【一方その頃】クリスと真面目 1
「夜11時から順次納品、物資の搬入は大手の物流業者。倉庫の中に全ての荷物を入れた後に施錠、深夜3時には転送が完了し空になる。まだ2日しか見ていませんが、両日1分と違わずに動いているところを見ると、これが毎日固定された動きと見てほぼ間違いないでしょう」
「そうだね。転送の術式が発動するのは施錠したタイミングなのかな。それとも時間? それに合わせて忍び込めば、物資に紛れて侵入できそうだけど」
「却下します」
「君、固いよね~……」
倉庫を見下ろせる部屋で張り込みながら、クリスと真面目は物資の動きを確認していた。
納品をしているのは、エルダールをまたに掛ける大手の物流業者だ。各地のいろんな店の商品搬送を請け負っているから、これもその一環なのだろう。
ジラックと関わりがあるかと言えば特にそうでもなく、ただ頼まれて配送しているだけ、というスタンスのようだ。
大手業者なら転移書簡ボックスくらい持っているだろうし、そこに毎日の依頼リストと支払いがあれば、商売は成立してしまう。
「搬入品目は食品、娯楽品、衣料、燃料等々……。毎日の搬入とはいえ、この量では一般人には行き渡らないでしょうね」
「うん。貴族でも支払いがままならなくなったら、途端に切られるだろうしね。これは領主と本当に上位貴族だけのものだと思うよ。完全に建国祭まで保たせれば良いという考えなんだろう。そこで王都を陥落させてしまえば国の富は俺のもの、ってお花畑な未来を見ているんだね」
まあ当然だが、その未来が実現することはない。
ジアレイスたちが別の思惑で動いているというのもあるが、何よりあの領主は使い道がなくなった途端に殺されるに違いないからだ。
レオからこれまでの経緯を聞いているが、クリスから見ても結果は明白。
魔研は道化師として彼にどんな最期を授けるつもりだろうか。
「3時に物資の転送が終わった後、倉庫に調査に行くくらいは良いよね? 結構大掛かりな術式を使ってると思うんだ」
「それは問題なさそうです。許可します」
「じゃあそれまで待機だね」
クリスは一度窓際から離れた。そしてポットからコーヒーをカップ2つに注いで、砂糖もミルクもなしでひとつを真面目に差し出す。
「ブラック平気?」
「……飲めない事はありませんが、基本甘党です」
「はは、そうなんだ。じゃあ角砂糖入れておくね。……ユウトくんみたいな子が好みなのも、甘党のせいかな? 見るからに甘い味がしそうだもんね」
「……なるほど! 私の嗜好が甘党だから、砂糖菓子のような可憐な子を見ると匂いを嗅ぎたくなるんですね! それは盲点だった……! 今後、私は変態ロリコンではなく甘党なのだと殿下に宣言することにします!」
「……うん、まあ、がんばって」
ちょっと軽口を叩いただけだったのだが、何故か目から間違った鱗を落とす真面目に、クリスは若干引き気味だ。
まあどう言ったところで、きっと彼は変わらずレオに追い払われるのだろうなと思いながら、クリスは窓際に椅子を引き摺って行って座った。
それからちらりと真面目を見る。
「……ところでさ、君たちの間でユウトくんの位置づけってどうなっているの?」
「どうとは?」
「レオくんの弟と言っているけど、血の繋がらない半魔でしょ? ……ネイくんや君や、……それこそ陛下は、あの子が本来何者か知っているの?」
この質問は、クリスがいつか誰かにぶつけてみたいと思っていたものだ。
しかし、レオには絶対出来ない質問。ネイやライネルはおそらく何か知っていても上手にはぐらかす。ルウドルトは頑として口を割らないだろうし、他の人間はそもそもそこまで深く知らないだろう。
その点、真面目は王宮の秘密を共有する部隊の一員であり、かつ適当なことを言って誤魔化すタイプでもない。こちらがレオの仲間であると考えれば、答えをくれる可能性が一番高い。
「普通の半魔が大精霊から直接的な加護を受けるなんてありえない。……ユウトくんは、何者なのかな?」
「……アレオン殿下からはどこまでお聞きになってるのですか?」
「レオくんは魔研とジラック関係のことは詳細に話してくれたけど、ことユウトくんに関しては、5年前より昔の記憶がないことくらいしか教えてくれなかったよ」
そう告げると、真面目は考え込むように押し黙った。
彼が安易に極秘事項を漏らすような男でないことは分かっている。それこそ命令に対してとても真面目なのだ。
ただ他の者たちよりも、クリスに情報を与えないリスクの方を分かってくれている。彼の直感が、こちらに情報を与えた方がいいと告げるのならば、きっと少しは情報を零してくれるだろう。
そのまま彼が口を開くのを待っていると、真面目はコーヒーで一度喉を湿してから、静かに語り出した。
「……結論から言いますと、弟君が何者であるかは未だ誰も知りません。殿下すらもです」
「レオくんも知らないの?」
「はい。彼の存在が初めて確認されたのが魔研の実験棟の中だったそうで、どこから連れてこられたのかも分からないということです。魔研の地下にあったランクSSSのゲートではないかと言われてはいますが、正確なところは分かりません」
真面目の説明に、クリスは目を丸くする。
「え、ユウトくんって、元々魔研で実験用に捕まっていた子なの!?」
「そのように聞いています。リーダーの話によると、肌は投与された薬剤であちこちが黒くくすみ、背中に付いていた羽はもがれていて、手足が棒のようなやせぎすだったとか」
「酷いな……。でもそんなユウトくんとレオくんに、どうして接点が?」
「殿下が高ランクゲートを攻略するために魔法が必要で、首輪で使役できる魔力の高い半魔として貸し出されたようです」
「……あんまり良い出会いじゃないねえ……」
記憶をなくしているというユウトに、レオはこの話をしてはいないだろう。おそらくユウトはかなり辛い目に遭わされていたのだ。
……なるほど、レオが頑なに魔研の詳細な事案からユウトを離したがっているのはこのせいか。
「魔力が高く、羽の生えた半魔……。力を削がれた大精霊の代わりに、世界の魔力を安定させる存在……か」
「彼が何者にしろ、我々にとって弟君を護ることは最重要事項のひとつです」
「……だろうね。大精霊が完全復活したとしても、ユウトくんに何かあると……レオくんが、危険だ」
クリスは、レオがユウトを魔研に関わらせたくないのは、弟を危険な目に遭わせたくないというただの過保護なのだと思っていた。
けれど、今の話を聞いてもっと大きな危険があるのだと気付いてしまった。
当時からあの執着があったのなら。
ジアレイスたちはおそらく、ユウトを取り上げればレオが我を忘れて暴れ、世界にとって危険な存在になることを知っている。
もしも奴らに2人がこの世界に生きている事を知られ、ユウトを狙われたらどうなるか。
エルダールは最悪、ジアレイスたちとジラックの死兵軍団と、そして制御不能となったレオを相手に戦うことになる。
最強の味方だった男が、最凶の敵になるのだ。
それは何が何でも避けなければ。
「……私のこの残された僅かな運で、彼らを護りきれるといいけど……」
クリスは小さく呟くと、鎧の上から左胸に手を当てた。




