弟、エルダール王家について知る
「エルダールの前の王様っていうのが、ものすごく評判の悪い人でね。自分が贅沢するために国民から税を搾り取って、気に入らない人はすぐ排除して、自分を守る軍ばかり強くして、国はほったらかし。とにかくやりたい放題だったんだ」
「うわ、それはキツい……。じゃあ、今の国王様はそれを見かねてってこと?」
「……そう、なのかなあ、多分。でもライネル様ってそのころ前王に従順で、重用されてたんだよな。まあ、機を見てたのかもしれないけど。……どっちかって言うと、弟のアレオン様の方が前王と対立してたはず」
アレオン。
何だろう、初めて聞いたはずなのに、その名前を知っているような気がする。
「弟も今の国王に殺されたんでしょ?」
「いや、そっちは分からないんだ。ただ、前王をライネル様の軍が攻めた時そこで亡くなったらしいから、後顧の憂いを絶つために一緒に殺されたんじゃないかって言われてる。ていうか、反国王派がそう言い張ってる」
「あ、確かな話じゃないんだ」
「うん。だって、アレオン様って『剣聖』って呼ばれてた剣の達人で、国難災害級の魔物も1人で倒すって言われた人だったんだよ。いくらライネル様の精鋭でも殺すなんて難しいと思うんだよね」
「『剣聖』って……冒険者ギルドのランクで言う、SSSに匹敵する実力の持ち主!?」
「そう、それ」
亡くなっていると言っていたし、てっきり剣の道ウン十年という感じの人だと思っていた。
まさかの国王の弟。ということは20代だろうか。
「アレオン様は国の守護神みたいな神格化された人気があったから、当時のライネル様への批判はすごかったよ。悪政を敷いていたとはいえ、実父を殺したのも印象は良くないしね」
「でも、今は国民から支持されてるんでしょ?」
「うん。ライネル様が国王になってからは、国が見違えるように豊かになったからね。犯罪や汚職もだいぶ減ったし。まさか5年でここまで復興するとは思わなかった」
「5年!? そんな最近のことなの!?」
「うん。オレ10歳だったけど、ライネル様が国王の座についた時ははっきり覚えてるもん」
当時は道もきちんと舗装されておらず、建物もガタガタ、水道も整備されていなかったという。今のザインにはそんな片鱗は見えない。
今の国王は余程有能なのだろう。
「『剣聖』っていうのは、どんな人だったんだろ」
「アレオン様は、あんまり顔を知っている人はいないんだ。前国王はライネル様しか連れ歩かなかったし、アレオン様には反逆を恐れてか軍も与えられてなかった。命じられて、常人では手に負えないランクのゲートを潰しに行ってることが多かったみたいでさ。すんごい素材とか手に入れて来てたらしいよ。まあ、顔が見えないせいで余計神格化されてた感じ」
「なるほど」
そんなすごい人ならやはり会ってみたかった。
そう考えるユウトは、レオが同じようなことをやってのけていることを失念している。
「まあ、とりあえずみんなが豊かになったのは良いことだよね。国王が人気出るのも当然だよ。……でも、こんなに丸く収まってる感じなのに、反国王派の人たちって現国王を弾劾してどうしたいの? 民主制にするとか?」
「さあな。後ろで糸を引いてる奴がいる、とか色々噂されるけど、オレは分かんない。ただどこにでもやって来て、あっちこっちで大きな声で偏向的演説をしてるから、みんなうんざりしてるんだよ」
「どこにでも、ってことは、結構な資金力だよね」
「実際、金で雇われてるのかもな」
肩を竦めたルアンが冷めた紅茶の残りを飲み干したところで、タイミング良く店長がスタッフルームの扉を開けた。
「そろそろ休憩終わりよ。外の演説も終わったみたいだから、午後もお願いね」
「はーい、了解です」
「看板出してきます」
2人は話を切り上げると、再びワゴンを引いて店頭に出ていった。
午後も公園周りの人出は引かず、試食のお菓子はだいぶ捌けてくれた。
女性向けのミルクは早々になくなり、ルアンもビターを配り始める。甘くないチョコが好きな女性もそこそこいるようで、彼女の方の減りはやはり早かった。
そしてユウトの方は、男ばかりが寄ってくる。何人かはチョコ菓子を取ってくれるけれど、大体酒の匂いをさせた冒険者然とした男たちは絡んでくるだけだった。正直鬱陶しい。
それでも幸運なことに、身体に触られるようなことはないからどうにか笑顔で対応できる。それに、そういう輩は何故か腕に痛みを訴えて、どこかに行ってしまうので助かった。
