兄弟、アシュレイの家に行く
ラダに移動したレオたちは、まずガイナのところに向かった。
先日のゲートで稼いだ金の分け前を、エルドワのカードにも入れるためだ。
村に着いた時点でエルドワはすでに人化している。レオがガイナに送金の依頼をすると、彼は少し誇らしげに先日手に入れたばかりのカードを首輪から取り出し、端末に翳した。
「ユウト、またエルドワがパンご馳走する!」
「ふふ、ありがとう。じゃあ僕も今度エルドワにお返ししなくちゃ」
ユウトとエルドワ、2人して機嫌良さそうに尻尾をぴるぴるしているのが何とも和む。
それを横目に見ながら、レオはこっそりとガイナに現状を訊ねた。
「……リーデンは最近来てるか?」
「いや、近頃見てない。ポジティブの家に行っても匂いも気配も残っていないから、来てないと思うぞ」
「……そうか。イムカの方はどうだ?」
「あっちは元気。引くくらい元気。もうあちこち歩き回ってるし、筋トレもしてる。この間まで皮と骨のひょろひょろだったとは信じられない状態になってる。んで、鍛冶屋の爺さんとすげえ意気投合してる」
「ロジーの爺さんと? ……ああ、筋肉繋がりか。まあ、あいつが元気なのは何よりだ」
リーデンのことは置いておいて、イムカがしっかり回復しているのは朗報だ。場合によっては、今回彼を王都まで馬車で連れて行ってもいいかもしれない。
「あいつは今は家にいるのか?」
「いや、最近の昼間はずっとアシュレイのところにいる。そっちに行った方がいいんじゃないかな」
「アシュレイの?」
「身体動かしたいらしくて、ポジティブはずっとあそこの内装作業を手伝ってたんだ。今は内装終わったから、庭で畑耕してると思う」
体力作りということか。まあ、アシュレイのところならどうせ行くつもりだったから問題ない。
「じゃあそっちに行ってみるか」
「ああ。……多分見たら、その回復っぷりにびっくりするぞ」
最後にガイナはそう言うと、意味深に苦笑した。
アシュレイの家に行くと、倉庫だったはずのそこは、すっかりきれいに改装されていた。玄関もアシュレイサイズに合わせて大きくて立派になっている。ちょっといい館という感じだ。
その玄関の手前から右に入っていくとそこそこ大きな庭があり、そこで3人が作業をしていた。アシュレイと、庭師の男と、手伝いで来ているらしい鍛えられた筋肉の男。
……あれだよな、ポジティブ。
すぐに気付いたアシュレイがこちらに向かって手を振ると、他の2人もこちらを振り返る。
そこにいたのは間違いなくイムカだった。
どういうことだ、すでに胸板がレオよりずっと厚い。腕も太腿も、がっつり筋肉が付いている。
ゴリマッチョというほどではないが、そう、例えるなら、日本にいた時に見たアメコミのヒーローのような身体になっていた。ミワ祖父と意気投合したというのも頷ける。
彼はこちらに気付くと、ものすごくいい笑顔を見せた。
「おお、レオ殿、ユウト殿にわんこ殿! それに……おお! 一緒にいるのはクリス兄か! 懐かしいな! 息災だったか?」
「うん。久しぶりだね、イムカくん。君も元気そうで何よりだよ。でも、だいぶスレンダーになったね」
「ははは、私は現在第二の筋肉人生を謳歌中だ!」
20年ほど経っているとはいえ、顔見知りの2人はすぐに互いの顔が分かったようだ。
そのクリスが、この状態のイムカにスレンダーになったと言う。一体以前はどんだけゴツいゴリマッチョだったのだろう。
そのイムカの後ろからアシュレイもやって来て、晴れやかににこりと笑った。
「みんな、いらっしゃい」
「アシュレイ、もうお家の中は完成したの?」
「ああ。今は庭を整備している。野菜と果樹の苗を植えたいんだ」
「へえ、いいなあ。ここはマナも満ちてるし、きっと美味しい野菜や果物ができるだろうね」
ユウトが興味を示すと、アシュレイはすぐに頷く。
「初めて野菜ができたらユウトにやる」
「え、それはもったいないな。せっかくの初物なら、みんなで食べよう。嬉しいことはみんなで分け合った方が大きくなるんだよ」
「そうか。ならそうする」
優しく諭されて、アシュレイは微笑んで素直に従った。
プライドの高かった彼だが、ユウトに柔らかい口調で諭されるのは好きらしい。
何者とも比べずにアシュレイを見てくれる、そして良い方向へと導こうとしてくれるユウトを、彼は崇拝しているようだった。
「アシュレイ、家の中見たい。ユウトと入っていい?」
そんな2人の側で、エルドワが大きな家に興味津々という様子でそわそわしていた。小さなエルドワから見ると、規格外の大きな家具の揃うアシュレイの家は、さながらテーマパークのようなものなのだろう。
彼の可愛らしい好奇心に、アシュレイは気軽に応じた。
「ああ、いいぞ。ユウトたちが来た時用の家具や部屋も用意してある。あちこち見るといい」
「やった! ユウト、行こう!」
「はいはい」
エルドワに手を引かれて、ユウトは一緒に家に入っていく。その後にアシュレイが続こうとするのを、レオは呼び止めた。
「アシュレイ、お前たちが部屋を見て回っている間にちょっとこいつと話し合いをしたい。場所はあるか?」
こいつ、というのはもちろんイムカのことだ。
すぐに事を察したアシュレイは、扉の中を指差した。
「入ってすぐ左側に普通の人間サイズの家具を揃えた部屋がある」
「そうか。ちょっと借りるぞ」
「ああ。……少し時間を掛けた方がいいか?」
彼は、レオがこれからユウトに聞かれたくない話をするのだと勘付いている。
弟たちを意図的に引き留めようかという、その申し出に兄は頷いて簡潔に返した。
「頼む」
「分かった」
アシュレイも了解の一言だけを告げて、ユウトたちの後を追う。
それを見届けたレオは、この場に残ったクリスとイムカを振り返った。このメンバーなら、気兼ねなくジラックの話ができるだろう。
「行くぞ」
ユウトのいない場所で気を遣うレオではない。問答無用で同行の指示をする。その強引さに苦笑しつつ、イムカが畑で作業を続ける庭師にその場を預けてついてきた。
扉を潜ってアシュレイの教えてくれた部屋に入ったレオは、まっすぐテーブルに向かって椅子に座る。次に向かいにイムカ、左側面にクリスが座った。
「ユウトたちが戻ってくる前に手早く話を済ませるぞ」
「うむ、それでいい。私はだらだら考えるのは性に合わん」
「私の方はとりあえず口を出さずに聞いているよ。足りないとこには補足を入れるけど」
どうせ話し合うべき内容は決まっている。
イムカは1本芯の通った考えを持つ即決派だし、それほど時間は掛からないだろう。
レオは前置きもなく1つ目の内容を提示した。
「さっそくだがイムカ、王都にいる元ジラックの臣下たちが、あんたを領主として街を再興すると決めたそうだ。……あんたにはやはり、ジラックの領主になってもらうぞ」




