兄弟、2個目の酸素キャンディを食べる
バンマデンノツカイから獲れる素材はどこが必要なのかよく分からない。前例がないからだ。
レオはとりあえず皮やヒレ、骨など部位ごとに捌いて、全てを持って帰ることにした。これらは王都でウィルに鑑定してもらってもいいが、激レアモンスターに遭遇したなどと知られたらうるさそうだから、ロバートの方がいいかもしれない。どうせザインに行くのだし、それでいい。
レオはバンマデンノツカイの解体を終えると、次にユウトとエルドワが屈み込んでいる場所に向かった。
そこには、レアモンスターのドロップアイテムが落ちている。
ただ眺めているところを見ると、どうやら彼の力では持ち上がらないようだ。
「何が出たんだ?」
「斧だったよ。でもすごく重いの。こんな武器、振れるのかな?」
「重いのは水圧のせいじゃないか? どれ、俺が持つ」
黒い魔法金属で出来た斧には、金と赤の装飾が施されている。稀少アイテムなのは間違いないが、何となく禍々しい見た目だ。
その斧の柄を掴んで持ち上げようとして、しかしレオはそこで固まった。
「……っ、クソ重っ……! マジか! 俺でも持ち上がらん!」
「レオ兄さんでも駄目なんだ。こんなの誰が使えるんだろ」
「どうしたの?」
解体用のナイフをきれいに手入れしていたクリスもやってきて、それを覗き込む。
そしてレオが斧を持ち上げるのに難儀している様子を見て、ぱちりと目を瞬いた。
「……もしかしてその斧、人を選ぶタイプの武器じゃないかな?」
「人を選ぶ……って、どういうことですか?」
「ああ、ユニーク武器の一種か……。これは自身で持ち主を選ぶタイプのアイテムだ。俺とユウトは適性外ということなんだろう。認められた者しか所有出来ない武器だな」
「それって、岩に刺さった勇者しか抜けない伝説の剣的な?」
「そんな大層なもんじゃないが、感覚としては近い」
レオは持ち上げるのを諦めて身体を起こした。
どうせ仲間に斧使いはいないし、持ち上がらないのだからこのまま放置して行くより仕方がない。
そう思っていたら、横から手を伸ばしたクリスがそれをひょいと持ち上げた。
「あ。クリスさん持てた」
「うん、持てたね」
「え、待て、何であんた持てんだよ!?」
重厚感のある鉞のような斧を、クリスは軽々と持ち上げた。その柔和な見た目にゴツい斧がものすごく似合わない。
けれど彼はそんなことは気にしないようで、その刃の腹を軽く撫でた。
「……うん、この子、私と相性良さそう。一度鑑定してもらってからだけど、これ私がもらってもいいかな?」
「それは全然構わんが……あんた、斧使えるのか?」
「もちろん。長年戦士をやってきてるんだし、剣と斧は熟練度MAXだよ。槍もそれなりに扱える」
どうやらクリスはこの斧に適合したらしい。
ちなみに相性のいいユニーク武器は、所持者の能力を倍加させてくれるものだ。ありがたいアイテムだがその反面、バランスを取るためにどこかに代償が必要になる。
当然それは彼も知っているはずだけれど、リスクを取って事を為すのが信条のクリスには大して気にならないのだろう。
彼はその斧をポーチに入れた。
「じゃあそろそろ進む? イレギュラーがあったから結構時間食っちゃったね。酸素キャンディの効き目も危ういな。もう1個食べておいたら?」
「そうします。飴だいぶ小さくなっちゃったし。……エルドワもおいで。今度はオレンジ味あげる」
「アン」
「……俺は下り階段まで耐える。早く行くぞ」
極力甘い物は口にしたくないレオだ。
次のフロアがボスなら我慢して食べるが、通常フロアならユウトを先に降ろせばおそらく砂浜に出るに違いない。
どちらになるか分かるまではどうにか耐えたい。
「ん、じゃあ魔法のロープを掛けたところまで戻ろ……わあ、レオ兄さん!?」
