兄、弟に萌えまくる。タイチ母、兄弟に萌えまくる。
互いの用事が終わったレオとユウトは、再び合流するとパーム工房とロジー鍛冶工房に向かうことにした。
「ウィルさんに頼んでたバンマデンノツカイの素材鑑定はできてたの?」
「ああ。鑑定書を作ってくれていて、それを出せばタイチ母がアイテムにしてくれるだろうと言っていた」
「そうなんだ。未知の素材を鑑定出来るなんて、ウィルさんってやっぱりすごい人だよね」
確かに、あの知識や観察眼、考察力はすごい。おかげでジアレイスたちにも目を付けられてしまったのだ。最近はだいぶ接触が増えたというのが気に掛かる。
本人は平気そうだが、レオは何となく落ち着かなかった。
「先にロジー鍛冶工房に行く?」
「そうしよう。ちょっと馬車の様子を見て、アシュレイの食事を補充して行くだけだしな」
ロジーではまだ馬車の術式はいじれないが、幌と御者席の位置などを直してもらっている。そしてアシュレイも馬車ごと預かってもらっているのだ。レオたちは先にそちらに向かった。
「こんにちは」
「やあ、いらっしゃい!」
工房に顔を出すと、ミワ父がカウンター奥から現れた。作業場からは金属を打つ音がいくつも聞こえている。
「あれ、職人さんが増えたんですか?」
「そうなんだ、昔いた職人たちが戻ってきてくれてね。冒険者ギルド経由で装備一式を5組ほど頼まれたから、フル稼働だよ」
「冒険者ギルド……ダグラスさんたちのかな?」
「おそらくな。補助金とローン組みでギルドからまとめて発注したんだ。ルアンの分はネイがもえすで作ると言っていたから別だろうが」
「君たちの馬車の方は俺が担当しているけどね。あれは下手な弄り方はできないから」
ミワ父はそう言いながら、店から出て裏に置いてある馬車の元に向かった。アシュレイは奥にある馬房でくつろいでいる。
ユウトはエルドワと一緒にアシュレイの元に行ってしまったが、レオはそのまま馬車の方へと近付いた。
「幌はもう張り替えたんだな。……うん、やはり頑丈さが違う。弾力もあるし、そうそう破れないな」
「後で防火加工もするつもりだ。それから、御者席の高さをだいぶ上げた。今まで馬の体高に合わなくて走りづらかったと思うが、支点の位置を変えて重心も合わせたから、走り出しもスムーズになるし、スピードも上がると思うよ」
「それは助かるな。明日にはできそうか?」
「午後にはどうにか」
「そうか。では引き続き頼む。……ところで、術式の方はどうなってる? 魔工翁と話は出来てるのか」
馬車の改造に関してはこちらも重要だ。
付いている隠遁術式はとてもありがたいが、必ずひとり中に残らないといけないのが困る。
これを解消するには、彼らと魔工爺様との関係改善が必須なのだが……。
その問いに、ミワ父は小さく苦笑した。
「ミワとタイチくんが仲立ちをしてくれているよ。こちらとしてはわだかまりはないんだけど、お義父さんは強く負い目を感じているからね。すぐには難しい。……でも、この術式に関してはミワたち経由でやりとりをしているし、近いうちにパームの方で術式をまとめてくれるんじゃないかな」
「ならばいい」
何年も抱えてきた負い目を、一朝一夕で解消出来るはずもない。もうこれ以上悪い方向に向かうことはないのだし、そのあたりは一族でゆっくり関係を修復していけば良い。
レオとしては、しっかり仕事をしてくれれば何の問題もないのだ。
「ユウト、そろそろ行くぞ」
「うん」
アシュレイに果物を差し入れて、そのたてがみを梳いて労っているユウトに声を掛ける。弟はそれに頷くと、馬の鼻頭を撫でてからこちらに戻ってきた。
「ミワさんのお父さん、今晩もアシュレイをよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ。あの馬はおとなしいし、俺の言うことも分かってるみたいに聞き分けが良いから、何の問題もないよ」
「そうですか? 良かった」
昔は飼い主によだれを飛ばして靴に糞を落とすような馬だったけどな、とレオは内心で突っ込む。
まあ、アシュレイにとってはすでに黒歴史か。
ユウトが退出の挨拶をして、2人は続いてパーム工房に向かった。
ロジーからほど近い店舗ではカウンターにタイチ母がいて、ザインにいる息子と全く同じ体勢で本をめくっている。うん、親子だ。
日がな一日禁書を読んでいるのかという感じだが、それでも店内には新しいアイテムが並べられているから、一応仕事もしているのだろう。
「こんにちは、タイチさんのお母さん」
「あら! いらっしゃい萌え兄弟さん! 相変わらず距離が近いわね!」
「萌え兄弟言うな」
思わず突っ込む。反応も息子そっくりだ。
「今日はどうしたの? また何かラブアイテムの依頼?」
「その言い方、何かいかがわしいものみたいだからやめろ。……今日は超稀少素材でアイテムを作ってもらいたくて来たんだ」
「超稀少素材?」
「これが鑑定書だ」
レオはタイチ母に先に鑑定書を渡し、それから素材を取り出す。
その素材を見た彼女は、鑑定書と何度か視線を行き来させてから、驚愕で目を瞠った。
