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兄弟、『もえす』で装備を手に入れる(二着目)

 夜9時頃。

 公園では花火が上がっている。


 人々の視線がそちらに向いているうちにと、ユウトとレオは『もえす』へ向かっていた。

 花火は街中のどこからでも見える。皆が空を見上げていて、2人を気にする者などいない。


 ……と思っていたのだが。


『もえす』に続く道の角を曲がったところで、タイチとミワが腕を組んで仁王立ちをし、こちらをガン見しているのに気付いてビクッとした。


「ふおお、あのローブが空気をはらんでふわふわ揺れるのが超可愛い……! あとやっぱ、萌え袖! 指先ちょこんがたまらん! ハイソックスも似合うなあ~」

「歩調に合わせてひらひら動く上着の裾とちらちら見える裏地が絶妙だぜ……! あー、脚なっげえな! くそっ、もう少し風が強ければ上着が翻ってあのラインが見えるのに! 来い、神風!」


 一応、店の前からずれたところに立っているのはこちらに対する配慮だろうか。全くもって意味をなしていないが。


 正直回れ右して帰りたい。けれど、そんなことをすれば大声で名前を呼ばれるのは明白で、2人は観念して歩を進めた。

 この職人通りが祝日のため皆お休みで、外を歩いている人がほとんどいないのだけは救いか。


「……こんなところで何をしている、貴様ら」

「俺たちの作った装備がちゃんと動いてるかのチェック」

「う、動き……??? って、何?」

「装備者に合わせて想定した、萌える動きをするかどうかに決まってんだろ。金属の重みで生地がぺたーんとなってちゃ、私らの仕事の意味がねえんだよ」

「大丈夫、両方問題なく萌える動きしてた。7時からここで待ってた甲斐があった」

「せっかくチェックするんだから、もう少し風が強くても良かったんだがな! いっそ私が大気を動かすほどの肺活量をつけるべきか……!」

「……貴様、それ以上の化けもんになるつもりか」


 何とも、仕事に真面目……と言っていいんだろうか。萌えに貪欲というか。

 ドン引きしつつも、どこか尊敬の念を抱いてしまいそうだ。


「さて、じゃあ店に入ろう、2人とも。二着目も渾身の出来だよ!」

「こっちは完全に私らの萌えの集大成だからな!」

「……そうだな、こんなところで貴様らと会話するという羞恥プレイよりはマシだ」

「うう、僕的には中に入ってからも羞恥プレイなんですけど……」

「おふぉぅ、恥じらうユウトくんテラ萌えす」

「タイチ、よだれ出てんぞ……うっ!? 他人には塩対応のくせに、恥じらう弟の頭を宥めるように優しく撫でる兄テラ萌えす……!」

「姉貴、鼻血出てる」


 ……尊敬の念がちょっと引っ込んだ。






 待って。スカート超短い。膝上何センチだこれ。

 パフスリーブのブラウスにボレロ、デザインが可愛すぎる。ニーハイソックスとドレスグローブの肌への違和感すごい。厚底で丸みのある爪先の靴、腰にはでっかいリボン、必要なのこれ?


 そして、ツインテール。

 側頭部に着けるそれは、背中より少し下くらいまで来るほど長い。地毛と繋がる装着部分には、魔石か宝石か、よく分からないキラキラした石で作った、凝った髪飾りが付いていた。気合いが入りすぎじゃなかろうか。


「……これってどうやって着けるの?」

「貸してみろ」


 ユウト自身ではできないそのツインテールの装着を、レオがしてくれる。兄は思いの外器用に付け毛を編み込んで髪飾りで留めると、魔女っ子としてできあがった弟を見てしみじみと褒めた。


「めたくそ似合ってる。超可愛い。無敵」

「……真顔で言うのやめて」


 レオのテンションでの賛辞は、逆に恥ずかしい。先日の菓子店でのクエストの時にルアンがしてくれたように、軽く流してくれれば開き直ることもできるというのに。


「レオ兄さんはカッコイイだけだからいいよね……。背広は日本で着慣れてるし」

「スリーピースは着たことなかったがな。まあ、あまり違和感がないことは確かだ。ユウトにもらったネクタイも着けられるし、問題ない」


 スーツを着ると、さっきまでのワイルドな雰囲気は一変して、切れ者のビジネスマンになる。髪をオールバックにして、縦幅の狭いスクエアタイプに細フレームの黒縁眼鏡を掛けており、一着目とは別人みたいだ。

