【死んだはずの魔族】2
「何か、大したセキュリティじゃないねえ。他者の侵入とか想定してないっぽいな」
「向こうのユグルダの跡地では雪が降っていて、悪魔の水晶は完全に埋もれてた。人間にはそもそも水晶自体が見えないし、短期間なら見付からないと思うのは当然。鼻の良いエルドワだから見付けられた」
「ああ、確かに俺たちだけじゃ見付けられなかったな。さすがエルドワ、えらいえらい」
その頭を撫でると、満足げにドヤ顔をするのが子どもらしくて可愛らしい。
彼は尻尾をぴるぴるしながら、続いてネイを先導した。
「ネイ、エルドワは地下に行く階段も分かる。ついて来て」
「エルドワ、何があるか分からないから気を付けてね」
「平気」
まあ、この子犬は罠だって見破る。余計な心配か。
ジードもいないようだし、それほど身構える必要も無いだろう。
「しかし、ユグルダの村人が生け贄ってことは、向こうの世界を禁忌魔法で破壊するつもりなのかな? だったら、わざわざこの世界に連れて来ても、もう一度向こうに連れて行くことになりますよね。ここで発動した禁忌魔法が向こうの世界に影響するわけないし。何か二度手間じゃありません? 生け贄をキープしたいだけならジラックみたいに村を封鎖して、余所者が入れないようにすればいいだけな気がするんですけども」
それこそジラックでは、そういう感じで後の労働力をキープしている。なのにジアレイスたちは何故、今回ユグルダをこの世界に引き込んだのか。精霊の祠も何か関係があるのか?
ネイは違和感に首を傾げて、大精霊に意見を求める。
するとその大精霊からは、予想外の答えが返ってきた。
『……おそらく、ジードは向こうの世界を禁忌魔法で破壊することなど考えていない』
「え? それって、ジアレイスたちが向こうの世界の破壊を優先してるっていう、エルドワの推察とは違うってこと?」
『いや、奴らはそう考えていると思って間違いない。……私は、ジードが魔研と別の思惑で動いているのではないかと考えているのだ』
「えええ? でもジードとジアレイスって手を組んでて、テムの精霊の祠守ってたんですよね?」
『私たちがあの男を殺したと魔研に錯覚させるまではな』
その言い方に、ネイは目を丸くした。
それってつまり、さっき言っていたこと。
「ジアレイスたちと手を切るために、大精霊さんとレオさんが利用された……?」
『おそらくな。あとは、魔界のルガルの目を眩ます目的もあったと思う。あの時、ジードはレオのことを「ルガルがジード討伐のために送り込んだ半魔」だと思い込んでいた。レオの前で自爆することで、ルガルにも自分が死んだと認識されることを狙っていたのだ』
「レオさんたちが離脱することも織り込み済みだったんですかね?」
『ルガルの鈴の存在を知っていたとしたら、多分な』
「……聞いた話よりだいぶ策士っていうか、一筋縄ではいかないタイプっぽいなあ……」
こうして聞くと、感情的で勝手に自爆したアホとは真逆の印象だ。
こいつは手強いかもしれない。
「それにしても、ジアレイスと別の思惑で動いているとなると、ジードの目的って何なんでしょうね。ここで生け贄を集めて、何をするつもりかなあ」
『……いくつか想定することはできるが、まだ憶測の段階だ。もう少し情報が集まるまでは言及せずにおこう』
「そうですね、とりあえず直接言葉を交わせばもう少し探ることができるでしょうし」
精霊の祠を開放するには、どうせジードと対面しないといけない。
大きな魔法を放てるようだから厄介だが、死んだと見せかけてジアレイスに内緒でここにいるのなら、居場所がバレるような魔法は使わないだろう。
さてジードとどう戦おうかと思案していると、前を歩いていたエルドワが落とし戸を見付けて立ち止まった。
「ネイ、ネイ。ここに地下に続く階段がある」
「おっと、ここにも鍵が掛かってんのね。でもやっぱ、誰も来ないと思ってるから魔法の罠は付いてないな」
この鍵もネイは簡単に開けてみせる。
そして落とし戸の蓋を持ち上げ、中を確認した。
「……どうやら奥に檻があるみたいだね」
「うん。今は人間しかいない。……エルドワは人間にこの姿を見られたくないから犬に戻る」
「ああそっか。どうせあとはジードと戦うのがメインだし、戻って大丈夫だよ」
ネイがそう言うと、エルドワは再び子犬に戻った。そして一足先にぱたぱたと地下に走って行く。
それを追ってネイも奥にある檻に向かった。
地下は薄暗いけれど一応光があり、目を慣らせばそれなりに周囲は見渡せる。すると床のそこかしこに魔方陣が書かれていて、壁には術式の試作らしき文字の羅列があるのが見えた。
「何の術式だろ、これ」
『これは……。既存の術式とは違う配列と、新言語……』
「新言語?」
『……ネイ、すまんが私をしばらくここに残してくれ。そちらはそちらで事を進めろ』
「大精霊さんをここに置いて……? まあ、いいですけど」
壁の術式らしきものを眺めて動きを止めてしまった大精霊を不思議に思いつつも、ネイは顔が分からないように鼻の上までスカーフで覆って、エルドワが待っている檻の前へ行った。
そこには20人ほどの村人が捕まっていて、ネイを見た途端に緊張したようだった。
「あ、あんたはあいつの仲間か……?」
そのうちのひとりの男が恐る恐るといった様子で声を掛けてくる。
ネイはそれに心外だと言わんばかりに大仰に肩を竦めた。
「俺が魔族に見えます? 安心して下さい、成り行きであなたたちを助けに来た者です」
「な、成り行き……? いや、何でも良い! 俺たちを助けてくれるのか!?」
「まあ、無事に元の世界に戻れるかはまだ分かりませんけどね。……よし、ここも魔法の罠は掛かっていないな。鍵を開けます」
ネイは鍵穴にピックを突っ込んで、中を探る。
……魔法の罠はない。が、どうやらこれには感知魔法が掛けられているようだ。おそらく鍵が開くと、ジードにそれを知らせる魔力の信号が飛ぶ。
気付いていながらも、ネイはそれを平気で開錠した。
どちらにしても檻を開けないわけにはいかないし、ジードを呼び出さないわけにもいかないのだ。
さあ、どんな男が現れるのか。
そう考えながら、ネイは檻を開け放って村人たちを連れ出した。