ほんと、こちら側をルアンにやらせなくて良かったとしみじみ思う。これは彼女だったらぶち切れてた。
ちなみに、あちら側をユウトがやらなくて良かったとも思う。ルアンは言い寄る女の子をそつなくあしらっているが、多分ユウトでは無理だ。認めたくないが適材適所と言えよう。
その後は特に問題もなく、2人はワゴンに乗っていた試食品を全て捌き終えた。
「店長さん、試食品なくなりました」
「あ、本当? ご苦労様、まだ少し時間が早いけど、上がって良いわよ。こんなに順調に捌けるなんて、ありがたいわ~。これ、完了通知ね。冒険者ギルドに提出して」
「わ、報酬評価++! ありがと、店長!」
「騒ぎも起こさなかったし、客の反応も良かったし、上々よ。またウチの依頼があったら覗いてみてね」
ユウトとルアンは衣装から着替えると、挨拶をして外に出た。
予定よりは1時間近く早い。どうせなので、2人はそのまま一緒に冒険者ギルドに報告に行くことにした。
「ルアンくん、ああいうの向いてるね。女の子のあしらい方、すごく上手かった」
「ユウトも、よくあのおっさんたち笑顔で相手してたよな。オレ、隣で聞いてるだけでも殴りたくて仕方なかった」
「僕もあの人たち応対しながら、これルアンくんには無理だって思った」
通りを歩きながら2人でクスクス笑う。
「そういやさ、あれ、どうやってたんだ?」
「あれって?」
「おっさんらがお触りしそうな時、触れる前に見えない攻撃してたろ。魔法か何か?」
「??? 何のこと?」
ルアンの言っている意味が分からない。ユウトは首を傾げた。
「僕を触りに来た人、いなかったよ」
「いやいや、いっぱいいたから。……え? ユウト気付いてなかったの? じゃあ、誰が……」
ルアンも首を傾げる。
「あのエプロンドレスに反射属性でも付いてたとか」
「んなわけないと思うけど。……まあ、いっか。おかげで問題なく終わったんだし。きっと可愛いユウトを護ってあげようっていう善意の人がいたんだろ」
「えー、そんな物好きいないよ」
その後、2人は店で食べたサンドウィッチとガトーショコラの味について談義をしながら冒険者ギルドで報告を済ませた。
「じゃあ、またな。ユウト」
「うん、今日はありがとう、ルアンくん」
ルアンとギルドの前で別れる。夕暮れまでもう少し時間があるが、今日は休憩以外ずっと立ちっぱなしだったから、真っ直ぐ帰ろう。
「ただいま、レオ兄さん」
「お帰り」
リリア亭に戻ると、ユウトはまずレオの部屋に顔を出した。
「ルアンくんとランクCの依頼受けてきた。高級菓子店のクエストでさ、休憩に美味しいケーキと紅茶もご馳走になっちゃった。報酬評価も++もらえたよ」
「そうか」
クエストは十分な成果だった。ほくほくとそれを報告する。女装をする羽目になったのは黙っておいてもいいだろう。これは消しておいていい事実だ。
「さてと、もう夕飯の時間だよね。兄さん、もう行ける? 僕、部屋に戻って着替えてか……ら……え!?」
ユウトはひとまず部屋に戻る前に、今レオが何をしていたのかとテーブルの上を見る。
そして、そこにあり得ないものを見つけて固まった。
インスタントカメラで撮られた写真だ。
そこに写っているのは、今日、菓子店で女装していたユウトの姿。
「え、ちょっ、待って、な、何でこんな写真がここに!? レオ兄さん、来てないよね!?」
「行ってない。ただの知り合いに何かあったら証拠写真を撮れとカメラを渡したら、そいつが撮ってきた。見た瞬間思わず変な声出た」
「た、ただの知り合い? って、誰?」
「ユウトがけしからんほど可愛いので、保存するために何の属性を付けようか悩んでいた。ユウトの5年間の軌跡、成長アルバムももう11冊目だし、劣化しない保存棚でも準備するか……」
「えええ、いつの間に11冊もアルバムを!?」
「あいつに借りを作るのは不本意だが、背に腹は代えられん。金に糸目は付けずに特殊アイテムの調達を頼むとしよう」
「だから、あいつって誰!?」
駄目だ、全然聞いてない。女装姿などを成長のアルバムに載せられても困るのだが。
「そんなのとっておくの、恥ずかしいからやめて!」
「ん? 意味が分からん」
「何でだよ!」
結局突っ込みむなしく、ユウトのエプロンドレス姿はレオの特製アルバムに綺麗に収められたのだった。