弟、エルドワに血を与える
「ここの精霊の祠を開放するには、術者を見付けねばならん。……悪魔の水晶で異世界に飛んで、その先で探すしかないだろうな」
「そうですねえ。ユグルダを丸々異世界に引き入れたってことは村人を使って何かすることを企んでいるんでしょうし、術者の魔族がそこにいる可能性は高いですよね。村の消失が最近ならなおさら」
「今度の異世界も、僕が以前に飛ばされたのと同じところかな?」
「多分な。意図的に飛ばしているなら他には考えにくい」
飛んだ先が魔界ということはないはずだ。人間を連れて行ったところですぐに気が触れて使い物にならなくなるし、村の資源が目的なわけでもないだろう。
わざわざこの世界の他の地域に移す意味もないし、他に新たな世界が存在したりしない限り、ユウトが以前行った異世界で間違いあるまい。
「この祠が司るのは速さ。開放には素早さが必要になると精霊が言っていた。そのために連れて来たんだし、この先には貴様に行ってもらうぞ、狐」
「それは構いませんけど、俺だと悪魔の水晶は見ることも触ることも出来ませんよ」
「あ、じゃあ僕が一緒に……」
「ユウトは駄目だ。却下。絶対に許さん」
「……まあ、レオさんが許しませんよねえ」
ユウトの申し出は速攻で退けた。
弟を危険な目に遭わせたくないのはもちろんのこと、彼がこの世界を離れると再び魔尖塔が現れる。大精霊が本来の力を取り戻すまでは不用意なことはできないのだ。
「そうなると、あとはエルドワしかいなくなるねえ。アシュレイだと忍んでいくのは難しいし」
「……エルドワ、ネイさんと一緒に行ってくれる?」
「アアン?」
「あっ、何かちょっと不服そう。傷付くんだけど」
「大丈夫ですよ、仕方ねえなって言ってます。ただ僕と離れるのが乗り気じゃないだけみたいです」
エルドワも、ユウトを危険な場所に行かせるくらいなら自分が行った方がいいというスタンスだ。レオがユウトと残ることで、安心して離れられるというのもあるだろう。
何とも聞き分けの良い賢い子犬だ。
「……精霊さんの話だと、今回は竜穴を引っ張られたわけじゃないから、この術式を解除できれば自動的に村も戻って来て、祠も開放されるみたいです」
「あー、ならユウトくんがいなくても何とかなりそうだね」
「……ん? ちょっと待って下さい。……ええと、ネイさん、これを」
精霊の言葉を聞いて伝えていたユウトが、何故かおもむろに天使像と精霊のペンダントをネイに差し出した。
「え? 何?」
「精霊さんが、ネイさんについていくって。何か気になることがあるみたいです」
「大精霊が俺に!? めっちゃ緊張するんだけど!」
「……気になることとは何だ?」
「それは言ってなかった」
ネイがユウトからペンダントを受け取って首に掛ける。途端に目の前にいるらしい大精霊に頭を下げた。
「これはどうも大精霊さん! ご同行頂けるとは心強い限りです! お導きよろしくお願いします!」
「そんな奴にへこへこすんな」
「あ、レオさん嫉妬? 大丈夫、俺の心の主はレオさんだけですから」
「誰が嫉妬なんぞするか。死ね」
軽口を叩くネイに吐き捨てて、レオはユウトの腰に回していた手を一度解く。そしてポーチからハイポーションをひとつ取り出し、エルドワの首輪に入れた。
「悪いな、エルドワ。頼んだぞ」
「アン」
この2人が怪我を負うとも思わないが、回復役がいないからお守り代わりだ。それをキリッとした顔で受け取ったエルドワが出立のためにネイのところに行く。
大精霊と二言三言、言葉を交わしていたネイは、それに気付いて足下に来た子犬を抱き上げた。
「よし、じゃあ行くとしようか、エルドワ、大精霊さん」
「アン」
「……あ、ちょっと待って下さい」
いざ2人が異世界に飛ぼうとしたところで、不意にユウトが待ったを掛ける。
「ん? どうしたの、ユウトくん」
「ええと、異世界ってちょっと瘴気が流れてて……。半魔のエルドワは瘴気に当てられていると、半日くらいで自我が薄れて魔物化しちゃうらしいんです」
「え、マジで? エルドワ危なくない?」
「アン?」
「……おい、『危ないですけど何か?』みたいな顔してるぞ」
本人(犬)的には、半日掛からずクリアするから問題ないと思っているようだ。強気のわんこである。
ユウトはその様子に苦笑しながら、耳朶のピアスに触れた。
「それで、どういう理屈か分からないんですけど、僕の血があればしばらくは大丈夫らしくて。だから先に、エルドワに僕の血を与えておきます」
本来なら自分も一緒に行けば一番良いみたいなんだけど、と言いつつ、ユウトはエルドワに自分の血を舐めさせる。
途端に、ネイの腕の中の子犬からものすごいオーラが出た。
血を与えると問答無用で変化するのかと思ったが、そのままの姿でもいられるようだ。ただ、戦闘力の上がりっぷりが半端ない。
「うお、すげえ威圧感……! パワーがみなぎって、エルドワの全身の毛が逆立っている!」
「これでしばらくは問題ないと思います。……ネイさん、エルドワ、精霊さんも、気を付けて行ってきて下さいね」
「アオーン!」
「おお、エルドワめっちゃやる気だ! よし、行ってきます!」
今度こそ、ネイはエルドワを抱いたまま悪魔の水晶があると言われた場所に近付く。
そこで子犬が前足を差し出した瞬間、2人の姿が消えた。
異世界に飛んだのだ。
「……うん。うまく飛べたみたい。あとは無事に帰ってきてくれることを願うだけだね」
「まあ大精霊もついていったし、行き詰まることはないだろう」
とりあえず自分たちは馬車で彼らが戻るのを待つしかあるまい。
レオたちは馬車に戻ると、人化したアシュレイを連れて荷台に入った。




