弟、ディアと大精霊の関係が気になる
ユウトはエルドワと魔法学校の中にいた。
ネイはユウトたちを送り届けてすぐに王宮に向かってしまって、もういない。大精霊もここに着いた途端にディアの元に行ってしまっていた。
硬質な石造りの廊下に、2人の軽い足音だけが響く。
「マルさんはいつもの実習室にいるかな? エルドワ、分かる?」
「アン!」
子犬は肯定するように鳴いて、尻尾をぴるぴるしながらユウトを先導した。全く、頼もしい限りだ。ユウトはその可愛らしい後ろ姿に微笑んだ。
エルドワについていくと、実習室を通り越して実習準備室の扉の前まで案内される。今日はこちらにいるようだ。
ユウトは控えめに扉をノックした。
「おう、入れ」
名前を訊ねることもなく、中から入室を許可する声がする。
学校内とはいえ少々不用心ではなかろうかと思いつつ、ユウトは扉を開けた。
「こんにちは、マルさん」
「おう、いらっしゃい。ユウト、エルドワ。さっきディア先生が精霊が来たって言って出て行ったから、そろそろ来るんじゃないかと思ってたぜ」
「あ、僕が来るの分かってたんですね」
すぐに通されたことに納得して、ユウトはエルドワを抱き上げ、マルセンの机に向かった。しかしそこに行く前に、手前の簡易の応接セットに座らされる。
彼は近くのポットからお世辞にもお洒落とは言えないティーカップに紅茶を注ぐと、それをユウトに差し出した。エルドワのミルクもある。
「ありがとうございます」
「ディア先生はすぐ戻ってくるとは思うけど、今日は俺に何か用事があるんだって?」
「あ、それもディアさん経由で聞いてるんですね。ええと、実はまた特上魔石に転移の魔術を封入して欲しくて」
「ああ、それなら全然構わんよ。……今度は2個か。これだけ稀少なものを、よく手に入れて来んなあ」
「またエルドワが取って来てくれました」
「こいつは相変わらず、得体の知れない激強子犬だな……」
「アン」
エルドワはドヤっている。
「まあ前に1回作っているから、今度はそれほど時間を掛けずに出来る。お前たちはいつまで王都にいるんだ?」
「今日の午後か、遅くても夕方くらいにはザインに行く予定です」
「あ、さすがにそれは無理だ。2個あるし、急ぐと充填が不十分になる可能性もある。次に王都に来るのは?」
「2日後くらいかな? 正確なところは分からないんですけど、多分そのくらいです」
「んじゃ、そん時渡すわ」
マルセンは特上魔石を受け取ると、それを鍵付きの棚にしまった。
そこにはちらりと見ただけでも色々の魔石が置いてある。全部学習教材用なのだろうか。
「そう言えばクリスさんもたくさんの種類の魔法が入った魔石を持ってるって言ってましたけど、マルさんが作ってあげたんですか?」
「ん? クリス? ……ああ、あの女隊長か! そうそう、魔石頼まれてたくさん作ったわ。そうか、ユウト、あの人と会えたんだな」
「もう女の人じゃないですけどね。クリスさん、僕たちのパーティに入ることになったんです。時間が出来たらここにも挨拶に来たいって言ってましたけど」
「……え!? あの人がお前たちのパーティに!?」
クリスがユウトたちのパーティに入ったことを告げると、マルセンは目を丸くした。
「あの人、引退してからだいぶ経つぞ。お前たちのパーティについて行けんの?」
「大丈夫、めっちゃ強いですよ。ずっとひとりでランクAゲートに入ってたみたいですし。身体が締まってるから見た目もすっごい若いです」
「うお、同年代の俺は冒険者引退してから腹出て来てんだよなあ~……少し運動せんと。……それにしてもここから現役復帰とは、すげえな。尊敬するわ」
マルセンが苦笑いをしたところで、突然ノックもせずに扉が開いた。
ユウトは驚いてそちらを見たけれど、マルセンは驚く様子もなく紅茶を啜る。この遠慮の無い出入りはいつものことなのだろう。そこにいたのはディアと大精霊だった。
「いらっしゃい、ユウトくん。ガラと契約できたそうですわね。良かったですわ、あの子は補助としてとても役に立つんですの。……この精霊もだいぶ昔の大きさに戻りつつありますし」
「ディアさん、こんにちは。精霊さんの欠片も残り2つですもんね。次はユグルダに行く予定なので、また大きくなりますよ」
