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兄弟、祭りに出掛ける

 感謝大祭の初日は、朝から大盛り上がりだ。


 公園では様々な催しが行われ、人が溢れている。その一角にマルシェができており、自然への感謝ということで多くの農作物が安価で売られていた。

 そして大きな通りは軒並み屋台で埋まっている。食べ歩きをするひとたちでぎゅうぎゅうだ。だけどみんな楽しそう。


 しかしユウトはダンの買い物に付き合ってマルシェを回った後、リリア亭に戻って窓から外を見ているだけだった。

 レオと出かけるのは夜になってからだからだ。


「あんまり遅いと目当ての露店閉まっちゃわないかなあ」

「夜は夜で昼と別の催しがある。10時くらいまではやってる店がほとんどだから心配するな」

「でも、良い物は売り切れちゃうかも」

「夜の方が良い物を置いているところも多い」


 早く出掛けたくてそわそわする弟に、兄は全然乗ってくれない。

 ここ数日は夜狩りにも行っていないみたいだし、呑気にアルバム見てるくらいならもう出かけてもいいと思うのだけど。


「……外に犬なんか走ってないのに~」

「いや、犬どころか狐もいる」

「え? うそ、どこに? 街中?」

「狐は人を化かすから、お前も気を付けろよ」


 ふわふわと頭を撫でられる。

 まあ、どちらにしろ出掛ける気は皆無のようだ。

 ユウトは仕方なく暇つぶしにミドルスティックを取り出し、魔力を操る練習を始めることにした。

 ポーチから、粘土のような塊を取り出す。


 それを横目で見たレオが、興味深げに訊ねてきた。


「それは?」

「魔工爺様にもらった。魔力を扱う練習用の粘土だって。クズ魔石を粉にして練ったもので、魔力で形が作れるんだ。こんなふうに」


 ユウトは粘土を杖で操って浮かせると、空中でもにもにと粘土を練って、四角や三角の形を作った。

 それから少し難しい、猫の形を作ってみせる。


「面白いな。これで魔力の力加減や形を意識するわけか」

「魔力って形や密度によって威力が変わるから、どうするのが有効か、今のうちから考えておく癖を付けておけって」

「そうか」


 レオは納得したように頷いて、それからアルバムをテーブルに置くとこちらを向き直った。


「魔力のコントロールはほぼ完璧だな。……ユウト、以前のような魔力暴発への怖れは消えたか?」

「あー……うん、完全には消えないけど、いくらか自信は付いたかも」

「それでいい。この力を使うなら、心の隅に怖れは持っておくべきだ。その上で知識で補強して使えば、無茶なことはするまい」


 そう言った兄は、弟の手からミドルスティックを取り上げる。


「ユウト、何も持たない状態で、魔力の塊を出してみろ」

「え」

「三ツ目の殺戮熊を倒した時、使えたんだろう? 同じように出してみろ。今度はコントロールできるはずだ。大丈夫、属性を与えなければ魔石以外には影響はない」

「あ、そっか。うん、やってみる」


 まだ少し怖い。しかし、その怖れを今までの練習と知識が補ってくれている。


 恐る恐る手のひらを差し出し、集中した。

 ぽう、と灯がともるような熱を感じる。


「うわ、出た」

「もっと魔力を注いで」


 指示された通りに魔力の塊にエネルギーを注ぐと、それはみるみるふくれあがった。

 無色透明に見える魔力だが、密度が増すと僅かに光を発し始める。

 出力を上げると、ミドルスティックで扱っていた魔力量なんてあっという間に超えていった。


「わ、わ、ちょっと、出力でかい。もういい?」

「もうか? ……まあいい、じゃあ今度は少しずつ出力を下げて」


 言われてゆっくりと魔力を体内に戻す。

 対価として精霊に差し出さない限り、魔力は消費されないのだ。もちろん疲労するし、精神力や集中力は削がれるけれど。


 全ての魔力を戻しきってほっと息を吐くと、レオは取り上げていた杖をユウトに返した。


「今の、杖無しでの魔力の出し入れの練習も少しずつしておけ。普段は杖を使っていていいが、万が一の時の切り札にできる。……だが、何の武器も使用せずに魔法を使うところは、他の誰にも見せるな」

「え、何で?」

「……まあ言うなれば、身ひとつで魔法を使えるのはチートだからだ」


 チートか。じゃあ仕方がない。

 ユウトは素直に受け取った。世界の理と違う力を知られると面倒ごとが起きるのは物語の常だ。


 秘密がひとつできたけれど、同時に成せることがひとつ増えたのは純粋に嬉しい。誰も知らない秘密兵器的なところもわくわくする。

 ユウトは魔力をゆっくりと手に馴染ませながら、その力の応用方法を色々頭の中で展開していった。






 ようやく街に夜の帳が降り、魔石を燃料とした街灯が通りに灯る。

 2人はリリア亭を出て、人混みの中公園へと向かった。


「何か目当てはあるのか?」

「うん、チェックだけ事前にしてる。レオ兄さんに買っても良いものかどうか判断してほしくて……あ、チキンの串焼き美味しそう」


 通りがかりに目に付いた屋台をちらと覗くと、すぐにレオが2本買ってくれた。そういえば日本にいた時も兄はこの調子で、ユウトは両手いっぱいのお菓子や玩具などを家に持ち帰っていたことを思い出す。