 ……まあ、一着目と別人という点に関しては、ユウトもそうだけれど。


「そもそも、この二着目って何のために作ったの? スーツだって、まさか僕のあげたネクタイを着けるためだけじゃないでしょ?」

「その理由も大きいが、まあ確かにそれだけじゃない。……そうだな、変装みたいなものだ。追っ手を欺くための」

「……追っ手?」

「簡単に例えるが、お前に絡んでくる4人組がいるだろう。変身してしまえば気付かれることなくやりすごせる、ということだ」

「この格好だと、逆に注目浴びてバレそうな気がするけど……」

「だから、例えの話だ」


 何となくピンと来ない説明なんだけど。

 ユウトは別に誰かに追われる覚えもない。レオは一体、何を想定しているのだろう。

 首を傾げた弟に、兄は「気にするな」と頭を撫でた。


「……さて、着替えも済んだし、そろそろあっちに行くか」

「い、行かなくちゃ駄目だよね、やっぱり……」

「そんなに警戒しなくても、踊り子さんには触れないポリシーらしいから大丈夫だ」

「それは分かってるんだけど、もう目付きが怖い。あの激しく悶え転げてる間中、一瞬もこっちから視線が外れないのがいっそ恐怖」

「……最後だから我慢だ」


 2人は己の忍耐力を酷使する覚悟を決めて、『もえす』姉弟の元に向かった。






 タイチとミワの前に来ると、何故か2人は無言でひれ伏した。

 いきなりマシンガンのように萌えを吐き出されるのも怖いが、これはこれでさらに怖い。


「え、ええと、どうしました?」

「俺の元にツインテール魔女っ子神が舞い降りた……! 何たる神々しさ……!」

「これほど完璧に萌えを体現できるとは、兄は天からの遣いに違いないんだぜ……! スーツ眼鏡の神よ、感謝します……!」

「……どんな宗教だ……」


 2人の表情は恍惚としていて、かなりアブナイ感じだ。

 ようやく顔を上げ、うっとりとこちらを見上げるタイチとミワが怖すぎる。どうしたらいいんだろう。

 困って隣のレオを見上げると、ものすごく苦い虫を噛み潰したような顔をしていた。


「こいつら、気持ち悪すぎる……。これは、早々にこの装備を脱ぐしかあるまい。……おいタイチ、約束通りユウトに変身ステッキを渡せ」

「ははあ、魔女っ子神様。こちらの献上品、魔法の変身ステッキをお納め下さいませ」

「あ、ありがとうございます」


 タイチが両手で変身ステッキを頭上に持ち、ユウトに捧げる。それを上から取るのは何となく申し訳なくて、ユウトは彼の前に膝をついてそれを受け取った。


「これは、どうやって使うんですか?」

「記憶させたい装備を着たまま、この魔石の部分に10秒間触れるだけで登録できます。登録ごとに呪文を設定できるので、装備を呼び出して着たい時はその呪文を唱えます、神可愛い」

「へえ、思ったより簡単。登録はいくつまでできるんです?」

「一度に登録できるのは10個までです、神尊い」

「……ユウト、とっととこの装備を登録して、元の装備に着替えるぞ。こいつら、いつもがマシだと思えるくらい怖気が立つ」

「あ、うん」


 ユウトがレオに声を掛けられて振り向く。

 その拍子に、ツインテールがタイチの頬をパチンと張ってしまった。


「あ、タイチさん、ごめんなさ……」

「ふおおおおお、神! ご褒美ありがとうございます! どうせなら往復で、一度と言わず何度でも! 神激萌え!」

「うわ、ちょ、何!? 怖い!」


 いきなり荒ぶるタイチにユウトが半分涙目になっていると、後ろからレオの腕に抱き込まれ、そのまま工房の奥に運ばれた。

 もう付き合ってられないということだろう。


「とっととこの装備を登録して着替えよう。あれじゃ普通の会話もできん。黙ったままこちらを見るミワの視線なんか、俺ですら恐怖を覚えた」

「うう、ほんと怖かった……」


 2人は二着目の装備を登録してから一着目に着替えると、そちらも登録した。これでいつでも変身ができる。

 でももうあの『もえす』姉弟には、二度と二着目は見せまい。絶対だ。





 着替えて戻ると、タイチもミワも少々昂揚した様子ではあったが普通に戻っていた。満足して落ち着いたのだろう。

 それに兄弟はひとまずほっとする。


「ユウトくん、その魔法のステッキね。ローブの内側、ベルトの腰のとこに引っかけるフックを付けてあるから、いつもはそこにしまって。やっぱり魔女っ子は正体を明かさない方がいいし、ステッキが表から見えたら興ざめだもんね」

「あ、ありがとうございます」


 興ざめ以前に、恥ずかしくて普通に見つかりたくないからありがたい。

 ユウトは言われたようにベルトにステッキを引っかけた。


「……これでこことの取引は一旦終了だな。色々あったが、まあ……世話になった」


 隣で、レオが安堵の混じった挨拶をする。兄が自分からそんなことを言うなんて珍しいことだ。どうやら早く切り上げて帰りたいっぽい。


「時々は来るでしょ? アイテム合成とか」

「……本っ当に時々だ」

「ま、新しい素材手に入れたら来てみてよ。いい萌えアイテム作るから。アクセサリーとかも作れるし」

「アクセサリー……ユウトに欲しい気もするが、もっといい素材を手に入れてからにする。他にも作るべきものがあるし……」


 兄のしばらくここに来たくない感がすごい。

 しかし、そんなレオにミワが声を掛けた。


「そういやさ、兄。ずっと思ってたんだけど、もっと良い武器作らんの?」

「武器……? これから作るつもりだが」

「ウチ、鍛冶工房なんだけど」

「あ、こう見えても姉貴、オリハルコンまで精錬できる上級鍛冶職人なんだよ。せっかくだから装備に似合う剣作ったら? 武器合成もできるから、属性引き継げるし」

「そ、そういえばロバートがここを紹介する時に、確かに鍛冶屋と言っていたか……。店頭にコスプレ衣装しかなかったから失念していた……」


 ここの店頭には武器らしきものは何もない。一見では装備……というか、コスプレ衣装しか扱ってないように見える。それにアイテムの合成クリエイトもやっているというから、レオは道具屋としてのイメージが強かった。

 そうだ、店頭にあるのはタイチの作品だけで、ミワの作成物は置いていないのだった。


 レオは愕然としたように片手で顔を覆うと、肩を落とし大きく深い絶望に似たため息を吐いた。


「……そういうことは先に言え……」


 ……どうやら『もえす』との取引は、もうしばらく続きそうだ。


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