兄、悩む
クリスに問われたことは、正に一番に話さなくてはならないことだった。
ただ、冒険者の仕事としてはかなり逸脱したものでもあるため、何となく後回しにしていたのだ。それに、敵の全体像を良く把握出来ていないことも、話しづらい一因になっている。
しかし、もちろん話さずに済む内容ではない。レオは腕組みをしてクリスを見た。
「……あんた、魔法生物研究所のことは知っているな?」
「5年前のクーデターの時に破壊されたところだね。昔は魔物捕獲や素材調達を依頼されたこともあるけど、良い印象はないな。そこがどうしたの?」
「そこの生き残りが、今、世界を滅ぼそうとしているようなんだ」
「世界……このエルダールを?」
「そうだ」
レオの言葉に、クリスは目を丸くした。
「……思ったよりスケールの大きい話だね。君たちほどの力があるのに、どうして私まで仲間に加えようと思ったのか疑問だったけど……もっと戦力が必要ってことか」
「今は力がある者はいくらでも欲しい。もちろん、俺たちがその人間性を認めた奴に限るが」
「ってことは、私は君たちに認めてもらえたんだね。光栄だな」
「ユウトは、どんなに上っ面が良くても腹に一物を抱えた人間には懐かない。そんなあいつが、あんたをわざわざパーティに誘ったんだ。実力も申し分ないが、ユウトがあんたに何か特別な力を感じているのかもしれない」
「何か、買い被られてる気がするけど……でも、必要としてもらえるのは嬉しいね。じゃあ、頑張らないと」
クリスはそう言って笑って、レオに話の続きを促した。
「それで、彼らが世界を滅ぼす目的って何なんだい? 国を支配したいというなら、国ごと潰しては本末転倒な感じがするけど」
「……ここから先は大体において推論の域を出ないんだが、俺たちの見解を話そう」
レオは、魔研が新たな世界を作っていること、エルダールの大精霊を閉じ込めて世界から魔力とマナをそぎ取ることで魔尖塔を呼び出そうとしていること、ジラックの街を支配下に置いていることなどを説明した。推論とは言え、もちろんそれなりの確信はある。
その話を最初は何も口を挟まずに黙って聞いていたクリスだったが、ジラックの話のあたりでレオに向かって軽く手を上げた。
「ごめん、質問。ジラックの領主は健在なんだよね? 王都とやり合うつもりなんだろうけど、国を滅ぼす片棒を担いでいることは分かっているの?」
「いや、おそらく分かっていない。今の領主はとんだ愚物だ。単純に、エルダーレアを攻め落として新たな国王を擁立すれば、自分はその功労者として重役に就き、悠々自適な生活が出来るようになるとでも思っているのだろう」
「え、待って、新たな国王? 今のライネル陛下は国民に絶大な人気がある国王だよ? 大義名分もない戦いですげ替えられた国王なんて、国民に受け入れられるわけがないって、気付かないのかな?」
「……ああ、それな……。一応、大義名分はある、らしい」
レオは若干言い淀んだ。……その大義名分が、自身に関わりがあるからだ。何とも忌々しいが。
「奴らは、新国王として、王弟アレオンを擁立するつもりなんだ」
「……は? 君を?」
「正確に言うと、俺の偽物をだな。……ベラールにも来たことがあるか? 反国王派の街頭演説」
「ああ、あるね。アレオン殿下がライネル陛下に殺された、陛下は実父と実弟を殺した悪人だって触れ回ってたやつだろう?」
「あれのせいで、俺と兄貴が対立関係にあったと理解してしまった国民が多くいる。そこに、実は生きていたアレオンが現れるわけだ」
そこまで言えば、察しの良いクリスには答えが分かる。
「……なるほど。ライネル陛下に殺されそうになったアレオン殿下なら、王都エルダーレアに攻め込む大義名分があると誰もが思う。ジラックはそれに加勢をする立場を取るわけか。元々アレオン殿下も国民人気は高かったから、それほど無茶な話ではないね」
「その偽アレオンが曲者だ。少なくともこういう場合、判官贔屓に回る国民が出てくる。そこで王都の軍がアレオンを殺したら、おそらく兄貴に対しての不信が生まれるだろう」