「バンマデンノツカイの素材ですって……!? 超稀少どころか、幻の一品じゃないの! 骨は魔界の瘴気から精神を護るもの、皮は瘴気によって失われる体内のマナの蒸散を防ぐもの……魔界!? 瘴気!?」
「深く考える必要はない。それでアイテムを作れば良いだけだ。とりあえずは俺の分だけでいい」
ユウトとエルドワは半魔だから普通に魔界を歩けるし、万が一のためだからクリスやネイの分まで作る必要もない。今作るのはレオの分だけで十分だ。
「魔界って、魔物とか悪魔とかがいる世界よね……。お兄さん、そんなところに行く予定が……?」
「自分から行く予定はない。ただ、俺の可愛いユウトを護るためにはいつ何時でもどこにでも駆けつけられる準備をしておかねばならん」
「……弟さんのためなら魔界にでも行っちゃうぞってこと……!? 素敵……! 愛ね、愛なのね……!」
レオの言葉を聞いた途端に、タイチ母の顔がぱあと輝いた。
「分かったわ、任せてちょうだい! 可愛い弟さんを護るために、命がけで瘴気の満ちる魔界に乗り込むお兄さん……! 滾るわ~! パーム工房は萌え兄弟を全力で応援します!」
とりあえずやる気を出したようだ。
するとそこで何故か、隣で黙っていたユウトに肘で軽く脇腹をつつかれた。
「……レオ兄さん、あんまり人前で『俺の可愛いユウト』とか言わないで。恥ずかしい」
「何が恥ずかしいんだ、一字一句間違ってないだろう。俺の可愛いユウトだし」
「そうそう、間違ってないわよ、大丈夫!」
「ちょ、もう、2人してやめて……!」
「……恥ずかしがって俺の胸にぐりぐり頭を押しつけてくる俺のユウトが、マジ可愛い天使なんですけど」
「その可愛らしさに思わず抱き締めたお兄さん、グッジョブ! もっとやれ!」
「たきつけないで下さい!」
足下でエルドワが生暖かい視線を送ってくるが、いつものことなので気にしない。とりあえずユウトを一頻り堪能してから解放する。
何故だかカウンターの向こうにいるタイチ母も満足げだ。
「ああー超やる気出た! やはりモノホンは違うわ……。さて、アイテムのデザインなどに希望はあるかしら? おばさん、何でも頑張って作っちゃうぞ!」
「特に希望はない。ただ、何か複合的な属性や効果を付けられるなら助かるな。少しくらい金額が割り増しになっても構わん」
「じゃあデザインは私にお任せね。アタッチメントがいいかな。ミワちゃんとも相談しようかしら。最終的にいくらになるか分からないから、手付金と代金に分けて頂くわね」
「それでいい」
全く前例のない素材を使ったアイテムだ。工賃なんて事前に分かるわけもない。今すぐ使うアイテムでもないし、手探りで進めていってもらおう。
「手付金を決めるのに概算を出すので、少し待っててくれるかしら」
「ああ、構わん」
タイチ母がその場で見積書を作り始める。
それを待つ間にふとユウトを見ると、まだ少し頬に赤みを残したまま、何だか拗ねている様子だった。
「どうした」
訊ねると、口を尖らせてじとりと睨まれる。もちろんだがそんな顔もひたすら可愛い。
「……僕ばっかり恥ずかしい気分になってるのずるい」
「恥ずかしいことじゃないのにお前が気にしてるだけだろ」
「むう~……」
いつもはそれほど気にしないのに、珍しく羞恥に駆られているのはタイチ母が自分たちを『萌え兄弟』などと評して滾っているからだろうか。考えてみれはレオとユウトがスキンシップをしても、他の人間だったら微笑ましく見るか呆れて見るかで終わること。
それを囃し立てられるのは気恥ずかしいのかもしれない。
「レオ兄さんは恥ずかしがったりしないよね……」
「特にそういう感情はないな」
「むむむ、じゃあ僕がレオ兄さんを恥ずかしがらせてやる……!」
何か可愛い悪巧みを考えているようだ。
まあレオとしては、ここで全裸にされても別に恥ずかしくないくらい羞恥に疎い。何をされても動じる気はないけれど。
「よし、じゃあお返し! 僕の格好いいレオ兄さん!」
「……ん?」
よく分からんが褒められた。
どうした? という視線で弟を見返すと、ユウトは一瞬言ってやったぜみたいな顔をしていたけれど、すぐにこちらの反応に気付いてぼっと顔を赤くした。
「もう、どうして恥ずかしくないの!?」
「あ、もしかして『俺の可愛いユウト』の反撃か」
「うう、ずるい……これも言った僕の方が恥ずかしいなんて!」
「もう一回言ってくれたら恥ずかしくなるかも」
「言わない!」
今度は耳まで赤くしてプンスコしながらレオの胸にぐりぐり頭を押しつけてくる。
どうしよう俺の弟、可愛いが過ぎるんですけど。
とりあえずめっちゃハグしておこう。
「くっ……目の前で繰り広げられるナチュラル萌え兄弟のイチャコラに、釘付けで計算が進まないわ……しかしもっとやれ!」
「早く帰りたいんで、こっち見てないでちゃんと計算して下さいぃぃ……!」
それから数十分後、ようやく計算を終えたタイチ母に手付金を払って、レオはユウトの手を引きながら機嫌良く家路についたのだった。




