弟、ネイと3日目の約束をする
感謝大祭2日目。
今日は夜に『もえす』で二着目の装備を受け取ることになっている。正直全然嬉しくないんだけれども。
「……変身ステッキ?」
「そうだ。あれはかなり得がたいアイテムだぞ。是非とも欲しい」
何故だかユウトは今、レオからツインテールの魔女っ子になるよう説得されていた。
どうもタイチがその魔法の変身ステッキとやらを、ツインテールの魔女っ子にならあげてもいいと言っていたらしい。
……いや、ツインテールって。
「兄さんに言うのも何だけど、僕18歳男……」
「大丈夫だ、ユウトなら間違いなく可愛い」
「それ、兄さんの主観でしょ」
「今までお前の女装を一度でも可愛くないと言った奴がいるか」
「……まあ、馬鹿にされたことはないけど」
というか、基本的に男だとバレたことがない。だから複雑な思いはあれど女装自体は特に嫌悪感がないのだ。ただ、そういう格好をすると寄ってくる変な男たちが苦手だった。
「……『もえす』で1回着る程度なら。レオ兄さんと他2人しかいないし」
タイチの反応はかなり怖いが、兄がいるならまだ我慢できる。それに彼は転げ回るだけで手を出しては来ないから、その点は安心だ。
「それで構わん。一度着てステッキに装備の登録をしてしまえば、次は全く同じように一瞬で変身できるらしい。今の装備も登録しておけば、いつでも着替えたり戻したりできる」
「あ、じゃあ朝起きた時、パジャマからすぐに装備に着替えることもできるんだ」
「そうだな、緊急事態の時なんかはそういうのも役に立つ。後は、属性ごとの装備をセットしておいて、敵に合わせて着替えるという手もある」
「なるほど……そう考えると、確かにあると便利かも」
そんなものを作るなんて、やはりタイチはすごいアイテムメーカーなんだろう。それが萌えにしか発揮されないのがもったいない。
「どうせこれを手に入れた後はしばらく『もえす』を訪れることはない。最後はちょっと我慢してくれ」
そう言ってこちらの頬を撫でるレオに、ユウトは首を傾げた。
「ポーチも作ってもらうんでしょ?」
「まあ、他にも替えのローブや上着など色々頼みたいが、次に必要な素材はランクS以上だ。そう簡単には手に入らない」
「レオ兄さんでもランクSは難しいの?」
「ゲート自体の難易度よりも、ゲートに入るのが難しいんだ。ランクS以上は『災害級』と言われていてな。出てくる魔物の強さが尋常じゃない。それが外に排出されないように何重もの封印術式が組まれ、冒険者ギルドや国によって管理されてる。許可がなく入れる場所じゃないんだ」
そうか、だからランクS以上は完全なる指名制、依頼ボードに載ってくるわけもない。ギルドや国に認められる実力と実績、意志がないと、その冒険者ランクを手に入れることもできないのだ。
「じゃあ、僕たちがランクSに上がれるまでは駄目ってこと?」
「そんな悠長なことしてられるか。……それに、ランクSになるには身分や出自も調べられるし、面倒なことこの上ない。手っ取り早いのは闇市やオークションで発見次第買うことだな。ランクS冒険者のゲート突入に同行するのも手だ。しかしこのレベルはみんな6人パーティだからそれも難しい。後は、できたばかりで発見されていないランクSゲートを見つけられれば言うことなしだが、これは完全に運だ」
「指名制の依頼で取れたランクS以上の素材が、普通に流通することってあるの?」
「大体は国が買い上げてしまうから滅多にないな。時折、国から弾かれた端材が出る程度だ」
ランクS、かなり稀少な素材のようだ。闇市やオークションで手に入れようとしたら、一体いくら掛かるんだろう。
「闇市やオークションって、どこでやってるの?」
「……内緒だ。お前が行くような場所じゃない」
「うー、ずるい」
「ずるくない。ユウトみたいな可愛いのはすぐ喰われるぞ」
レオが弟の手を取って噛むそぶりをする。
「そしたら噛み付き返す。歯は丈夫だし」
「……余計可愛いから駄目だ」
はむ、と兄の腕に噛み付くまねごとをしたら却下された。ずるい。
「こんにちは、ユウトくん」
午後、まだ『もえす』に行くまではかなりの時間があった。
ユウトが暇つぶしに散歩をしたいと言うと、レオは少しだけ逡巡した後、ちらりと窓の外を見てからOKを出してくれた。
何故か「狐に化かされるな」という忠告と共に。
そうしてリリア亭を出たら、すぐに男に声を掛けられたのだ。
「あ、こんにちは、ネイさん」
挨拶をしたユウトに、ネイはいつもの人懐こい笑顔を向ける。
「ずいぶんと可愛らしい出で立ちだね。とても似合ってる」
「これが似合うと言われるのもちょっと微妙なんですけど……でもありがとうございます」