すでにジラックの街中では、アレオンが生きているという情報が流されている。今さら暗殺しようとしても、ライネルの送り込んだ刺客に殺されたと触れ回られれば同じことになるのだ。
どう転んでも害にしかならず、始末に困る。
「それを回避するには、偽アレオン殿下を偽物だと証明する必要が出てくるね。……難しいな、そもそもアレオン殿下の顔を知っている人間がほとんどいない。陛下の他には、王宮の中枢の人間なら知っているのかな? 何にせよ、王宮側の人間がそいつは偽物だと言ったところで、信じてはもらえないよね」
「ああ。今ジラックで居場所を探らせているが、もはやそいつが見付かったところで処分が難しいんだ」
「ふむ、証明する人間に対する信用があればどうにかなるかなあ……」
そこまで話を聞いたクリスは、色々と考えを巡らせ始めた。
「ジラックの住民から信用がある人間……。先代からの忠臣、リーデンさんあたりが証明してくれればどうにかならないかな。今、彼はどうしているんだろう」
「……あいつは駄目だ。未だに現領主の下に付いているし、自分の主が愚物だと分かっていながら逆らうこともできない。証明するどころか、逆に偽物を本物だと言わされる立場だ」
「あー、それは困るね……。しかし、リーデンさんは敵側なのか。まだ先代領主の頃は、ジラックの秩序を護るとても頼りになる人だったのに」
「……まあ一応、完全なる敵側ってわけでもないんだけどな」
リーデンは現領主の下には付いているが、その弟であるイムカにだって逆らえない。そのどっちつかずが祟って、今身動きが取れなくなっているのだ。
何にせよ、アテにならないことは確かだが。
「俺たちの方には、現ジラック領主の弟のイムカがいる。その関係で、リーデンはこっちにも半身を置いてる感じなんだ」
「え? イムカくんって……死んだって聞いてたけど」
「表向きはな。だが、正しくは愚兄の差し金で半アンデッド化をさせられ、辛うじて生きていたんだ。それを俺たちが救い出して、今は匿いつつ療養させている」
「そうか、彼は生きているのか……! 良かった!」
イムカの生存を聞いて、クリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あんた、イムカと知り合いなのか?」
「うん、あの子はしょっちゅう街に出て歩いていたからね。ジラックに滞在している時はよく遊び相手をしたものだよ。懐かしいなあ」
彼はにこにこと昔を懐かしんで微笑む。
そうしながら、何かを確認するように数度頷いた。
「イムカくんは愛嬌があって住民からの人気も高くてね。彼が死んだと聞いた人たちは、きっと落胆したはずだ」
「だろうな。実際、その生存を知った元使用人たちの喜びようはすごかった。浮かれまくってたからな」
「今でもそうなら……君の偽物と対峙してそれを証明するのは、彼しかいないんじゃない?」
「……イムカが?」
レオが問い返すと、クリスはもうひとつ頷く。
「彼らが想定している展開を、そっくりそのまま同じ展開で覆せるじゃない。兄に殺されたはずの弟が生きていた。弟には兄を倒す大義名分がある。そして後ろ盾にはアレオン殿下がいる。……ジラック民にとって、直接関係ない向こうの偽アレオン殿下と、身近で接していたイムカくん、どちらへの判官贔屓が働くかなんて、一目瞭然でしょ」
「……確かに」
現領主が担ぎ上げる偽アレオンと、ジラック民に慕われていたイムカの後ろ盾になる本物のアレオン。
ジラックの人々がどちらを信じるか、考えるまでもない。
「だが待て、俺はもうアレオンとして生きるつもりはないんだ。ユウトと静かに暮らしたいだけだからな」
「君はレオくんのままで居ればいいよ。そもそも、アレオン殿下は顔を知られていない。昔のように、高ランクゲートを潰して存在を示してさえいれば、姿を現す必要はないんだ。とにかく本物のアレオン殿下がいれば、もう偽物に煩わされることもなくなるだろう?」
自分が生きていることを世に知らしめる。
それはレオとしてはずっと避けていたこと。
だが、クリスの提示した案はかなり有効な解決策に思えた。




