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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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【死んだはずの魔族】1

 一瞬の暗転の後、ネイとエルドワの身体は浮遊感に見舞われた。

 いつもはすぐ足下にあるはずの大地が遙か下に見える。

 ネイたちは異世界の空に放り出されたのだ。


「うわ、マジか! この高さから落ちたらさすがに死ぬ! ……あ、だからさっきの天使像?」

『そうだ。早くポーチから出せ』

「そういうことは先に言っといてよ~! はい、よろしく!」


 2人の身体はすぐに落下を始めたが、大精霊に指示されたネイは上手く空中で体勢を整えて、エルドワをしっかり抱えたまま天使像を差し出した。

 それは光の玉と化してネイの手を離れると、その背後に回る。

 背中にくっついた羽が大きくばさりと動いて、急速に落下速度が落ちたことに、ネイはほっと息を吐いた。


「あーびっくりした。……おお、俺の羽って真っ黒なのね。ユウトくんの真っ白と対照的だなあ」

『お前の羽はカラスだな』

「ああカラスか、俺にぴったりかも。……ただ、ここだと目立ちそうだわ~」


 周囲を見回したネイが苦笑する。

 今から降りていく大地が、一面雪で覆われているのだ。真っ白な世界に黒いネイの姿は、かなり悪目立ちする。

 だいぶ用心しなくてはいけないだろう。


 そんな景色の中、ネイは上空から見たことのある造りの村を見付けた。

 ユグルダだ。

 やはりこの世界と入れ替えられていた。

 そして村の隣に、石造りの見たことのない建物があることにも気付く。いかにも研究施設的な、怪しい佇まいだ。


「……エルドワ、前回ユウトくんと飛ばされた時に見た研究所みたいな建物って、あれ?」

「アウン、アン、アンアン」

「ん? 何て?」


 ユウトでも未だに3単語以上連なると理解出来ない犬語、ネイに分かるはずもない。訊き返すと、エルドワはウ~と唸ったあとに、諦めたようにネイの腕の中で人化した。


「……あれは違う。エルドワがユウトと見たのは、もっと大きくて本格的な研究所だった。空気の匂いからして同じ世界だけど、おそらく今回は全然違う場所に飛ばされてきた」

「ってことは、異世界にはすでにあちこちに研究拠点があるのかな? まさか、世界を造るために労働力が欲しいから、ユグルダを引っ張ってきたわけじゃないよね?」

『空間入れ替えの術式は、常時魔力を消費する。そんな非効率なことはするまい。そもそもそれが永続的に可能なら、最初にジラックを丸ごと空間入れ替えするはずだ』

「ああ、確かにそうか。この世界で働かせるにしても、人数も設備もユグルダよりジラックの方がはるかに充実してるもんね」

『おそらく一定期間こちらの世界でユグルダを何かに利用して、使い道がなくなったら戻すつもりなんだろう。……もちろん、元の姿でとは限らないが』


 そんな話をしている間に地面が近付いてくる。

 その足下でキメラらしき魔物が待ち構えていた。

 エルドワがそれを見下ろしながら、また喉の奥で唸る。


「……ネイ、最初にここに連れてこられた人間は、みんな実験でああいうことになってた。敵は多分、労働力とかは考えてない。向こうの世界を破壊することを優先していると思う」

「世界の破壊が最優先か。陛下への恨みは凄まじいね。……それで最終的にジラック民だけここに転移させて、晴れて世界の創造のために奴隷のごとくこき使おうってか。魔研のやつら、マジで人間なのかね」