ユウトは苦笑しつつも、褒められたことに礼を言った。
「もう大祭も明日で終わりですね。ネイさんの人捜しはどうなりました?」
「ああ、おかげさまで見つかったよ。ありがとう」
「そうなんですか。良かったですね、ザインを離れる前に見つかって」
確か彼は祭りが終わるまでしか滞在しないと言っていた。
その間に見つけられて良かったと、素直にユウトは思う。その捜し人が結局誰だったのかなんて考え至るわけもない。
「じゃあ、今からは感謝大祭を見に?」
「いや、今日も明日も仕事」
「仕事……。また清掃関係の?」
「そう、それそれ。最近まで放置してたゴミ、もういらないっぽいからそろそろ片付けようと思って。命令されたわけじゃないけど、聞こえるように言われちゃうとね。俺、上司思いだから」
そう言ったネイはおどけるように肩を竦めた。
「祝日もお仕事なんて、ご苦労様です」
「いえいえ。ふふ、ユウトくんは良い子だねえ。君のためにも街を綺麗にしなくっちゃ」
「? ありがとうございます」
何となく含みのある笑みを向けられて、不思議に思いながらも礼を言う。街を綺麗にしてもらえるのは、何にしろありがたいことだ。
「ユウトくんは、お祭りを見に行くのかい?」
「いえ、もう昨日見て回ったし、欲しいもの買っちゃったし。今日は少し散歩でもしようかなって」
「……また、嫌な奴らに見つかったら絡まれるんじゃないの?」
「んー、公園に行かなければ平気だと思うんですけど……」
一応その可能性も考えて、近場の通りをぶらっとするだけにしようと思っている。まあ、絶対会わないとは言えないけれど。
しかしレオが許してくれたのだから、大丈夫だろう。
「良かったら一緒に行こうか? 前も言ったけど、あいつらに会わないようにすることくらいならできるよ」
「え? でも、お仕事中ですよね?」
「いいのいいの。可愛い子を護ると俺にはありがたい御利益があるんだ。……それに、おそらく俺の同行を織り込み済みなんだろうし」
ネイは小さく呟いて、ユウトの頭を撫でた。
御利益って何だろう。首を傾げつつも、その厚意に甘えていいのか迷ってしまう。しかし、ふと先日にも同じような状況があったことを思い出して、ユウトはぱちんと胸の前で手を叩いた。
「あ、そうだ、だったらついでに先日のお礼! 食事ご馳走します! ネイさん、明日までしかいないし。……あ、でも昼食はもうとっちゃいました?」
「ああ、そういえばこの間そんなこと言ってたね。昼食は……あー、でも、そうだな、どうせなら……」
ユウトの誘いに、ネイは何かを思案した。顎に手を当てて一旦ユウトから視線を外し、しばしの沈黙を経てその視線を戻す。
それからおもむろに、ひとつ頷いた。
「今日はもう食べてしまったんだ。申し訳ないけど明日ならどうかな? 昼はちょうど大通りで国王様の歓迎パレードがある時間だ。みんなパレードを見に行って店が空くから、ちょうど良いと思うよ」
「パレードなんかあるんだ……国王様、ちょっと見たいかも」
「パレードじゃ早めに前の方を陣取ってないと人混みでほとんど見えないよ。どうせその後にもっと近くで見れるから、その時でいいんじゃない?」
確かに、背の低いユウトでは前に大きな人が立ったら見えない。
「そうか、国王様は御用邸のテラスでお言葉を述べるんでしたっけ。じゃあ、その時でいいかな。そしたら明日のお昼は、どこで待ち合わせましょう?」
「路地裏に、隠れた名店があるんだ。人が多いと待ち合わせも大変だし、路地裏に入って最初の街灯の下にしよう」
「路地裏ですね、分かりました」
人通りの少ない路地裏に飲食店があったなんて、気付かなかった。ザインに住んでいるわけでもないネイがよく知っているものだ。街の隅々まで清掃してくれているのだろうか。
「ネイさんって、ザインの街に詳しいんですね。結構街中を歩いてるんですか?」
「ん? まあ、そこそこね」
「じゃあ、犬と狐って見たことあります?」
「犬と……狐?」
「兄が、街中に犬と狐がいるって」
「……ああ」
一瞬だけ目を丸くしたネイが、ユウトの言葉に面白そうに笑った。
「ふふふ、いるよ、犬と狐。お兄さんは何て?」
「今日出てくる時は、『狐に化かされるな』って言ってました」
「おやおや、それは酷いな」
酷いと言いながらも、ネイは笑顔のままだ。少し悪戯っぽく目が細められる。
「帰ったらお兄さんに言っておいて。狐もイヌ科だから飼い主に忠実なんですよって」
「飼われてる狐なんですか?」
「まあ、放し飼いかな」
ネイは喉の奥でくつくつと笑うと、そのままユウトの散歩に付き合って歩き出した。