兄、うんざりする
「白銀隊って、クリスさんの昔のパーティ名ですか?」
「うん、そうだよ。15年前に例のゲート攻略に失敗した後、解散しちゃったけどね」
「……まさか、白銀隊の隊長をレオさんたちが連れてくるなんて……!」
魔物以外に関してはいつも冷静で無表情なウィルが、目を輝かせている。何だか嫌な予感しかしない。
レオは話を遮って、ウィルに受付を促した。
「おい、もう時間外になるだろう。とっととクリスの冒険者受付登録をして、ギルドカードを発行しろ」
「はっ! そうですね、とりあえず受付を。指紋の登録をしますので、この水晶板に親指を押しつけて下さい。ランクはAからでいいですか?」
「ん? 私は初登録だよ。ランクEでお願い」
「……ランクE? クリスティアーノエレンバッハさんの過去の実績から鑑みれば、十分ランクAで通りますが」
「クリスでいいよ。過去の実績って言ったって、きちんとした査定もないずっと前のことだ。私はすでに15年もブランクのある、全盛期を過ぎたおっさんだよ? ランクEから地道に上がっていくのが妥当だろう。それに、のんびりきのこ採取とかしてみたいし」
穏やかに微笑むクリスに、ウィルは目を瞬かせる。それから、どこか気が抜けたように息を吐いた。
「はあ、何か……白銀隊隊長として想像していたのと、イメージが違いますね。大剣と大斧を自在に振るう剛の戦士って聞いていたんですけど」
「ごめんね、期待外れで」
「期待外れという意味ではありません。もっと脳筋で好戦的なタイプだと思っていたので、逆に安堵しました。……なるほど、系統的にはユウトさんに近い。レオさんがパーティ入りを許可するのも納得です」
そう言いながら、ウィルはてきぱきとカードの初期登録データを入れていく。
「パーティリーダーはユウトさんのままで?」
「もちろんだ。ユウトが一番ランクが高いからな」
「ではカードにギルドの刻印を押してきます。少々お待ち下さい」
ウィルが一度席を離れると、クリスが後ろを振り返ってレオに訊ねた。
「……君たちの事情を知ってるっぽいね。あの子も仲間?」
「そうだ。ウィルというんだが、あいつは人外並の記憶力と観察眼を持っている。それに上級鑑定士の資格も持ち、伝説級アイテムの鑑定まで出来るかなり使える奴だ」
「へえ、それは素晴らしいね。……伝説級アイテムか……」
感心するクリスの前に、すぐにウィルが戻ってくる。その手にあるトレイには、完成したギルドカードが乗っていた。
ランクE、枠の色は灰色で、初心者のマークが付いている。
レオたちにとってはもはや懐かしいと思う装丁のカードだ。
「お待たせしました。クリスさんのギルドカードです」
「ありがとう」
クリスはそれを受け取ると、ポーチへとしまった。
これで冒険者ギルドでの用事は済んだはず。
完了を見届けたレオは、さっさと帰ろうとカウンターを離れかけた……のだが。その時、不意にクリスとウィル、2人の声が重なった。
「あの、クリスさんにお願いがあるのですが」
「ねえ、ウィルくんにお願いがあるんだけど」
ほぼ同時に互いに同じことを口にする。
それに一瞬ぱちくりと瞬きをしたクリスは、同じように目を瞬いたウィルに苦笑した。
「すごいタイミングだね。私に何か用かな? 君から先にどうぞ」
「あ、はい」
クリスに促され、どこかそわそわした様子でウィルはカウンターの下から何かを取り出す。
それは過去の報告書とモンスター図鑑だった。
「白銀隊の過去の報告書の中で、最後の5年間の報告がほぼ脳筋が書いたとしか思えないオノマトペばかりの内容で……。是非ともこの報告書にある魔物の詳細を教えて頂きたいのですが!」
「……ああ、私がアホ化してた時の報告書ね。どれどれ……あはは、すごい、これは酷い」
なるほど、ウィルが白銀隊に反応していたのはこのせいか。
女体化アホ化をしてからも5年は冒険者として活動をしていたクリス、その間の報告書が全部アホ報告だったのだろう。
昔自分で提出した報告書を見て面白そうに笑うクリスの後ろから、レオとユウトもそれを覗いてみた。
「……『イノシシがドンってしたからギーッてなって、怒ってバシッとやった』……何のことか分からんな」
「『ぶんぶんするのをブチッとした』……うーん、何?」