 ネイはそう言って肩を竦めると、エルドワを片手で抱えて右手に剣を構えた。

 エルドワもネイの肩に手を掛けて、いつでも飛び出して行ける体勢を取る。


 やがて地上から5メートルほどに到達した2人に、待っていたとばかりにキメラが飛び掛かってきた。

 その瞬間にエルドワは軽やかにジャンプして、この小さい身体のどこから出るのか分からない重たい蹴りでキメラを地面に叩き落とした。

 同時に羽を畳んだネイが、落下の勢いのままにキメラの首を落とす。


 雪の上に赤黒い血が飛び散り、一瞬で決着はついた。


「合成魔獣だけど、心臓が2つあったり部位ごとに別々で動いたりしないのかね? それほど強くもないし」

「……外に放たれているのは多分失敗作。上手くいったのは以前見た大きい研究所に入れられてると思う。……ユウトにあんなところを見せられない」

「そっちの研究施設がおそらくジアレイスたちの本拠だよね。俺は見に行ってみたいけど」

「無理。時間が掛かる。そうするとエルドワが瘴気にあてられておかしくなる」

「あ、それは怖いな。……仕方ない、またの機会にするか。とりあえず、ここにあるあの建物を調べよう」


 ネイは背中についていた羽を天使像に戻し、再びエルドワを抱き上げた。


「アシュレイから沈下無効を返してもらってくるべきだったかな。エルドワ、歩きづらいだろ」

「雪は埋まるのが醍醐味。この感触楽しい」

「あ、そうなの? でも雪踏みしめると音がしちゃうからね。しばらく我慢して俺に背負われてて」

「うん、我慢する」


 おとなしく背中に貼り付いたエルドワを連れて、ネイはまず村に近付いた。

 村人がいるかどうかを見るためだ。

 子どもを背負っているせいで少し体重移動にぶれが出るが、沈下無効のおかげで足音が完全に消えるのがありがたい。


「……ネイ、村には誰もいない」


 そして、この優秀な子犬の能力もありがたい。

 気配にも魔力にも鼻が利くエルドワは、いち早く村の様子を察してネイに告げた。


「村に誰もいない……ってことは、やはり目的は村人を攫うことだったわけだな。また半魔やキメラに改造するための実験材料か?」

『そうとも限らん』


 不意に、ずっと黙って上空に浮いていた大精霊が話に入ってきた。

 腕を組んで、何か思案している様子だ。


「大精霊さん、他に心当たりが?」

『ユグルダにあった悪魔の水晶に流れていた魔力が、覚えのある波長だった。私の懸念が当たっていれば、おそらく攫われた人間たちは生け贄だ』

「生け贄? ……え、それってジアレイスたちの降魔術式のための……?」

『いや、生け贄の必要な禁忌術式は他にもある。普通には知り得ないはずだが、もしもあの男が生きていたのなら……』


 この言い方、脳裏に誰かを思い浮かべている。どうやら大精霊はすでにここにいる魔族にあたりを付けているようだった。


「あの男って?」

『以前、私とレオがテムの精霊の祠で封印を解除した。その時に魔界で倒したはずの魔族、ジード男爵だ』


 ジード男爵。その件については話だけは聞いている。

 確か自ら半魔になって、レオに煽られまくった挙げ句に禁忌魔法を唱えて、自爆したアホだという話だったが。


「……そいつが生きてたってことですか?」

『魔法が炸裂した瞬間、私とレオは転移してしまって、あの男が死んだかどうか確認していない。祠が解放されたから、てっきり死んだと思っていたが……。もしかすると、私たちはジードに利用されたのかもしれない』

「レオさんと大精霊さんを利用するって、すごい奴ですね」


 大精霊の懸念通りだとしたら、アホどころかかなりの策士だ。


『以前、レオがジードを倒したという話をした時、ヴァルドが酷く驚き、「死を確認したか」と問い質したことがあった。ジードは狡猾で底の見えない悪意と野心を持つ男だとも言っていた』

「ジード男爵って、ヴァルドの叔父のひとりですよね? てことは、知ってるからこそ、そんなあっさり死ぬなんておかしいって思いがあったのかも」

『そうだな。その時は我々相手にそんな茶番を演じても、ジードに何か得があるわけもないと考えていたが……。今さらその意味が繋がって来るとは』


 どうやら大精霊は、ユグルダの空間入れ替えはジードのしわざだと、内心ですでに確信しているようだった。

 何かネイの知らない強い根拠があるのだろう。

 それを聞いてみたいけれど、今その質問が攻略のために必要かと言われると否だ。祠を閉じている術士が明らかになったのなら、それを倒すのが先決。話はあとでゆっくり聞けばいい。


「生け贄として村人を使うとすると、やっぱりあの建物に閉じ込めてるんだろうな。……エルドワ、匂いする?」

「すごくうっすらとだけど、する。多分みんな地下にいる」

「地下か。魔族の匂いも分かる?」

「今は匂いしない。どこかに行ってるのかも」

「お、それはラッキーじゃね? まずはとっとと村人解放しちゃおう」


 ネイは一応の注意を払いながら、村の隣にある研究施設らしき建物に近付いた。扉に鍵は掛かっているが、こんなのはお手のものだ。

 開錠ピックでちょちょいと開けると、ネイはするりと空気のように建物に忍び込んだ。


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