弟、クリスをヴァルドに紹介する
次の瞬間、レオたちは見覚えのある家屋の中に転移した。
エルドワとクリスも問題なくちゃんといる。
周囲も確認して、それからレオは抱えていたユウトを床に降ろした。
「ヴァルドさん、いないみたいだね」
「温室の方にいるんだろう。すぐに俺たちの気配に気付いてここに戻ってくる」
まあ、別にここで待っていなくても、こちらからヴァルドのところに行ってもいいのだが。
しかしそれを提案する前に、件の人物が入り口の扉を開けて入ってきた。
「ユウトくん、皆さん……突然どうしたんですか?」
長い前髪の奥で、赤い瞳がぱちりと瞬く。入って来る前からここにいるのがレオたちだということは分かっていたのだろうが、そこに新顔もいるから戸惑っているようだ。
そんなヴァルドに、ユウトが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いきなりごめんなさい、ヴァルドさん。ザインに転移してくるのにちょうど良い安全な場所がここしか思いつかなくて……」
「いえいえ、そんなことは全然いいんですよ。ユウトくんの可愛らしい姿を拝見し、鈴の如き甘やかな声を聞けるのは、私にとっては至福……。ただ、お見かけしない方を連れていらっしゃるのは何故かと思いまして」
ユウトと契約して以来、やはりヴァルドは本来の姿との乖離が少なくなってきているようだ。オドオドとした様子はもうほとんど無く、平気でユウトに気障ったらしい科白を吐く。
「あ、紹介しますね。この人はクリスさんです。僕たちのパーティに新しく入ったんですよ」
「ユウトくんたちのパーティに? レオさんがユウトくん以外を認めるとは……しかし、なるほど、かなりの実力者のようですね。では、この方は私のことも?」
「はい、半吸血鬼だって知ってます」
「そうですか」
クリスが完全にこちら側の人間だと理解して、ヴァルドはようやく彼に視線を向けた。
「初めまして、クリスさん。私はヴァルド。ユウトくんの召喚魔をしております。以後、お見知りおきを」
「ご丁寧な挨拶をどうもありがとうございます。クリスです。新参者ですが仲良くして下さいね。……私はあなたとお話しして、その知識に触れることを楽しみにしていました」
「……知識?」
ヴァルドがクリスの言葉に首を傾げる。
怪訝そうなヴァルドに、クリスはにこりと笑った。
「私は魔界の本を色々読みあさっているのですが、未だに分からないことも多くて……。古語も3割くらいしか読み解けませんし、是非ともヴァルドさんに知識を分けて頂きたいんです」
「え、あなたは魔界語を読めるんですか!? それに古語まで……。3割というのはだいぶすごいことですよ……!」
「それでもまだ足りません。知りたい答えに辿り着くには」
……知りたい答えとは何だろう。
レオも横で話を聞きながら訝しむ。
どうもクリスという人間は、そののほほんとした雰囲気に反して、ずいぶん重たい何かを背負っているようだ。
ヴァルドもそれに勘付いたようで、どうすべきかと逡巡している。
「……魔界のことを知ったところで、人間であるあなたに何の得があるんですか?」
「うーん、人間だからどうとかいうのはこの際関係なくて。私個人として、知りたい答えがあるんです」
「……個人として、とは?」
「ヴァルドさんに通じるかな。私はリインデルの生き残りなんですよ」
「リインデル……!?」
滅亡した村の名前を聞いた途端、ヴァルドは絶句した。
どうやら彼もその村に関しての何かを知っているらしい。それを問い詰めてみたいけれど、隣でユウトも話を聞いているので止めた。おそらくその何かが、弟に知らせたいような明るい話でないことは確かだからだ。
ヴァルドが動揺したことで突然落ちた沈黙。それに不安そうにするユウトの肩を抱き寄せると、レオは彼の意識を逸らすように努めて平然と2人に声を掛けた。
「おい、今は忙しい。クリス、個人的な話なら後で改めてヴァルドのところに来い」
「ああ、そうだね、ごめんね。……ヴァルドさん、今度またひとりで来ていいかな?」
「……そう、ですね、分かりました。私の話でお役に立てるか分かりませんが……」
「ありがとう」
ヴァルドと次の約束をしたクリスは、ひとまずそこで話を切り上げる。どこか緊張していた場の空気が、途端にすうっと霧散した。
ヴァルドもそこで気を取り直すと、レオに肩を抱かれたまま少し眉尻を下げているユウトに気が付いて、小さく苦笑しつつその頭を撫でた。
「皆さんはこれから街中へ?」
「ああ。リリア亭で一泊する手配をして、それからもえすと職人ギルドに行くつもりだ。明日にはラダに飛ぶ」
「それはそれは……だいぶお忙しそうですね」
「まあな。だが他人事じゃないぞ。フェーズが進めばそのうちまた、あんたの力も借りることになるやも知れん。覚悟しておいてくれ」
「ユウトくんが呼んでくれるのでしたら、いつでもどこでも、喜んで」
まあ、こいつはそういう男だ。何に付け、ユウトの役に立てればそれでいいのだろう。
「ヴァルドさん、ありがとうございます」
「こちらこそ。今日は思いも掛けず愛らしいお姿を拝見させていただけて、感謝いたします。お時間があれば特製のハーブティをお出ししたのですが」
「その気持ちだけで十分です」
いつもの様子に戻ったヴァルドに安心して、ユウトが柔らかく微笑む。
これだけで周囲がほわりと和んだ。うん、弟のこの癒やし効果は何ものにも代えがたい。
レオはユウトの癒しオーラを全身で味わうように一度ぎゅっと抱き締めてから、その身体を解放した。
「じゃあそろそろ行くか」
「ヴァルドさん、お邪魔しました」
「アン」
「はい。また来て下さいね」
もはや仲間内に2人の抱擁を突っ込む者はいない。本人たちもいつものことだから何とも思っていない。さすがというか、何というか。
クリスもその様子に微笑ましげに笑って、最後にただヴァルドに一礼した。
「では、また」
「ええ」
彼らは簡潔で短いやりとりだけで、その会話を終えたのだった。