悠長に歩いているよりはと、レオはユウトを抱え上げた。
「クリス、あんたはエルドワを」
「はい、了解」
クリスにエルドワを抱かせて、レオは走り出す。
魔法のロープが掛かっている絶壁までの道は分かっているからあっという間だ。そこでみんなでロープに掴まると、魔法の力でするすると崖上に上った。
「エルドワ、頼む」
「アン!」
そしてそこからは子犬の鼻が頼りだ。
エルドワは迷いなく下り階段に向かう。つくづく、急いでいる時にこの小さな存在はありがたい。
雑魚敵を斬り捨てつつ進むと、ようやく明かりの下に、下り階段が現れた。
「次のフロアはボスか? それとも通常か?」
「あー、ボスだね。階段のフレームの装飾がボスっぽい」
「え、何が違うんですか?」
レオとクリスのやりとりに、ユウトが首を傾げる。
しかし、2人が弟の問いに明確に答えることは難しかった。
「何だろ、違和感? 見た目の印象っていうか。何か通常と違ってこの枠がボスっぽいんだよ」
「……説明しがたい。数をこなして身についた直感としか言えんな」
「直感かあ……じゃあ僕には難しいな」
「俺たちが分かるんだから、お前に分からなくても問題ないだろう」
「あ、そっか。いつも一緒だもんね。レオ兄さんがいればいいや」
素直に納得したユウトの頭を撫でてから、レオは2個目の飴を口に放り込んだ。次がボスならば、この酸素キャンディだけでどうにかなる。というか、どうにかする。これ以上飴を食いたくない。
その甘さに眉間にしわを寄せつつ、レオはクリスに訊ねた。
「あんたの予想だとボスは水竜だと言っていたが、そう思っていて大丈夫か?」
「私はさっきドロップアイテムにドラゴンキラーが出た時点で、ほぼ確定だと思っている。ゲートで出るアイテムは結構ボスと意味づけされていたりするからね。それがレアモンスターのドロップならなおさらだ」
「だとすると、ドラゴンキラー装備で行った方がいいか」
「そうだね。私はこのまま水棲魔物特効でいけるから、君はドラゴン特効でいいと思うよ。固い鱗は特効が付いてないと難儀するし」
クリスの経験と知識から来る推論は信用に値する。
レオはさらに彼に訊ねた。
「あんたは今まで水竜と戦ったことは?」
「昔のパーティで船旅をしている時に一度。でもあの時は水上だったから炎魔法も使えたしいくらかマシだったけど、今回は水中だからなあ」
「状況が違うとあまり参考にならんか……」
「ただ、今の方が有利なこともある。レオくんと私が特効武器を持っていることはもちろん、水中歩行が掛かっていることで水竜の大型水系魔法がほぼ効かないことだ」
「ああ、確かに。水の流れを操る魔法が軒並み効かないのはかなり楽だな。気を付けるのは直接攻撃か」
ということは十中八九接近戦になるだろう。こちらとしては望むところだ。
後はユウトに攻撃が行かないようにだけ注意していればいい。
特効を持たないエルドワにはまた彼の護りに専念してもらおう。
「魔法自体は効かないけど、それによって海底の砂が舞い上がって視界が塞がれることが一番問題かもしれない。気を抜かないようにね」
「分かっている」
ボスの気配は大きいし、1匹しかいないから見えなくても距離感覚はどうにかなる。
ランクAだと考えれば水竜はドラゴン系の中では弱い部類でもあるし、それほど苦戦もしないだろう。……多分。
「とりあえず行くか。エルドワ、ユウトを頼むぞ」
「アン!」
「僕は降りたらまずはブライトリングでいい? ボスにすぐ気付かれちゃうけど」
「ああ、頼む。場が深海なのはほぼ確定だからな。どうせすぐ見付かるし、視界の確保の方が優先だ」
後は行ってみてから臨機応変にやるしかない。
レオは得物をドラゴンキラーに持ち替えると、はぐれないようにユウトを抱えて階段を降りた。




