どうしても魔法を使って老人にならざるを得ないものね。ラフィールも人間と同じように歳を取っていくように見せ掛けなくちゃいけないから」
やはり、村人には半魔だということは内緒なのか。だとすると、こうして本来の姿でいられる今の方が気楽なのかもしれない。
とりあえず自身で納得ずくでここに居るらしいラフィールに、これ以上何かを言うのも野暮だろう。ユウトも気持ちを切り替えた。
「ラフィールさんがここにひとりでいるなら、時々訪ねてきてみてもいいですか?」
「もちろん、歓迎いたしますよ。マナが戻り、これで野菜や果樹も生り始めるはず。少しはおもてなしができるでしょう」
「いえ、特別何もしなくていいんですけど。……また来ますね」
「ええ、お待ちしております」
ユウトがほわほわと微笑むと、ラフィールも優しく微笑み返す。
一度そこで話を終え、一行は夜支度に入った。
レオが調理セットを出して、クリスと二人で夕食の支度を始める。
本来の野宿と違い、安全な場所での調理。いつもより手間を掛けて作ってくれるようだ。
おそらくレオが働いたユウトを労いたいのだろう。
「僕にも手伝えることある?」
「大丈夫だ、お前は休んでいろ。今日は十分働いたからな。何なら後で身体洗ってやろうか。添い寝もするぞ」
「僕自身はそんなにしてもらうほど働いてないんだけど」
正直、ユウトは扉を開けた事以外何もしていない。あとはずっとヴァルドとエルドワに護られていただけ。
……ただ、大きな決断はした。
それは、兄に対して決してばらせぬ秘密を抱えたことだ。
今までユウトは、レオが自分に対していくつもの隠し事をしているのは分かった上で、敢えて自分からは兄に隠し事をしてこなかった。
レオの抱える秘密は、ユウトを思っての隠し事。ならば今回ユウトが抱えたそれも同じ、レオを思っての隠し事だ。
彼のためにも、これは隠し通さないといけない。大変なのはむしろこれから。ユウトは密かに気を引き締めた。
「……やることがないなら、少し村の中を散歩してきていい?」
「ん? ……構わんが、迷子になるなよ。あとエルドワは連れて行け。まあ小さい村だし人もいなくて静かだから、何かあったら大声を出せば聞こえるだろう」
「うん。ちょっと花畑を巡ってくるだけだから大丈夫」
ユウトはレオにそう断ると、エルドワを引き連れて村の小道を歩き出した。
周囲はもうすっかり暗くなっている。
そのため、ラフィールがあちこちにある村の篝火に明かりを灯して回っていた。不思議な青い光は、魔物避けの効果もあるものなのかもしれない。
ユウトは篝火に照らされた花畑で立ち止まり、しゃがみ込んで浄魔華を眺めた。
「瘴気と穢れを吸収して育つ花か……。国中でたくさん育てることができれば世界が浄化されそうなんだけどなあ」
「アン……アンアン」
「ん、なあに? エルドワ」
「アンアン、アンアンアン」
どうやら今のユウトの言葉に対して意見を言っているようだが、まるで分からない。
きょとんと首を傾げると、子犬はすぐに察して人化した。そしてユウトのとなりにしゃがみ込み、こちらに向かって訴える。
「この花は、ユウトが思ってるよりずっと怖い花だよ。ラフィールが浄魔華をここから他の場所に持ちださないのは、生育が難しいのもあるけど、これ以上世界で増えるのを防ぐためでもある」
「怖い花……? 増えると何が問題なの?」
「穢れのない浄化された世界というのは、無の世界。世界の滅びと同義。およそ世界に存在するもので何の穢れもないものなんてないから、無秩序に増えてしまうと最後には全てが消える」
全てが消える。滅びという点では対極のおぞましきものと同じ力を持つということか。
……いや、そもそもおぞましきもの自体、悪意も敵意もないという。その名から対極の悪しき存在に思えるが、それが世界の浄化でないとも言い切れないのだ。
バランスを欠いた穢れた世界を、破壊によって浄化する。
おそらくそれは大精霊にも抗することが難しい、大いなる世界樹の意思によるもの。
それを施行する存在を、ラフィールがこの花畑を管理するみたいに、発現しないよう制御することなんてできるのだろうか。
「……浄魔華が気になるのですか?」
「あ、ラフィールさん」
