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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【一方その頃】クリスと真面目 2

 夜中の3時を過ぎると、いつの間にやら空になった倉庫の扉が自動的に開く。

 おそらく翌日の搬入に備えての仕様なのだろう。昼間行き交う人々も空の倉庫になど見向きもしないから、旅人の印象にも残らない。

 だから今まで目立たずここに溶け込んでいたのだ。


 クリスと真面目は宿を抜け出すと、足音を消して倉庫に近付いた。

 中はすでにがらんどう。明かりで照らせば奥までよく見える。こんなところ、わざわざ様子を見に奥まで入る者なんかいないだろう。


「侵入者を排除するような罠などはないようですね」

「まあ、搬入業者が誤って罠にでも掛かったら大事になってしまうからね。搬入している商品自体は一般的なものばかりだし、逆にそんなものを掛けていると怪しまれる」


 クリスは平気で倉庫に踏み込んだ。感知の魔法が掛かっていたらちょっと困るが、それならすでに真面目が止めているはず。

 危険行為かどうかの判断は彼に任せて、クリスは好き勝手に倉庫の中を探り回った。


「術式を集中管理している水晶パネルがあるはずなんだけど……あ、これかな。壁に小さな窪みがある。ここに指を引っかけて……」

「はめ込み式の壁板でパネルを隠しているんですね」

「うん。でもこの程度の保護しかしていないってことは、術式を読み解かれない自信があるんだろうな。どれ……」


 壁板を外すと、中からびっしりと術式の書かれた水晶の板が現れる。

 上から3分の1程度は、空調等の一般的な術式だ。

 しかしそこから下には通常お目に掛からないような文字が並んでいた。


「……この術式は? あまり見たことのない文字ですね」

「これは魔界語だよ。魔族の組んだ術式だね。なるほど、これなら普通の術士では読み解けない」


 クリスはパネルをたいまつの明かりで照らし、しげしげと眺める。

 普通の術士が読み解けないのは文字の違いのせいもあるが、それ以上に人間界のものより配列や構造が複雑なのだ。


「……写しを取って王都の魔術研究機関に解読を依頼しましょうか」

「いや、問題ない。古代魔界語でもないし、私が読める」

「魔界語を?」

「一応ね」


 クリスはリインデルで幼い頃から魔界語の本を普通に読んでいたし、冒険者になってからはゲートやドロップで手に入る魔界の魔術書などを読み漁ってきた。

 一から術式を組み上げるのは難しいが、読み解いて改変をする程度の知識なら十分にあるのだ。


「……ずいぶん強引な設定の術式だなあ。物資と一緒に忍び込む作戦、真面目くんに止めてもらって良かったよ」

「この術式に何か?」

「これ、本来はレアな魔法鉱石や特上魔石を媒体として使って発動するべき転移を、術式だけで設定しているんだ。それなりに知識のある魔族が作っているんだろうけど、組み立てが強引なんだよね。……単純な物質の転移はできるけど、複雑な、例えば生物なんかの転移だと、飛んだ先で変異を起こす可能性がある」


 魔界には魔施術師という術式を専門に扱う魔族がいる。彼らの作る術式は安定していて、コードに無駄がなく美しい。

 しかしこの術式は無駄な継ぎ接ぎだらけで酷く不安定。物質を安定させるための媒体も使っていないから、転移先に物質が同じ形のまま届くとは限らないのだ。


 あのままクリスが突入していたら、形を維持出来ずに向こうで違う生き物になっていたかもしれない。


「……ではここから討伐軍をジラックに送り込むのは難しいですね」

「そうだね、現状では。もっとちゃんとした術式なら書き換えて利用も出来るけど、媒体がなければ危なくて使えないからなあ。見たところこっちから向こうに飛ぶだけの一方通行で、戻ることも出来ないし」


 コードを読み進めるほどに、この術式の使えなさが露呈する。

 倉庫からガラシュ・バイパーの居場所に突入するのは、どう考えても自殺行為だ。ここの調査は無駄だったかもしれない。


 期待外れだったか、と少々落胆しかけたクリスは、しかしふと最後の数行で目を止めた。


「これは、転移先の座標……」

「座標?」

「普通はこんなのないんだが……そうか、媒体を使わずに全てを術式で設定しているから、場所の指定が必要なのか! これがあれば、転移魔石を使って直接飛べるかもしれない」

「転移魔石で? そんなことが可能なんですか?」

「やってみれば分かることだよ」


 いつもは脳内に浮かべる映像で座標の指定をしているところを、正確な所在地としての座標で指定するだけだ。

 そもそも我々が一度行った場所にしか飛べないのは、魔族のような座標を読む能力がないから。正確にそれを指示出来るのなら、初めての場所でも飛べるはずなのだ。


 ものは試しとクリスがさっそく転移魔石を取り出す。と、途端にはっしと真面目にその手首を掴まれた。


「リーダーと殿下から無茶な偵察はさせるなと言われています」

「別に無茶じゃないだろう? ちょっとお試しするだけだよ。大丈夫、行って帰ってくる分の転移魔石はあるから」

「敵地の極秘施設にひとりで突入することのどこに無茶がないのか分かりませんが」


 真面目はやはり固い。

 まあだからこそ、危険を冒しがちなクリスに当てられたわけだけれど。


「危ないから止めろ、じゃないんでしょ? ってことは、私が向こうに飛ぶことに危険を感じてないわけだ。だったら問題なくない?」

「私が危険を感知できるのは直近のことだけです。飛んだ後の数十分後にあなたが死ぬとしても予知できません」

「転移で危ないのは飛んだ瞬間だけだよ。後は手抜かりなんてしないから大丈夫」

「……ああ言えばこう言う……聞き分けの悪い子どもですか、あなたは」


 真面目は呆れたようにため息を吐いた。


「まあそれでも、私を無視して無理矢理転移したりしないところは評価しますけども」

「一応大人なので」

「それは良かった。ではそろそろ大人は大人らしく、聞き分けて下さい」


 ……結局真面目は頑として譲る気がないようである。

 それで拗ねたりするクリスではないけれど、少々消化不良な気分になるのは仕方がないだろう。


「敵を一度確認しておいた方がいいと思うんだけどなあ」

「私にOKを出させようとしても無駄です。……明日の夜にリーダーがここに来るそうです。もし行きたいのなら、リーダーに交渉して下さい」

「あ、ネイくんもう来れるんだ。……そうか、じゃあ彼と交渉しようかな」


 真面目の譲歩とも思える言葉に、クリスは納得して転移魔石をしまった。

 ネイとは入れ替わりで帰るつもりだったけれど、彼が夜に来るならどうせ自分の出立は翌朝。だったら夜のうちに少し敵地を見てきてもいいだろう。


「リーダーだってOKを出すか分かりませんけどね」

「まあ、その時はその時だよ。めいっぱいごねよう」


 クリスと真面目はそれで話を収めると、来た時と同様に足音を消して宿に戻る。

 明日はまた夜通し活動することになるだろう。

 そのために、昼間の間に十分休息を取っておかなくてはならないのだ。


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