「私がずっと報告書作ってたからなあ。ウィルくん、この報告書の束を借りていってもいい? 時間を見て、覚えてるとこ全部書き直して持ってくるよ」
「もちろん、お持ち頂いて結構です! よろしくお願いします!」
魔物に関する内容だが、すでに一度報告されている事案でもあるから、さすがにウィルもそれほど興奮はしないようだ。良かった。
「ところで、クリスさんが私にお願いというのは?」
自分の用件が終わったところで、ウィルがクリスに訊ね返した。
すると、クリスはポーチをごそごそと漁りだす。それを見て、レオは嫌な予感がした。
「君が伝説級のアイテムを鑑定出来るって聞いたから、ちょっと先にこれだけ観て欲しいんだ」
彼が取り出したのは、先日の海のゲートで手に入れたちょっと禍々しい大きな斧。クリスにしか持ち上げられない、ユニーク武器だ。
これは宜しくない展開かもしれない。
「……これは、どこで?」
「ん? ええとね、ベラールの海の中のゲートで、バンマデンノツカイと戦った時のドロップ……」
「待て待て待て! クリス、余計なことを……」
「バンマデンノツカイ……!?」
しまった、遅かった。
カウンターからウィルがぐいっと乗り出してくる。
「バンマデンノツカイと言えば、深海にしか出現しない超激レア魔物……! 是非とも詳しいお話を聞かせて頂きたい! 海のゲート自体がレアですから、他の魔物の話も……! ああ、こうしてはいられない! すみません、もう8時なのでこのまま上がります! どなたか私の退勤を報告しておいて下さい!」
興奮し始めたウィルに、他の受付たちは後ずさりつつ大きく頷いて了解する。おそらくこの状態になった彼には早いこと退散してもらいたいのだろう。こちらにとってはいい迷惑だ。
「うわあ、ウィルさん、スイッチ入っちゃった……」
「ウィルくんって思ったより元気な子だねえ。……明日はここに来ないみたいだから、今のうちにこれだけ鑑定してもらうつもりだったんだけどまずかった?」
「……正直、この時間からこいつに付き合うのはかなり精神的に削られるぞ」
「皆さん、何グズグズしてるんですか! さあ、行きましょう! ゆっくり話をするなら、以前レオさんたちに紹介した華膳の個室がいいですね!」
ウィルはカウンターから出てきて、すでに出口で待っている。
おそらく逃げても自宅まで追ってくるだろう。もはや付き合うより仕方がない。
先にクリスに忠告しておかなかった自分たちの落ち度だ。
レオは諦めのため息を吐いた。
「何かごめんね、2人とも。とりあえず彼の話し相手は私がメインでするから」
こちらが疲れた表情をしているのを察したクリスは、苦笑しつつ申し出る。
「……まあ、仕方ない。どっちにしろ飯は外で食う気だったし、そのついでだと考えよう。……それに、あんたもウィルのマニアっぷりを一度体験すれば、おいそれとこういう事態にはならなくなるさ」
「でも、私は結構専門的な知識のある人の話を聞くのは好きなんだよね。ちょっとだけ楽しみかも」
「……最後までそう言っていられるといいがな」
確かに、知識を仕入れるのが好きなクリスとウィルの気が合いそうだとは思っていた。だがこのハイテンション状態の男について行けるかどうか。
話が始まる前からうんざりしつつ、レオたちはウィルに急かされるままに、お食事処・華膳に向かった。
部屋の手配は全てウィルが仕切り、一番奥のお忍び用のいい個室を準備される。込み入った話が出ても大丈夫なようにする配慮だろう。そういうところはよく気が回る。
「ユウトさん、今日は何が食べたい気分ですか?」
「あ、えっと、すき焼き……」
「了解です。あと白いご飯に旬菜と、味噌汁とサラダそれぞれ4人前でいいですね。エルドワ用にはすき焼き丼で」
ウィルはさっさと注文をしてしまった。
……食べたいものをユウトに訊くのもさすが、分かっている。全員で鍋を囲む時、レオが絶対にユウトの希望を訊くのが分かりきっているからだ。
そしてクリスの性格も、この僅かな間にそこそこ見抜いているに違いなかった。穏やかで年長の彼は、ユウトに選択権を譲るだろうということも踏まえているのだ。
そうして全ての段取りを済ませると、ウィルはクリスの向かいの席に座った。