不意に声を掛けられて振り返ると、そこにはカンテラを持ったラフィールがいた。どうやら村の篝火を点け終えて、戻ってきたところらしい。
彼が近付いてくると、なぜかエルドワが立ち上がって二人の間に割って入った。つられてユウトも立ち上がる。
「どうしたの? エルドワ」
「ラフィールはユウトに近付いちゃダメ」
敵意というほどではないけれど、警戒を見せるエルドワにユウトは首を傾げた。この人懐こい子犬が珍しい。どういうことだろうか。
しかし牽制された本人は理由が分かっているのか、ただ苦笑した。
「昼間に私がつい不躾な真似をしようとしてしまいましたので、警戒しているのでしょう。……エルドワ、心配しなくてももうあのような振る舞いはせぬ。穢れが薄れたからな。安心せよ」
「……また変なことしようとしたら噛み付く」
「肝に銘じておこう」
そう請け合ったラフィールは、花畑に目をやった。
「……貴方様がここにいるだけで、花の色が薄れていきますね」
「え、何か僕で影響があるんですか……?」
言われて花畑を見渡すと、確かにユウトの周辺の花だけ色が白くなってきている。
「この花は昼間に穢れや瘴気を吸って色を成し、深夜に月光を浴びて、マナと瘴気や穢れを合成し浄化して白くなります。ですが、今は貴方様の影響で浄化が進んでいる……花の能力が活性しているのです。浄魔華はユウト様と同じ属性を持っておりますので」
ユウトと同じ属性。つまり、この浄魔華は聖属性ということだ。
……当たり前のように、ラフィールはそれを知っている。初めて会った時からのこの慇懃な態度を考えれば、ユウトについてヴァルドと同等か、それ以上の何かを知っているのかもしれない。
「……ラフィールさんは、僕が聖属性だって分かってるんですよね?」
「もちろんです。高位の半魔ならば貴方様の魔力の馨しい香りですぐに分かります」
「僕は何も知らない。聖属性だけじゃなく、『聖なる犠牲』や『おぞましきもの』についても……」
ユウトが独りごちるのに、ラフィールは僅かに目を瞠った。
「……ユウト様は、それらのことをお知りになりたいのですか?」
少し前までは、秘された事柄にあまり関心を向けていなかったユウト。ラフィールはその様子が昼間と変化していることに気付いたようだった。
静かに訊かれて、ユウトは小さく頷く。
「ラフィールさんは僕のことやおぞましきものについて、何か知っているんですか? ……だったら、教えて欲しいんですけど」
「……人間界の者よりはエルフ族の知識の方が深いのは確かですが……それらのことについては、むしろ私より……」
逡巡を見せたラフィールは一旦黙り込んだ。
しかし、不意についと一歩ユウトに近付いて、こちらの瞳を覗き込む。昼間にもあった同じ構図。何だろうとそのまま見つめ返していると、隣にいたエルドワが喉の奥でグルル、と唸った。
「お前、また……!」
「……早まって噛み付くでないぞ、エルドワ。安心せよ、もうユウト様の意思を無視するような勝手なことはせぬ」
「……何ですか?」
意味の分からないユウトが首を傾げる。
するとエルドワを制したラフィールは、一度周囲の気配を確認してから口を開いた。
「……ユウト様。ご自身に関して知りたいことの答えは、全て貴方様の中にあります。封じられた記憶の中に」
「……封じられた? 失われた、じゃなく?」
「貴方様の過去の記憶は切り離され、二重の鍵が掛けられております。ひとつは内的な、おそらくユウト様自身が掛けられた鍵。もうひとつは外的な、何者かによって掛けられた鍵」
「何者かによって掛けられた……?」
思わぬ言葉に、ユウトは目を丸くする。
自分の記憶は消えたのではなく封じられていたというのだ。
一体誰に、と思うのと同時に、自分でも掛けたというのならどれほど思い出したくない恐ろしい記憶が封じられているのか、そちらの方が気に掛かる。
ユウトは思わず身体をぶるりと震わせた。
「ユウト様がその記憶を解放すれば、おのずと答えは分かるでしょう。ご命じ下さるのなら、私が外的封印の解除をさせていただきますが」
「……外的封印の方だけ、ですか」
「そもそも内的封印はユウト様ご自身にしか解けません。……おそらく、外的封印を解いても開示される記憶は微々たるもの。ただこれがあると、ユウト様が内的封印を解いて記憶を取り戻したい時に阻害要因となりますので、今のうちに解除してしまうべきかと存じます」