 そんなつもりもないのだけれど、あまりねだらないようにしよう。


 串焼きを食べながら通りを歩いて行く。

 公園に着くと一角ではサーカスが動物を使った芸を披露していて、昼間マルシェがあった場所はビアガーデンのようになっていた。

 昼とはまた違った賑わいだ。


「そういえば、この時間は犬はいないの?」

「近くにはいないな。狐はいる気配がする」

「え、ほんと? どこだろ、見たいな。もしかしてサーカスのテントから出てきてるとか?」

「隠れてるから無理だ」


 きょろきょろと見回す弟の頭を、レオは真っ直ぐ向かせた。

 そのままサーカスの横を通り過ぎ、露店が出ている区画に向かう。


「あ、兄さん、あそこの露店だよ。魔法のロープ売っててさ。使い勝手良さそうだなと思って」


 目当ての露店を見つけて近寄っていく。良かった、まだ売れていない。


「いらっしゃい」


 店の番をしているのは老齢の男性だった。


「こんばんは。この魔法のロープ、手にとってみてもいいですか?」

「ああ、どうぞ」


 許可をもらって触ってみると、普通の植物の繊維を縒ったようなロープだった。よく見たら新品ではない。毛羽立ちもなく柔らかで、すんなり手に馴染んだ。


「ふむ、中古品だな。だいぶ使い込まれているようだ。これはシュロトレントの古木の繊維か? きちんと魔道具職人が編んだものだろう、良い物だ。店主、前に使っていたのはどんな奴だ?」


 レオが訊ねると、男性は少し嬉しそうに口元を緩めた。


「おお、この良さが分かるかね? おおよその奴らは新品じゃないと分かると馬鹿にして去ってしまうのだが。これは最近引退したランクAの冒険者が使っていたものだよ。今は魔法学校で講師をしている」

「ということは、それなりに魔力操作ができる人間だな。使用期間は?」

「15年は使っていたはずだ。王都のパーム工房製だぞ」

「よし、もらおう」


 その説明を聞いただけで、レオは即決した。それにユウトがぱちくりと目を瞬かせる。


「パーム工房って?」

「魔工爺様のいた工房だ。15年ならまだ隠居前。あの爺さんの魔道具がこの価格で手に入るなんて滅多にないことだぞ。これに目を付けていたなんて、さすが俺の弟だな」


 ユウトの頭を撫でたレオは、そのまま会計を済ませる。弟に金を出させる気は毛頭ないらしい。

 晴れてユウトの物になったロープを、兄はポーチにしまった。

 それを見ながら弟は首を傾げる。


「魔法のロープって中古品の方がいいの?」

「ああ。特に魔力調節の上手い人間が使ったものは、繊維の隅々まで魔力が馴染んでるからな。魔力に浸った時期が長いほどにロープは柔軟で強くなるんだ。逆に新品は繊維が馴染むまでは動きが硬いし、切れやすい。多分使い心地がまるで違うぞ」

「へえ、そうなんだ。でもそれなら、何でみんな中古を買わないんだろ」

「中古ロープは前の使用者がへたくそだと、魔力の馴染み方が半端で動きがガタガタになる。新品より逆に使い勝手が悪くなるんだよ。そういうのを買ってしまった奴らが、中古なんてと馬鹿にするんだ」

「あ、なるほど……」


 何となく、中古ロープを馬鹿にするニールの姿が頭に浮かぶ。

 ああいう人が文句言うんだろうなあ。


「さて、他には何が欲しいんだ?」

「あ、ちょっとだけポーチ見てたんだけど……あ、いや、何でもない」


 途中まで言いかけて、口を噤む。

 やばい、危うく空間魔法付きのポーチを欲しいなどと言ってしまうところだった。あれはすごい金額だ。ぽんと買われても困る。


 しかしレオはすぐに察したようで、ひとつ頷くとそれを探しに歩き出してしまった。


「あー、兄さん? 買わなくていいよ、ちょっと見てただけだから」

「どうせお前にもひとつ欲しいと思っていたんだ、気にするな」


 いや、気にする。金貨30枚は下らない価格帯の商品、もう少し熟考が必要だと思う。

 だが焦る弟を余所に、兄は特別ブースに入っていった。

 そこは高額品をメインに扱う、テントのあるブースなのだ。出入り口には警備員もいる。


 その中からポーチを扱う露店を見つけると、レオは品定めを始めた。


「……圧縮ポーチばかりだな。おい、店主。転送ポーチはないのか」

「ああ、転送ポーチは入荷してもすぐに売れてしまうんですよ。宝箱からの出現率も低いですし……。作成するにも、素材を手に入れるのがかなり難しいですからね。作れる職人も限られてますし」

「そうか……」


 とりあえず、即決したりはしないようだ。

 ユウトは安堵した。


「兄さん、どうせ今すぐ欲しいってわけじゃないから」

「そうだな。圧縮ポーチではユウトが重い思いをするのは変わらないし、買っても意味がない。……作るとなると、素材と職人が必要だが……。背に腹は替えられん、あとで『もえす』でタイチに作れるか訊いてみるか」

「……え、『もえす』行くの?」

「……背に腹は替えられん」


 2回言った。何かすごく渋い顔をしている。本当は行きたくない雰囲気ばりばりだ。


「ミワがいなければいいんだが」

「そういうこと言うと大体いるんだよね」

「……背に腹は替えられん」


 あ、3回言った。


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