今ディアの隣にふわふわと浮いている大精霊は、すでにユウトの身長と同じくらいだ。未だに人型の発光体だけれど、何となく鼻と口は分かる。指も1本1本までちゃんと見えるようになった。
もしかすると完全体になれば、その顔や髪型なども分かるようになるのかもしれない。
「ディア先生、クリス隊長がユウトたちのパーティに入ったんだってさ」
「え!? それは初耳ですわ! ……ああ、でもあの方なら納得かしら。その実力はもちろん、知識だってとても豊富な方ですから、かなり頼りになりますもの。レオさんだって気に入りますわ」
「俺とパーティ組んだ時はアホのドジっ娘だったから、あんまそういうイメージないなあ。確かに性格良いし、強かったけど」
「本来の隊長さんはかなりクレバーな方ですのよ。ただものすごく運が悪いだけで」
ディアは勝手知ったる様子でティーカップに紅茶を注ぐと、マルセンの隣にすとんと座った。
「それにしても、隊長さんまで仲間に出来るなんて幸運ですわ。やはりユウトくんは世界に祝福されていますのね」
「祝福?」
「あなたを助けてくれる仲間がたくさんいるってことですわ」
にこりと笑ったディアは、紅茶を一口含んでから、そこで話を変えた。
「次に行くのはユグルダですのね。封じられた能力は『速さ』。おそらくネイさんがいれば、鍵の解除自体は簡単ですわ」
「鍵を解除したらまたどこかに飛ばされるのかなあ」
「私にも詳しくは分からないのですけど、おそらくそうですわね。魔族は日の光をあまり好みませんし、特に地上は力を発揮するのに向かない場所ですから」
『次の祠の敵はユウトが相手をするのに向かない奴だ。戦うのはレオでもいいが、ネイが適任だろう。お前は危険だから近付かないようにな』
大精霊はまるでレオのように過保護なことを言う。
別にひとりで相手にしなくても、共闘するくらいできるのになあとユウトは思うのだが。
しかし、そこには何か意味があるのだろう。この大精霊はレオと同じように、ユウトに全てを語りはしない。くれる情報は表向きのものばかりで、その裏にある不都合なものは隠してしまうのだ。
それでも、彼も兄もユウトの絶対的な味方であると理解しているから、不信を抱くことはないのだけれど。
……でも、ディアには何でも話しているようなのに、ちょっと納得いかない。
「……そういえばディアさんと精霊さんって、どういう関係なんですか?」
「え、私たち?」
唐突な質問に、ディアが目を瞬いた。
「ディアさんは精霊さんと対等みたいだし、世界樹の杖も持ってるし。この世界の理も、色々知っているみたい」
「……まあ、そうですわね。あなたたちよりは色々知ってますわ。でも、たまたまみたいなものですわよ」
『……たまたまではない。我々はお前を選んだ』
ディアの答えを、横から大精霊が訂正する。
それにユウトは疑問を感じた。
彼は今、『私』ではなく『我々』と言った? 精霊の総意という意味だろうか?
「あら、たまたま私が高い魔力を持っていたからでしょう?」
『そんな簡単に決めたわけではない。多くのことを鑑みてお前を選んだ。……そもそも世界に偶然などというものは存在しない。全ては必然であり、意味を持っている』
「……初めて会った時はすごい上から目線で、私の魔力目当てって言ってましたわよね?」
『それも要素のひとつ、ということだ。嘘ではない』
どうやら大精霊は、ディアに対しても今ひとつ言葉が足りていないようだ。ジト目で見られて、弁解する。
『そもそも我々大精霊は本来、個々人とこのように強く関わることはしないものなのだ。訪れる未来を語ってはいけないし、人を導き加護を与えることはしても、直接手出しすることはできない』
「あなた、結構語ってますわよ」
『それでも肝心な部分で話せないことは多い』
「……まあ確かに、それはそうかもしれませんわね」
ディアは肩を竦めて、それからユウトを見た。
「私とこの精霊は、何というか……契約関係のようなものですわ。世界樹の杖は契約の履行に付随した便利アイテムですわね」
「契約、ですか……。精霊術のような?」
「うふ、それは内緒ですわ」
そう言って紅茶をまた一口啜ったディアは、それ以上精霊との関係を語ってはくれなかった。