つまり、入れ子になった宝箱のようなもので、外側の宝箱の鍵が開いていないと、内側にある宝箱は開けられないということか。
そして、内側の宝箱を開けられるのはユウト本人だけ。
記憶を取り戻すことに少なからず不安を感じるけれど、自分が封じたものは開示されないのなら、それほどの衝撃はないかもしれない。
「……ラフィールさん、記憶の封印の解除、お願いできますか」
「ユウト!? いいの? レオがずっと知られたくないと思ってた記憶かもしれないのに」
ユウトの言葉に、エルドワが驚いた。
まあそうだろう。ユウトは基本的にレオの意に沿わないことはしない。もちろんこれからだってそのつもりだけれど、今このことに関しては例外だ。
ユウトは祠で会った男の言葉を思い出していた。
「……昼間の魔族がさ、言ってたでしょ? 僕のことを『何も知らずに利用されて、儚く命を散らす者』って。……このままだと、僕は本当に何も知らない。それなら僕が僕の使命を知ることで、あの予言を覆す一因になるかもしれないんだ」
自分の封印した記憶まで解き放つ覚悟はまだないけれど、その準備をするくらいの気概はある。
ユウトはレオのためにも、死なずに済む未来を作らなくてはいけないのだから。
そう告げると、エルドワは複雑な表情をしながらも、納得してくれたようだった。
「……確かに、ユウトが知ることで未来は変わるかもしれない……。でも、大丈夫?」
「平気だよ。まだ自分の掛けた封印を解くつもりはないし」
努めて明るく言って、ユウトはラフィールに向き直る。
「……お願いします、ラフィールさん」
「畏まりました」
請け合ったハーフエルフの周囲に穏やかな魔力の風が巻き上がる。
再び彼に瞳を覗き込まれ、その唇が紡ぐ呪文を聞いた。
ユウトには分からない言語だけれど、その一音一音が意識を揺さぶっていく。直接脳に響く言葉だけが渦巻いて何も考えられなくなる。
その脳裏に、見た覚えのない映像がいくつもよぎったが、思考を奪われたユウトがそれを認識することは出来なかった。
『目覚めよ』
ラフィールではない、誰かの声ではたと視界が開ける。
一気に意識が戻ってきて、ユウトは呆けたように数度瞬きをした。
「えっ……あれ?」
「終わりました、ユウト様」
「ユウト、大丈夫!?」
「大丈夫だけど……え? 記憶の解放終わり?」
……拍子抜けと言っていいんだろうか。記憶の封印解放前と何も変わらない。
「……何の記憶も戻ってきてないんですけど……」
困惑気味に告げると、ラフィールはさもありなんと頷いた。
「私は切り離されて封じられていた記憶を解き放っただけで、その記憶を繋ぎ直すことはできないのです。おそらく今後、記憶に付随する事柄に出会った時に、関連する記憶が都度呼び出され、紐付けされていくでしょう」
「今は記憶が脳内に存在するだけで、引っ張り出すにはフックが必要ってことですか?」
「簡単に言えばそういうことでございます」
どうやら切っ掛けがないと記憶は表出してこないらしい。
偶然何か記憶と結びつくものを見た時、昔の知り合いに会った時、もしくは自身が答えを求めて記憶を探る時などなど。
いつそれが引き出されるか分からないが、レオの前で動じないように心しておこう。
そう決意したタイミングで、不意にユウトの通信機にレオからの着信が入った。
おそらく夕食が出来上がったのだろう。
ユウトは通話ボタンを押し、普段通りに応じた。
「もしもし」
『ユウト、どこまで散歩に行っている? もう飯が出来たぞ、迎えに行くか?』
「ん、花畑を見てただけだから大丈夫。それほど離れてないしすぐ戻るよ」
安全な村の中とは分かっていても、どこか心配げなレオにユウトは苦笑する。
この心配性で過保護で弟にでろでろに甘い兄が大好きだ。
だから簡単には死ねない。
抱えてしまったレオに対する唯一最大の秘密。
これを護りきるためなら、何でもしよう。
きっと近いうちに自身の封じた記憶も解き放つ時が来るのだろうとどこか漠然と予感しながら、通信機を切ったユウトはひとつ深呼吸をしてからレオの元へと向かった。




